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2組でも発表課題に向けてグループを作っていた。志乃は、どうせ実弦と同じグループになるだろうと、自分から誰かに声をかけることはしなかった。
「上松さん」
ボーっとしていると、志乃の後ろの席からそっと声がかかった。
「なに?」後ろを向く。どこかで見たことがあるような顔の女子生徒、江見澤 結だ。
「あの、良かったら…。一緒のグループにならない?」江見澤は緊張した面持ちで尋ねた。
「え?」思わぬオファーに志乃は驚く。「あ、あぁ。いいけど…」
「よかった。ありがとう」江見澤はホッとしたように微笑んだ。「他に誰を誘う?」
「えっと、」志乃は実弦の席を見る。
実弦は不安そうにキョロキョロと周りを見ていた。彼はグループワークも自分から声をかけることも苦手なので、どこか入れてくれる所がないか探している。
「あいつ…。柏木を入れてもいい?」志乃は顎で実弦を指した。
「うん。もちろん」江見澤はふたつ後ろの席にいる実弦に話しかけた。「柏木くん」
実弦はビクッと驚く。「え?あ、な、なに?」
「一緒のグループにならない?上松さんと一緒に」と優しく尋ねながら志乃を指す。
「う、うん。いいよ」実弦は志乃と目が合うと安堵した。実弦も志乃と同じグループになるだろうと考えいたが、彼女のいないグループに挑戦するべきじゃないかと悩んでもいた。
「よろしくね」江見澤は実弦に言ったあと、志乃を見る。「あとはどうしようか?」
「そうだなぁ」実弦のために男子生徒がいたほうがいいか、と志乃はクラスを見回した。
そんな志乃を見て、実弦はやっぱり自分から声をかけなきゃいけないよなと改まった。誰かいないかと左右を見たあと、後ろにも目をやる。実弦の後ろには席がひとつだけあり、そこに座る男子生徒は机に突っ伏して寝ていた。
「ね、ねぇ。北島くん」実弦は声を震わせながら話かけた。
「…んぁ?」北島は眠そうに顔を上げる。坊主に近い短髪には寝癖が付き、頬には筆箱の跡が付いていた。
「よ、良かったら、い、一緒のグループにならない?僕と上松さんたちとい、い、一緒なんだけど」声を詰まらせながらなんとか誘う。
「あぁ~…」北島は授業の内容を全く聞いていなかった。実弦が何を言っているのかさっぱり分からないという顔をする。
自分の伝え方が悪かったかなと実弦は不安になった。
北島は状況を掴もうと辺りを見る。けれど結局よく分からず、とりあえずグループを組んでいるのだろうと判断して「あぁ。いいよ」と答えた。
「あ、ありがとう。よろしくね」実弦は特大ミッションをやり遂げて、パッと表情を明るくさせた。やった。成功したと喜びながら前にいる女子2人に報告する。
志乃は自分から誘ったという実弦に驚いた。高校生になってから実弦は本当によく頑張っている。普通の人から見れば大したことじゃないのかもしれないが、彼にとっては大きな一歩だった。
「これで4人だね。あと2人」江見澤が言う。
「うん」志乃は再びクラスを見回す。実弦に触発されて、自分も誰かに声をかけようという気になった。既にいくつかのグループが出来上がっているので逸れている人は少ない。
志乃は自分の前の席に目を止めた。そこに座っているのは井浦 冬舞という黒髪ロングの女子生徒で、彼女は登校してから下校するまでほとんど自席から動かず、静かに本を読んでいる生徒だった。
誰かと話している様子もなく、いつも机に視線を落としている。本当は嫌だが仕方なく学校に来ているような雰囲気があって、今も授業そっちのけで本を読んでいた。
志乃は井浦の椅子の背もたれを指でコツコツと叩く。
井浦は本から顔を上げた。そして艶やかな黒髪を靡かせながら振り返る。
その様子に志乃は少しドキッとした。まるでシャンプーのCMでも見ているかのようなだったし、甘く優しい香りが志乃の鼻まで届いたからだ。
「なに?」井浦は涼やかな声で言って志乃を見た。
「あ、あのさ」志乃はどぎまぎした。
井浦冬舞の後ろに座って1か月も経つのに、彼女の顔をちゃんと見る機会がなかった。今こうして見つめられると、彼女が整った顔立ちなのが分かる。
日本人離れしたハッキリとした目鼻立ちに、長いまつ毛。薄い茶色の目に透き通るような白い肌。こりゃ男子から大人気になるだろうなと志乃は思った。
「グループ、組まない?今4人決まってるんだけど、よかったら」と控えめに尋ねる。
「うん。いいよ」彼女はふたつ返事で了承した。北島とは違って、本を読んでいても授業の内容をちゃんと把握している。誰に誘われようが、どのグループに入れられようが全く気にしていないように見えた。
「あ、うん」あっさりと決まったことに戸惑いつつも、志乃は他3人に報告した。
最終的に2組は7人のグループが4つと、6人のグループがひとつ出来たので、志乃たちのグループだけ5人となった。席を移動して、向かい合わせに座る。女子は名前順のままで、志乃の向かいに実弦、江見澤の向かいに北島が座った。
「えっと、じゃあ…。どの時事問題にしようか?」江見澤が仕切る。
「そ、そうだね」実弦は答えたが、他3人は無言だった。北島に関しては欠伸を連発している。
「志乃ちゃんは何がいいと思う?」実弦は幼馴染に話を振った。
志乃は面倒くさそうに唸る。「あたし、ニュースは見ないからなぁ。今なにが問題になってるのかも分かんないや」
「そっかぁ」実弦は苦笑い。志乃はグループワークが苦手じゃないが、勉強には弱く、面倒くさがりな一面がある。
「井浦さんはどう?」江見澤が聞いた。
井浦はこの議論のために配られたワークシートを見ていた。「一番無難なのでいいと思うよ。温暖化とかリサイクルとか」もう100回はこの話をやってきたような口ぶりだった。
「う、うん。僕もそういうのでいいと思う」実弦が同意する。
「じゃあリサイクルについて調べようか」と江見澤。「北島くんもそれでいい?」
北島はなんでもいいよと頷く。
「何を調べたらいいかな?今と昔のリサイクル率とか?」江見澤は首を傾げた。
「何がど、どうリサイクルされてるのかとかもし、調べた方がいいんじゃないかな?リサイクルさ、されやすい素材とか」実弦が提案する。
「リサイクルされなかった物がどうなるのかも調べた方がいいと思う」井浦が教師のように助言した。「時事問題だから、問題になってるところにフォーカスしないと」
「た、確かに」実弦は書記らしくワークシートにメモしていく。
「それなら環境問題にも少し触れた方が良さそうだよね。ゴミの汚染とかもあるし」江見澤も付け加える。
志乃はみんなすごいなぁと感心しながら意見を聞いていた。このグループの中で自分がいちばん頭が悪く、役に立たないと感じる。
志乃は幼馴染4人の中でも自分が一番下だと思っていた。学年でいつも1,2番を取る将次郎に勉強を教わることもよくある。実弦に宿題を手伝ってもらったことも。一樹は何もしていなさそうなのに、いつも平均点を取っていた。
「ゴミ問題といえば、最近ストローが問題になってるよね」江見澤が言った。「紙にするところが増えてるけど、私はあんまり好きじゃないんだよね」
実弦がうんうんと頷く。「志乃ちゃんもこの前それにキレてたよね。あ、あ、味が不味くなるとか言って」
「ちょ」急に暴露されて志乃は恥ずかしくなった。「まぁ、そうだけど…」
「2人ってやっぱり今も仲良しなんだね。他の2人とも遊んでるの?」江見澤は首を傾げる。
「え?」志乃と実弦は驚いた。やっぱりとはどういうことだろう?それにどうして他の2人と言ったんだろう?一樹は何度かこのクラスに遊びに来ていたが、将次郎が来たことは一度もない。
「なんで知ってんの?」志乃が尋ねる。
「実は私、上松さんたちと同じ幼稚園だったんだよ」江見澤は少し照れたように答えた。
「え?もしかして、あかり幼稚園?」志乃は目を見開く。
「うん」
「マジで?」通りでどこかで見たことのある顔だと思った。「全然気づかなかった」
「私がいたのは1年と少しだけだから、覚えてないのも無理ないよ。小学校は別だったし」江見澤は志乃と実弦を交互に見る。「前の席が上松さんだって分かったとき、思わず新入生名簿を確認しちゃったんだ。それで柏木くんも中尾くんも見つけて」
「よくお、覚えてたね」実弦が感心気味に言った。
「だって当時から4人は有名だったもん。いつも4人で楽しそうに遊んでたでしょ?」
「いやぁ、まぁ…」志乃は苦笑いした。そこまで自分たちが目立っていたとは思わなかった。
「小学校も中学校も4人同じだったの?」江見澤は実弦に聞いた。
「うん」実弦は頷く。
「それで、みんなでこの高校に行こうって約束したの?」江見澤は志乃を見た。
「いや、たまたまだよ」志乃は肩をすくめる。
志乃は家から近く、そこまで偏差値の高くない高校を選んだ。実弦はもっと上の高校へ行けたのに、それよりも家や父のことを考えて高校を選んだ。
一樹も別の高校へ行けたのだが、学歴にこだわりがなかったので、志乃や実弦と同じく家から近いという理由で高校を選んだ。将次郎はインフルエンザの件があったが、地元でももっとレベルの高い高校を受験できたのに、敢えて3人がいる高校を選んだ。
そんな偶然が重なった結果、幼馴染たちは4人とも同じ高校になった。
「ただの偶然」志乃は将次郎のために、別の高校を受験しようとしていたことは伏せておこうと考えた。
「本当に偶然だよね。し、将次郎くんがここを受けてなかったら、別々になってたよね。僕はまた4人が揃ってう、嬉しいけど」実弦が何の気なしに言った。
でたよ。またこの無自覚発言ボーイが。志乃は眉根を寄せて不快を示す。
「中尾くん、別の高校に行く予定だったの?」江見澤が興味を持ってしまった。
「う、うん。受験の日にインフルになっちゃって、」
「いいじゃん。そんなことより、」志乃が止めた。「さっさとこれ決めちゃおうぜ。何を調べたらいいの?」
「あ、そうだね」実弦は真面目に授業をしなくちゃとワークシートを見た。「ど、どうしよっか」
「なぁ」ずっと黙っていた北島が口を開いた。全員が彼に注目する。
「なに?北島くん」江見澤は何か意見かと耳を傾けた。
北島は実弦を見る。「柏木ってもしかして、言葉が出にくいとかある?」
「えっ」実弦はビクッとなった。
志乃も身構える。
「あ…。う、うん…。き、吃音があって…。ごめんね。き、聞き取り辛いよね」実弦は怯え始めた。
「いや」北島はシレッとしていた。「確認したかっただけ。悪い」
「ううん。僕の方こそ…」北島のぶっきら棒な口調に責められていると感じて実弦はうつむく。
志乃はこうした場面に出くわすたび、「言葉が出にくいだけなんだ」、「ゆっくり聞いてやってくれ」と助けていた。今回も同じようにフォローしようと口を開いたが、北島が先に話し始めた。
「いや…。もし言い辛いところとかあったら、俺が発表するからさ。なんでもこっちに回してよ。俺まったくこのグループの役に立ってないし」きまずそうに頭を掻く。
電気がついたように実弦の表情がパッと明るくなった。「あ、ありがとう!そう言ってくれると嬉しいよ!」
「いいって」北島はそっぽを向く。耳の縁が赤くなっていた。
「で、でも僕も頑張って発表したいから…。でも、もしかしたらお、お願いするかもしれない!」目をキラキラさせながら実弦は言う。
「わかった」照れを誤魔化すように北島は欠伸をした。
志乃は肩の力が抜けた。実弦にイライラする人もいるので、北島が理解ある人で良かったと安心する。
男子2人のやりとりを見て、江見澤はふふっと小さく笑った。「北島くん。さっきからすごく眠そうだけど、寝れてないの?」と聞く。
「あー…」北島は両腕を突き上げて伸びをした。「俺、陸上部でさ。部活以外にも朝と夜に走ってるから」
「え?部活で走ってるのに、朝も夜も走ってるの?」江見澤は目を見開く。
実弦もすごいなぁと北島を見つめた。
「そう」北島は恥ずかしげに答える。「俺は走るしかないから。おかげで成績は散々だけど」今だって参加できてないし、とワークシートに触れる。
「すごいね!」江見澤は声を高くして言った。「それだけ真剣に打ち込めることがあるって、良いことだよ!」
「いや…」照れくさそうに首の後ろを撫でる。
「よ、よかったら!」実弦は意を決して口を開いた。「宿題とか授業とか、な、何か手伝えることあったら僕やるよ。お、お礼に」
「マジで?助かる」北島は微笑んだ。
志乃は彼らに友情が芽生えるのを見てさらに安心した。入学して1か月、実弦はあまり他の子と喋っていなかったので心配していた。
「それで、どうするの?」成り行きを見守っていた井浦が言った。「時間なくなっちゃうよ」
「あ、そうだね」生徒たちは議論に戻った。
本作に登場する学校名、幼稚園名は架空のものです。




