第十六話
咄嗟に腕を構えた。
——スパァンッ!
腕には木刀とは思えない鈍い痛みが走る。
「痛ッ!」
ルーチェさんは目を見開いた。
その一瞬の隙を突く。
木刀を奪った。
その木刀はおもちゃみたいに軽かった。
ルーチェさんは手に持っていたはずの木刀を確かめるようにして手のひらを見ていた。
「見えた……のか?」
——はい。
そう言えたらどれだけかっこいいか。
本音は違う。
「いいえ……まったく」
「そうか。だが君の右腕はもう使い物にならないな」
右腕は腫れ上がり動かなくなっていた。
でも、左手はまだだ。
まだ使える。
左手に奪った木刀を構え、斬りかかる。
「面白いッ!」
ルーチェさんは、狂気じみた笑顔を向けた。
ゾワッ……
背筋が凍りつくようだった。
身体は硬直し、動かなくなってしまった。
気がつくと、僕は吹き飛ばされて宙を舞っていた。
何をされたかもわからなかった。
手に持っていたはずの木刀は消えていた。
「あ……しまった。やりすぎた……」
眠っていたエリスが目を覚まし、翼で僕を受け止めてくれた。
「あ……ありがとう……」
「たまたまだよ。それよりも、ルーチェ!アルズに何してるのさっ!」
「む……すまない」
初日。
僕は何も出来ずにそのまま失神し、病院送りとなった。
「目、覚めた?」
目が覚めると空は黄金色になっていた。
エリスが横の椅子に座っていた。
「それより、これ……は?」
なんか大量の人形が置いてある。
「ああ。これ?お詫びだってさ。ルーチェのお気に入りの人形の詰め合わせ。右からさしみー。その横が……」
「もう大丈夫……」
僕は、その人形……赤身魚に細い足が生えているさしみーを横にずらし、起き上がろうとした。
「いたたたッ!」
全身に電撃が走るような痛みだった。
「駄目だよ。安静にしないと。医者に言われたよ。安静にしないと死ぬって」
「え……」
「嘘だけど」
はあ。
「ルーチェ、驚いてたよ」
「何に?」
「攻撃を守られたことだよ」
「ああ……。見えてた訳じゃないんだけどね」
包帯巻きになっている右腕を見た。
咄嗟に出ただけだ。
だから、受けきれずにこうなった。
病室には、魔力を蓄えて映像を流す『魔力受像機』が備え付けられていた。
日が地平線へ帰宅するこの時間。
ちょうどニュースの時間だった。
——近年、ブライトライト地方にて、行方不明者が増えております。その原因として……。
番組を変える。
——速報です。五賢人のキョウシュウ様並びにユウナ様がブライトライトに到着しました。
番組を変えようとした時だった。
「なんか偉そうな人だね」
エリスが画面に映る人を指して言った。
赤髪の青年は龍の紋章を象ったマントを靡かせ、民を前に手を振っていた。
その横にいる緑の髪の聖女は、お淑やかに振る舞い、にっこりと優しい目をしていた。
「偉いも何も……。冒険者で一番強い人たちだよ」
「へえ。そんなのあるんだ」
「うん。でも、なんで来るのかな?」
僕の疑問に答えるように、キョウシュウが爽やかな笑顔を向けて話を始めた。
——「この地域で未知の生物が出たらしい。早急に事実の解明及び、被害の拡大を防ぐため、ブライトライト国王と話しに来たんだ」
自信に満ち溢れている表情。
迷いのない瞳。
「アルズはこの映像の先の人間みたいに喜ばないの?」
「うん。僕には関係ないからね」
そう、住んでいる世界が違う。
一生関わらない他人。
だから、嬉しいとかそんなのはなかった。
「うーん……」
エリスはキョウシュウを見て何か悩んでいた。
「どうしたの?」
「なんか、見覚えあるような、無いようなあ……」
問いかけには答えず、エリスは考え込んでいた。
病院食を差し出すと、話題を忘れたようにしてエリスは食レポを始めてしまった。
そんなこんなで、今日が終わった。
治癒魔法のおかげで、一晩もすると僕の傷は癒え、痛みもほぼ引いていた。
今朝の伝言では、ルーチェさんからの詫びと、ハンドルドと呼ばれる執事が特訓を行ってくれることが伝えられた。
朝食を済ませ、今日もエリスと執務室へ向かった。
ほんのりと紅茶が香る、タキシード姿の老紳士がいた。
「初めまして。私はハンドルドでございます。お待ちしておりましたよ。アルズノイエン様並びにイヴエリス様」
胸に手を当て、きっちり九十度に頭を下げる。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「私の方ではこれから実践を交えつつ、魔法基礎について学習していきましょう。それでは、まずは昨日、特訓を行った場所へ参りましょうか」
「はい。お願いします」
——僕たちは昨日と同じ草原に向かった。
「まずは、魔力の基礎からです」
ハンドルドさんはそう言うと、自身の身体からピンク色の鱗粉を出す。
「私の適性色は白桃色です。昨日、ルーチェ様から教わったことを補足させてください」
ふわりと漂う鱗粉は甘い香りがして、眠たくなるような心地がした。
「生物は、ホワイトピースフラワーが変化した色から連想されるもののみを扱えます。例えば……」
ハンドルドさんは手を前にかざす。
それは水の初級魔法の構えだった。
「はっ!」
……
何も起きなかった。
「白桃色から連想できない魔法は扱えません」
「なるほど……」
「これが大前提となります。ここからはその魔法の制御方法です。これは日頃から扱い続けることにより、より少ない消費量で、より鋭い魔法が扱えるようになります」
ハンドルドさんはピンク色の鱗粉を指先に沿わせる。
それは意思を持ったように自由自在に動き回りはじめた。
「そして、肝心の魔力の増強方法です。これは単純に魔力を消費し続けることです」
鱗粉を空へ弾くと、一気に柱のように伸びていった。
「もっとも、魔力の戻りには時間帯によって多少の差があります。今のような昼間であれば、比較的早く回復します」
「夜だと遅いんですか?」
「ええ。もっとも、訓練で気にするほど大きな差ではありませんが」
「そして……」
ハンドルドさんは、指を鳴らした。
すると、周囲の魔法が一気に消えた。
「魔力増強には、これ以外にもう一つ、最も効率的なものがあるのです……」
その言葉は足元の影に落ちてゆく。
そよぐ樹木の下、木漏れ日が揺れていた。
「これは、アルズ様とエリス様を信じておりますからこそ、お伝えいたします」
吹き込む風が妙に冷たかった。
「最も効率的な方法とは、人や魔族を殺めることなのです」
——ササァッ……
言葉を風がさらっていった。
「え?」




