第二一話
闘技場を散策し終えると、当日に備えて僕たちは、早めに手頃な宿を取った。
「やっぱり実費だと痛いなあ……」
財布の中を確認すると、目に見えて資金が減っていた。
「昨日まではルーチェが宿を手配してたもんね」
「元々は鍛錬中だけの約束だったけど、少し長めに取ってくれたからね」
「そういえばそんな話だったっけ?」
エリスは小首を傾げた。
ともかく、今日の晩ご飯は節約しないといけない。
「エリス。今日の晩ご飯だけど……」
「やだ」
「まだ何も言ってないよ」
「聞こえないっ!」
エリスは耳を塞いでしまった。
「はあ……」
駄々をこねるエリスを説得して、手頃な飲食店で夕食を済ませた。
宿に戻ってくる頃にはすっかりと日は落ちていた。
今日は明日に備え、早いところ布団に入った。
そして、大会当日。
道中は闘技場へ向かう冒険者や観客で溢れていた。
行き交う人々の色んな声が聞こえてきた。
——「いやあ、今年もうちのパーティーに誘えそうな優秀な駆け出しを探そう」
——「新人なら少しくらい安くても雇えるし……」
——「優勝じゃなくて、入賞を目指そう」
などなど。
どうやら、駆け出し冒険者が腕を競うだけの大会でもないらしい。
闘技場に着くとそこは、観客の熱気と出場者の緊張で満ち溢れていた。
窓口では受付員が、並んでいる参加者に紙を配っていた。
「お待ちしておりました。アルズ様。改めて、大会のルールになりますが……」
ルールを要約するとこうだった。
勝ち上がり形式。
殺害行為や毒物の持ち込みは反則で、即失格。
「敗北のルールは二つだけです」
そう言うと受付員は人差し指と中指を立てた。
「一つが、場外に出る事。もう一つが、戦闘不能となることです」
受付員からトーナメント表を渡された。
「各グループを勝ち抜いた一名が決勝へ進めます。説明は以上になります」
シードありのトーナメント形式だった。
僕の初戦はAグループの第一回戦だった。
僕の名前から伸びた線を目で追う。
その先には、対戦相手の顔写真があった。
——スキンヘッドの冒険者だった。
そっと閉じた。
「どうしたの、アルズ?」
防塵マスクに保護メガネを装着すればばれないだろうか。
「うーんと……なんでもないかな」
「そう?ならいいや」
キリはこのグループにはいなかった。
それが救いなのか、エリスとの約束を果たすためにはハズレだったのかはわからない。
それでも、ほっと一息ついてしまう自分が情けなく感じた。
「じゃ、私は観客席でダラダラしとくよ」
「うん。わかった」
エリスは闘技場の観客席に向かって行った。
僕は一人で準備広間に向かった。
そこでは、冒険者たちが審査員と話したり、走り込んだりしていた。
真剣な面持ちの人もいれば、足を震わせている冒険者もいる。
見ているだけで僕も緊張してきた。
普段は一緒にいるエリスがいないのも心許なかった。
椅子に座り、あちこちを見ている時だった。
「君一人?てか、出場者……だよな?」
突然、話しかけられた。
「え。ああ。はい」
「あははッ作業服!いいね!面白いなお前!俺も実は一人でさ。他の人らはみんなパーティー組んでるだろ?だからちょっと不安だったんだよな」
随分と気さくな黒髪の青年だった。
「俺はレン。見ての通りだけどぼっちの駆け出し」
「僕はアルズ」
僕が名乗るとレンは隣の椅子に座った。
「俺さ。遠いとこから来たばっかなんだよ。しかも来てすぐ手数料を騙し取られて、大会に勝手にエントリーされてたわけよ。ならよ!優勝して金もらうしかないって思ったわけよ!」
腹を抱えながら話すレンは気さくというよりも底抜けて楽観的な感じだった。
でも、そのおかげか僕の緊張がほぐれた気がした。
「ふうー……これだけ話したら緊張飛んでったわ。ありがとなアルズ!」
「それで緊張してたんだ。いや、僕の方こそありがとう、レン。話してくれて嬉しかったよ」
僕がそう言うと、レンは目をぱちくりさせた。
「おうおう!アルズ。俺、お前と会ったばっかだけどよ」
レンは目尻を下げた。
「応援してっからな!勝てよ、とは言わんが楽しんでこいよッ!」
「うん。お互いね」
「それでは、一回戦出場のアルズ様。どうぞ、こちらへ」
受付員の声が響いてきた。
椅子から起き上がると、緊張で眩暈がした。
振り向くと、レンは親指を立てて、歯を見せて笑っていた。
ありがとう。レン。
おかげで少し落ち着いた。
上の闘技場へ向けて、階段を一歩、大きく踏み込んだ。
——カツン……カツン……。
光の射し込む先が近づく。
入り口が近づくにつれ心音が高鳴る。
拡大音声魔法を使った声が断片的に聞こえてくる。
歓声が大きくなる。
眩しい光の先へ足を踏み入れた。
闘技場に差し込む陽光。
ドームを埋め尽くす観客の歓声。
広大な場所を声と光が覆い尽くしていた。
これが、大会……。
「それではAグループ第一回戦となりますッ!まずは今大会駆け込み参加となりましたッ!冒険者アルズッ!」
熱気と興奮に満ちた声が四方八方から響く。
その振動がピリピリと肌に伝わってくる。
「対しましてッ……、堅実な魔法を習得し、着実に力をつけている駆け出しの冒険者ッ——」
対面のゲートから出てきたのはやはり、見覚えのある冒険者だった。
あの性格と見た目で堅実だったとは。
僕は雑念を混じらせて緊張を落ち着かせようと試みる。
「では、皆様ッ!お静かにッ……」
司会の声が一気に場を静かにさせた。
風の音だけが通り過ぎてゆく。
「それではッ……」
拡大音声魔法がキーンと甲高い音を立てた。
自分の心音が聞こえてくる。
「始めッ!」
増幅されたその声が、闘技場いっぱいに響き渡る。
——うおおおおおおッ!
観客席からは、沈黙の隙間を埋め尽くすほどの声が響いた。
ついに始まってしまった。




