05.生徒会
景色が揺らぐ。
風が止み、屋上の匂いが消える。
「着いた」
俺たちは保健室にいる。
さっきまで屋上にいた実感がない。
「……私はグラウンドに戻る。ついでに手当できそうな人呼んでくる」
そう言うと、部屋の扉を開けて、立ち去ろうとした寸前、
「名前。そういえば聞いてなかった」
「春夜、神代春夜」
知っている。
俺が知っていることくらいも神代は知っているんだろう。
つまり、これは形式上、俺の名前を聞く為。
「形無幸人だ」
「形無幸人、幸人」
神代は軽く手を振り、いつもの様に表情を変えず、
「ばいばい」
と一言。
俺が返す間もなく、どこかへ向かった。
……正直可愛いと思った。これはたぶん、本当だろうな。
静かだ。
やることもなく、今日を思い返す。
人を止める? 神力?
突如、現れた少女、神代春夜。
黒い箱、そして黒い波。
能力を借りる神力。
『よかった……本当にいて』
神代はそう言った。
その言葉が引っ掛かる。
最初から知っていたように見えた。
少なくとも、俺を探していたようには思える。
だが、探していたならおかしい。
『見えるの? 神力が』
あの状況だ。何か確信があったから飛んできたはずだ。
適当に飛んで、聞いたとは思えない。
なのに『見えるの? 神力が』と神代は確認した。
にも関わらず『よかった……本当にいて』と、まるで何かを知っているような感じだった。
考えすぎか?
……考えすぎだ。
俺らしい。
『迷っても解決しない……壊してみる』
案外、偶然。何となく俺の前に来て、何となく発した。
それがうまくいった。
直観的。
ただの考えすぎで、神代はそうなのかもな。
……今度あったら聞いてみるか。
コンコン、と扉が二度、軽く叩かれた。
「失礼します」
白衣姿の女性が保健室へ入ってくる。
自分の部屋なのにノックをするのか、と一瞬思う。だが、更衣中の生徒がいることだってある。別におかしくはない。
……また考えすぎだ。
そして先生は俺を見るなり、小さく目を丸くした。
「あなたが神代さんから聞いてた子ね」
「……はい」
「背中に火傷を負ってるって。診て欲しいって言われてね」
そう言って、先生は慣れた手つきで救急箱を開く。
「制服、もう少し上げられる?」
薬が傷口に触れた瞬間、鋭い痛みが走る。
「っ……」
「痛い? でも浅い火傷ね。跡も残らないわね」
手当をしながら先生は続ける。
「さっきの異変? 神代さんに助けられたの?」
「……さぁ、俺が助けたとも言えるけど」
先生は少しだけ笑った。
「でもあの子、珍しかったわよ」
「珍しい?」
「あなたのことよ」
その一言で、俺は思わず先生を見た。
「『形無幸人を助けてほしい』って言ってきたの。あの子、人の名前を覚えるのがたぶん苦手なの」
「だから名前で呼ぶなんて、私はほとんど見たことないわ。それにそれこそ珍しく、感情が乗ってたわ」
「……それってどんな感情ですか」
「さぁ? どうでしょうね……はい、終わり。今日は激しい運動は禁止ね」
「……ありがとうございます」
立ち上がろうとした、その時だった。
校内放送が鳴る。
『二年生の形無幸人さん。至急、生徒会室まで来てください。繰り返します――』
先生が苦笑した。
「……呼ばれちゃったわね」
「事情聴取、ですかね」
「そうね。でも警察とか先生からではないわよ」
「生徒会からだと思うわ。神代さんが絡んでいる話ならね」
先生は意味ありげにそう言った。
俺は少しだけ嫌な予感を覚えながら、保健室を後にした。




