表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/20

第十四話


 エリスと一緒に執務室へ向かうと、どこかよそよそしいルーチェさんが僕の財布を手渡してくれた。


「よし、お昼ご飯を食べに行こう」


 普段なら乗り気なエリスは少し気まずそうな顔をしていた。


「エリス?」

「……財布」

「財布?」

「いや、なんでもないよ」


 さっと頭に領収書がよぎったが、僕は聞かない事にした。


 その方がいい気がした。


 お昼も食べ終え、僕たちはルーチェさんから指定されていた宿に向かった。

 そこは、丘の上に位置する、広々としたロビーを備えた宿だった。


 宿に詳しくない僕でもわかる。

 間違いなく高級宿だ。


「……本当にここであってる?」

「地図通りだから大丈夫だと思うよ」

「す、すごいなあ……僕、こんなところ泊まったことなかったよ」


 宿散策へ逸る気持ちを抑え、フロントスタッフの元へ向かう。

 名前を伝えると、チェックインはすぐに済んだ。


 そのまま僕たちは部屋に案内された。

 部屋はちゃんと広く、外の景色も見えた。

 朝夕二食もついてくる。

 それだけでも贅沢なのに、ルーチェさんたちは僕の訓練にも付き合ってくれる。


「こんな僕でも美味しい話があるものなんだ」

「アルズ。もう少し、自己肯定感は高い方がいいよ?」

「え?僕って低いの?」

「高いと思ってたの?」

 エリスは目をパチパチとさせていた。


「……まあいいや。アルズ、これは何?」

「ああ。それは」

 僕はエリスの手に持っている分厚い本を確認した。

「聖書だよ」

「ふうん。どんな内容?」

「うーん。よくは覚えてないよ。学校で習うのは冒頭ぐらいだから」


——祭壇の日に祈りを捧げよ。

——神は生命力を宿すものすべてを見守っている。

——人も魔族も殺してはいけない。

——生き物はみな、平等である。


 そんな感じだった。


『だから差別をせず、みんな平等に生きよう』


 そんな意図で読み聞かされていた。


「へえ」

「じゃあさ、この五賢者って?」

「災厄から人々を救った勇者たちじゃなかったっけ?」

「あ、ほんとだ。そんな感じのこと書いてる」

 エリスは不思議そうに本を眺めていた。

「どうしたの?」

「これって眉唾もの?」


 僕は昔話みたいなものだと思っていた。

 怪しいなんて考えたこともなかった。


「祈り、ね……」

 エリスは分厚い聖書を閉じた。

 そのままぼうっと僕の宝石を見ていた。

 どうしたのか聞くも、エリスは言葉を聖書の中に閉じ込めてしまったようだった。


 改めて、エリスの閉ざした言葉を探るようにして僕も聖書を広げた。


 気がつけば空は紫がかっていた。

 結局、聖書には優しい言葉が連ねられているだけだった。


「ねえ、アルズ。ご飯食べに行こう?」

 エリスは布団の上でしんなりとしていた。

「あ、もうこんな時間か」

「そうだよ。何回も呼んでるのに返事もしてくれないんだから……」

「ごめんごめん。すぐに行こう」


 ホテルの最上階が食堂だった。

 一面ガラス張りの窓からは、夕日に染まるブライトライトの街並みを見下ろせた。


「どうぞ、こちらになります」

 僕たちは指定されたテーブルに座る。

「あ、ありがとうございます」

 なんだか少し慣れない。

 食事は一品一品が大きなお皿にちょこっと乗せられていた。

 食べたこともない食事ばかり出てくる。

 どれも新鮮でおいしい。


 だけど……


 高級魔法時計をつけた人。

 宝石を散りばめたドレスを身に纏う人。


 その中にいるのは、駆け出し冒険者の服を着た僕と、戦闘で傷んだ服を着たエリス。

 誰がどう見ても僕たちは場違いだった。


 ヒソヒソと声が聞こえてくる。


——「あれ、魔族?」

——「だからもっと高いホテルにしたかったんだよ」


 料理の味を忘れてしまうほどに、視線も声も痛かった。


「ふふふっ。やっぱり、みんな、龍である私を見てしまうよね。そして、この淑女らしい振舞いにね!」

 エリスは、フォークで肉を突き刺す。

「お客様。どうか、ソースを飛び散らせずにお食べ下さい」

「ふふふ……、失礼」


 自信満々に失敗するエリスを見て、僕もそのメンタルが欲しいと思った。


 お腹を満たす代わりに、精神をすり減らす食事を終えると、僕たちは部屋に戻った。


「エリス、提案なんだけどさ」

「どうしたの?」

「やっぱり、明日から食事は僕たちで稼いだお金で食べない?」


 やっぱり、僕にはあれは耐えられなかった。

 汚らわしい者でも見るような目。

 学校で浴びてきた目とはまた違った冷たさがあって、嫌だった。


「ごめんね。僕の勝手な提案で」

 エリスには申し訳ない。

 人の目も気にしていないし、こんなに美味しい料理を食べられなくなるような提案をしてしまって。


「全然いいよ。私もちょっと合わなかったから」

「え?そうだったの?」

 がっつくように食べていたエリスだから、意外だった。


「最後に出てきた料理、覚えてる?」

「うん。たしか……」


——龍の尻尾です。


 シェフがそう言って差し出していた。

 エリスが最後に涙目でそれを食べていたのを思い出す。


「てっきり、美味しくて感動してるものだと……」

「違うよッ!何が龍の尻尾だよ!あんなの龍の尻尾でもなんでもないじゃないかっ!あんなの、トカゲの尻尾だって。客層も悪いしッ!」

「そっか、あれはたしかにトカゲだね。僕もそう思う」


 何に怒っているのか分からないエリスを適当になだめた。

 ひとしきり怒り終えると、エリスは子どもみたいに眠ってしまった。


 ゴロン。


 エリスがベッドの上で寝返りを打つ。

 パリンッ……

 何かガラス細工のやつが倒れた。


 咄嗟に思い出した。

 前の宿では壁を壊された。

 この宿でそれをしたらシャレにならない。

 それこそ一生、借金返済の冒険者になってしまう。


 宿の近くの売店へ駆け込んだ。

 急いで魔法粘着テープと、脱魔力ロープを買ってきた。


「エリス……ごめんね」

 寝相が悪いエリスを何とか縛り付けた。

「よし、これでいいか」

 照明を落とした。


 僕はエリスを置いて、外に出る。

 明日からは修行を付けてくれるんだ。

 少しでも期待に応えられるように鍛えないと。


 僕は人知れず、汗を流していた。


***


 ホテルの部屋の鍵が外側に差しっぱなしになっていた。

 エリスの眠る部屋に一筋の光が差し込む。


——コンコン。


 ホテルスタッフが部屋にやってきた。

「失礼いたします。お客様、鍵が差したままになっておりま——」


 割れたガラス細工が散らばる部屋。

 エリスはベッドに縛り付けられていた。


「きゃあああッ!」


 その夜、ホテル中にスタッフの悲鳴が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ