02.観測・その2
目が合った。
それだけで、空気が止まった気がした。
音が遠い。
グラウンドのざわめきも、誰かの叫びも、全部薄くなる。
彼女は動かない。
俺も動けない。
──見えているのは、俺だけじゃない。
その確信だけが、喉の奥に残った。
神代春夜の唇が動く。
距離がある。
声なんて届くはずがない。
それでも、なぜか、
『あなた、見えるの?』
そう言われた気がした。
瞬きをした。その後……。
いや。
神代春夜が目の前にいた。
俺は、その後に瞬きをしていたんだ。
「見えるの? 神力」
返事はできなかった。
神代春夜は、俺の目をじっと見つめる。
その溶けかける氷のような冷たい瞳で、何かを確かめるように。
俺は小さくうなずいていた。
神代は肩の力を抜くように、小さく息を吐く。
「よかった……本当にいて」
その一言が、妙に胸へ残った。
"本当にいて"。
まるで最初から、誰かを探していたみたいな言い方だった。
俺のことを?
そんなはずはない。
今日が初対面だ。
「どこから事件は来ている?」
初対面だ。
それでも、体が勝手に動く。
軽く目を細め、意識を集中させると、遠くの本来見えぬものが見えてくる。
「……校舎の奥……屋上だな」
「屋上……?」
「ああ」
春夜は目を閉じた。
静かに息を吸う。数秒。
やがて目を開き、小さく首を振る。
「……見えない」
俺は思わず眉をひそめる。
見えない?
当然だ。
……いや、当然なのか?
少なくとも、同じものが見える、感知できると言った人間はいない。
「あなた、本当に見えてる?」
「ああ」
「……神力を借りようとした」
「……」
「私の神力は借りる力」
「でも、借りられなかった」
神代は困ったように眉を寄せる。
「こんなの、初めて」
「……そうか……だろうな」
「屋上に行く、早くしないと」
手が差し出される。
今日初めて話した相手だ。
名前だって知らない。
普通なら、断る。
誰かに助けを求めて……先生を呼んで、それで終わりだ。
……なのに。
屋上から流れる"波"は、今も強くなり続けていた。
胸の奥がざわつく。
このまま放っておけば、もっと悪いことが起きる。
そんな確信だけがあった。
断る理由より、行かなきゃいけない理由の方が大きい。
「……分かった」
俺は、その雪のように白く、ひんやりとした手を取った。
そして神代は呟いた。
「借りる」
足元から、世界が消えた。




