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第二三話


***


「少しはあの頃らしくなったじゃねえか」

「何よ、キリ。あんな雑魚、眼中にないでしょ?」

「……」


***


 試合を終えた僕は観客席に戻った。

 あたりを見渡すとエリスが尻尾を振っていた。


「おつかれ~!」

「ただいま」


 エリスの隣に座るとすでに、次の試合が始まっていた。


 一人は僕と同じ水魔法を使う女冒険者だった。

 精度も規模も僕以上で、遠距離から相手を狙撃する。

 対する相手は近距離で泥魔法を扱う。

 女冒険者は場外スレスレから、水魔法を放ち、相手を寄せ付けない。

 だが、泥魔法を扱う冒険者も、水魔法を掻い潜って懐に潜り込む。

 女冒険者が体勢を崩した。


 泥魔法の冒険者が勝負を決めた。


 誰もがそう確信した瞬間だった。


 女冒険者の足元に飛び散った水が浮かび上がると、相手の背中に直撃した。


 バタンッ。


 泥魔法を扱う冒険者は倒れた。

 女冒険者は涼しい顔をしてその場に立っていた。結局、試合中一度もその表情を崩すことはなかった。


 あの人が、次の対戦相手……。


——だめだ。


 どう分析しても、勝てる姿が思い浮かばない。


「……」


「お、アルズ!どうした?深刻そうな顔して。さっきの試合、勝ってなかったか?」


 後ろから声がした。

 振り向くと、見知った顔の冒険者だった。


「レン!?って、どうしたの。その傷は」

 顔が痣だらけで、腫れていた。

「勝つためさ!」

 レンは頬をさすりながら隣に座った。


「なあ、アルズ。勝つって、こんなにも痛いんだな!」

「負けるのはもっと痛いよ」


 僕は真面目に言ったのに、レンは吹き出した。


「何笑ってるんだよ?」

「あっははッ……ふう。悪い悪い!やっぱりアルズ。お前はなんか違うな!」

「馬鹿にしてる?」

「いやいやいや!そんなわけないだろ!むしろ俺、お前のこと気に入っちまったよ!」


「やっぱり?アルズってなんか放っておけないよね!」


 レンの言葉に反応するようにして、エリスが間に入ってきた。


「おお?なんだ嬢ちゃん。アルズの仲間かい?」

「そう!私はエリス。伝説の龍よ!」

「おおっ!龍か。そいつはいいな!」

「でしょでしょ!」


 レンは『伝説の龍』という部分には一切触れず、そのままエリスと意気投合してしまった。


 隣に座るエリスは羽をぱたぱたとさせ、満面の笑みを浮かべていた。


「ところでよ……アルズ」


 レンは闘技場へ顔を向けた。


「どうしたの?」

「俺さ、二回戦の相手がキリなんだよな」

「え?」

「だからといって、負けるつもりはないさ!」


 目元には笑みを浮かべていたが、声の端には微かな動揺が滲んでいた。


「負けるのが怖い?」


 そう聞くと、レンは目を見開く。

「まあ、な……。人には楽しめって言ったのにな」

 無理に笑っているように見えた。

 なんとなく、レンの姿は昔の僕と重なって見えた。


「周りなんて気にせずにさ、楽しもうよ。僕は、いや、僕たちはレンを応援してるから」


 それは昔の僕自身に言い聞かせているようだった。


 レンは口を開けたまま僕を見て黙っている。

 その目は陽光を受け、キラキラと輝きを放っていた。

 初めてレンの真面目な顔を見た気がする。


「すまんっ!俺、今から少し準備してくる」


 レンは急に起き上がると、頭を下げた。

 その声には、何か吹っ切れたような清々しさがあった。


 僕もこうしている場合じゃない。

 悠長に観戦してはいられない。

 何かしないと。


「どこに行くの?」

 エリスが聞いた。

「ちょっとだけ走り込もうかなって」

「じゃあ、私も付き合うよ」


 誰もが闘技場へ視線を注いでいる。

 その一方で、人目につかない影を探るようにして虫が蠢いていた。

 虫害は日を追うごとに拡大しているように思える。


「虫、最近本当に多いなあ」

 エリスが炎を出すと、廊下は青く照らされた。

 そのまま、闇の中に湧く虫を一気に焼き払った。

「たしかにそうだね。この大会が終わったら、虫のことも、聖人って呼ばれるネロのこともルーチェさんに聞いてみよう」

「そうだね。それが一番早そうだし!」


 薄暗い通路を通って外に出ようとした時だった。


「おや?君はさっきの試合の……?」


 突然、薄暗い廊下の奥から声がした。

 誰だろうか。


 僕は振り向いた。


「えっ……」


 見覚えはある。

 けれど、一度も会ったことはない。


 真っ直ぐで迷いのない瞳。

 赤い髪の青年。

 背には、龍の紋章が刺繍されたマントが翻っている。


「や!俺はキョウシュウというものだ」


 間違いない。

 五賢人の一人キョウシュウがそこにいた。

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