第二四話
「休みの合間に駆け出し冒険者たちの勇姿を見ながら、害虫駆除もやっていてね!」
キョウシュウはパチン、と指を鳴らす。
指先から火の玉が浮かび上がり、火花を散らした。
薄暗い廊下が一気に明るくなり、火が消えた頃には、周囲の虫だけが黒く焦げていた。
魔法をろくに扱えない僕でさえ、この魔法の無駄のなさと、制御の精密さは次元が違うとわかる。
「さっきの試合、観ていたよ。アルズ君だったかな?」
「は、はいっ!そうですっ」
再び薄暗くなった廊下に上擦った声が響く。
「お疲れ様!なかなか面白い試合だったよ」
キョウシュウは笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございます!」
本来なら、言葉を交わすことすらなかったかもしれない人に褒められた。
まだ現実味がないせいか、嬉しい、という実感は湧いてこなかった。
「……それにしても、本当に虫が多いな」
キョウシュウは呟く。
「そうですね。だから、僕たちも気になっていて……少し調べてみようかって話していたんです」
そう答えるとキョウシュウの表情から笑みが消えた。
「アルズ君。この虫害の件は、君が思っているよりも危険だ。もしかしたら魔物の件とも関係があるかもしれない。迂闊に首は突っ込まない方がいいよ」
その表情は真剣だった。
寒気がするほどに。
「……と、すまない。水を差すつもりはなかったんだ。ただ、俺の仕事には民や冒険者を守る使命があるんだ。君たちを危険に晒したくないんだよ」
普段のエリスならここで、自信過剰な言葉をぶつけるだろう。
なのに、珍しくエリスは突っかからない。
まるで、そこにいないように黙っていた。
「おっと。引き留めてしまって悪かった。アルズ君。次の試合も期待してるよ!」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
通路を出た。
外はまだ明るい。
人もそこそこいて、いつもどおりの世界に戻ってきたような心地がした。
「う~ん……」
エリスは腕を組んでいた。
「どうしたの?さっきから、らしくないけど」
「いやあ……なんでキョウシュウって奴も、ユウナってのも、心が読めないんだろ……」
「元から読めないんじゃなくて?」
「失礼な!これでも由緒正しき……って、待ってよアルズ!」
またエリスのくだらない冗談が始まる前に、僕は走り出す。
その後を追ってエリスが走ってくる。
うん。
いいトレーニングになりそうだ。
「どうして私の話を聞かないんだよ……」
エリスはぶつぶつと文句を垂れ流している。
走り終わってからずっとこの調子だった。
意図はなかったにしろ、エリスはトレーニングにも付き添ってくれた。
仕方ないか。
「ありがとう、エリス。いいランニングになったよ。今日はちゃんと晩ご飯を食べに行こう」
晩ご飯、と聞いた途端、エリスの顔はぱっと明るくなった。
「私、あそこの飲食店に行ってみたいっ!」
エリスの要望通りの飲食店に入り、晩ご飯を済ませた。
帰り道、お腹を満たしたエリスは、すっかり上機嫌になって鼻歌を歌っていた。
今日は大会参加者割引がある闘技場近くの宿に宿泊した。
初勝利。
レンとのちょっとした再会。
キョウシュウとの会話。
今日は、いろんなことがありすぎた。
僕はベッドで休みながら、魔法受像機をつけた。
——本日のゲストは、ブライトライト創設者の孫であり、飢饉対策のため、大規模農地に出資しているネロ様ですっ。
休むつもりだった。
『ネロ』
その名前を聞いた瞬間、身構えてしまった。
僕なんかが、首を突っ込んでいいことでもないのに。
——「戦後の影響もあり、飢餓が絶えない状態が続いております。そこで僕は、飢えて苦しむ人を一人でも救ってあげることをビジョンにしております。そのため、ブライトライト地方に巨大農地を作ったわけです」
爽やかな好青年といった印象だった。
ずっとにこにこしていて落ち着きもある。
人前に立つことに慣れた余裕を感じた。
——「虫害についてもです。現在は殺虫スプレーの機能向上に向けた研究を行っておりまして……」
ネロは受像機越しに語っていた。
ここで僕は、自分が一つの可能性に囚われていたことに気が付いた。
糸目の男の心から読み取った『ネロ』という言葉も、単に民のために開発しているスプレーに関係していただけかもしれない。
だとしたら、僕は最低だ。
「はあ……情けないな、僕」
「どうしたの?」
「いや、今つけてる受像機でネロを見たんだけどさ、僕の中で勝手に虫害の犯人にしてたんだ……」
勝手に犯人だと決めつける。
その後味の悪さや、気持ち悪さは僕が一番知っているはずなのに。
今度は自分が、それをしてしまっていた。
エリスは受像機に映るネロをじっと見る。
唸るように首を傾げながらネロの言葉を拾っていく。
「うーん。流石に映像越しじゃ見えないかあ……。でも、あの糸目から見えた、ネロって言葉はかなり黒かったんだけどなあ」
「黒い?」
「そうそう。なんか、もやもやって、悪い感情が籠ってる、みたいな?」
随分とふわふわとした説明だった。
就寝前。
月は雲に隠れ、街の灯りも消え、すっかりとあたりが暗くなっていた。
そんな中。
誰もいないはずの窓の外。
茂みから、ひっそりと乾いた音がした。
僕は気になって窓へ近づく。
窓を開けようとした、その時だった。
——「まあ、アルズは明日も試合があるし寝ておきなよ」
エリスが窓に伸ばした僕の手を止めた。
「エリスは寝ないの?」
そう聞くと、エリスは窓の外に目をやった。
「私は少し、やることをやってからかな」
「……わかったよ。でも、明日の試合にはちゃんと来てよ」
「……ありがとね」
エリスはらしくもなくそう言った。
僕はカーテンを閉め、電気を消した。
真っ暗な中、窓がカラカラと開く音がした。
でもそれはきっと夢。
そう思うことにした。
※公開順番を間違えておりました。大変申し訳ありません。




