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フォーギブミー・ノット  作者: 香坂茉音
高校1年生
4/15

1-4


  翌日、クラスで1人1人の自己紹介が行われたあと、身体検査へ移った。身長と体重と歯科検診は体育館で、視力検査は保健室、聴力検査は視聴覚室で行われる。


クラスで順繰りに巡るため、1年4組はまず体育館へ行って体重を測り、次に身長、歯科検診の順で検査を受ける。


 体重と身長を終え、歯科検診で自分の番が来るのを並んで待っていると、一樹が将次郎に話しかけた。


 「なぁ。将次郎」


 「なに?」


 「身長いくつだった?」一樹は将次郎が持っていたプリントを奪おうとした。プリントは今日の検査の結果を記入し、最後に担任に提出することになっている。


 「別にいくつだっていいだろ」少し刺のある言い方で、将次郎はそのプリントを一樹から遠ざけた。背の高い一樹に聞かれるとバカにされている気分になる。


 「いいじゃん。見せろよ」一樹はむくれたあと自分のプリントを将次郎に差し出した。「ほら、俺の見ていいから」


 将次郎の視界にそのプリントが映る。身長の欄には181センチと書いてあるのが見えた。


 「いらない」すぐに目を逸らす。小学生の時はドングリの背比べだったのに、中学に入ったところで一気に引き離された。中学3年の3学期の時点で178センチと言っていたので、数か月で3センチも伸びたことになる。


たぶん高校でもまた引き離されるんだろうな。どんだけデカくなるんだよコイツ。タケノコかよ。俺は171センチで平均的だ。平均というのは気に食わないが、低いわけじゃない。でもコイツといると酷く自分が小さく感じる。


 「ちぇっ」一樹は舌打ちをして諦めた。「実弦と志乃はどんな感じだったかなー」とプリントをひらひらさせる。2組は聴力検査から始めているのでここには居ない。


 「お前、やめとけよ」将次郎は注意した。


 「なにが?」一樹はキョトンとする。


 「だから…」実弦はともかく志乃に身長や体重を聞くなよ。昨日のスカートの件もイジるのやめろ。と言いたかったが、なぜだか口にするのは恥ずかしかった。


 「そうやって身長でマウント取ろうとするな」代わりに別の注意をする。


 「俺、これでしかマウント取れないし」一樹は自分の頭をポンポンと叩いた。


 「もっと他のことで頑張れよ。勉強とか」将次郎は呆れる。


 学年で1,2の成績を取る将次郎とは違い、一樹は平均的な成績だった。だがちゃんと勉強すれば上位に入れる頭脳を持っている。運動神経だっていいのに、本人はなぜか真剣に向き合わず、やる気もない。


むしろ自分はそこまでだと思い込んでいる。ポテンシャルは良いのに、どうして頑張らないのだろうと将次郎は不思議でならなかった。


 「なに言ってんだよ。身長だって立派なステータスなんだぞ」一樹は威張った。


 「あ~。はいはい」身長は伸びてもこういうところは何ひとつ変わらないなと将次郎は笑った。


  身体検査が終わると数分の休み時間ののち、委員会を決めるホームルームが始まった。それぞれのクラスで委員長、副委員長、書記を1人ずつ選ばなければいけない。


 4組ではいの一番に将次郎が手を挙げ、委員長に立候補した。まだお互いをよく知らない生徒たちは、その積極さに感謝する。面倒な役割を進んで引き受けようとする将次郎の邪魔をする者は現れず、将次郎が委員長に決まった。


 将次郎はこうした役は自分に向いていると思っていた。実際にそうで、昔から何度もクラスの重役を担っている。一樹も、あいつが委員長になるのはいつものことだと慣れていた。


 2組では委員長を決めるのに時間を要したが、女子生徒が手を挙げてくれた。副委員長はその友達が手を挙げたのであっさりと決まる。


続いて書記の番になると、実弦がそっと手を挙げた。クラス中の視線が一斉に彼に集まり、実弦の指先は緊張で震える。


 勇気を出して立候補してみたものの、やっぱり怖い。やめておいた方が良かったかも。でも高校生になったら何か頑張らなくちゃって決めてたから、今さら手を引っ込めるわけにはいかない。


喋らずにクラスの役に立てる仕事と言ったら書記しかないんだから、ここで止めたら後悔するぞ。高校生にもなったんだから、自分から進んでなんでもやらなきゃ。


 やってやるぞと意気込む実弦を見て志乃は驚いた。あの引っ込み思案で内気な実弦が、自ら前へ出ようとするなんて。今までだったらあり得ない。でも彼が何を考えているか、志乃は長年の付き合いで読み取れた。頑張れと胸の内で応援する。


 他に立候補がいなかったので2組の書記は実弦に決定し、実弦は大仕事を終えたようにふうと安堵した。


  クラスの委員が決まると1年生たちは鞄を持ってまた体育館へ移動した。


 「実弦。自己紹介、大丈夫だった?」移動中に志乃は実弦に話しかける。


 「うん。ドキドキしたけどなんとか。ぼ、僕、詰まってなかった?」実弦は不安げに出来を尋ねた。


 「よかったよ。全然つっかえてなかったし」志乃は安心させるように頷く。


 「わぁ。よかった。自己紹介あるかなと思って練習してたんだ」ホッとして微笑む。


 「すごいじゃん。書記にも手上げてたし」


 実弦は照れたようにへへっと笑った。「ちょっと頑張ろうかなって。もう高校生だしね」


 「そっか。頑張れよ」志乃はいつも世話を焼いていた弟が、1人でお使いに行ってしまったかのような寂しさを感じた。


 「ところで身体検査はどうだった?身長伸びてた?」志乃が尋ねる。


 「あ!うん!聞いて!」実弦は人懐こい子犬みたいな顔をした。「2センチも伸びてたんだ!160センチになってた!」


 「えぇ~」志乃は残念がる。「160センチ台入っちゃったの?あたしなんて1ミリも伸びてなかったのに。この間までほとんど一緒だったじゃんか」志乃は157センチで身長が止まっていた。


 「えへへ」嬉しそうに実弦は笑う。「僕も男の子だからね」


 「ずるいぞ」これで4人の中で一番のチビになってしまった。


 「しょうがないよ」


 雑談をしながら体育館へ行って整列すると、部活動紹介が始まった。2年生と3年生が新入生たちに活動内容を説明する。ひとりでも多くの部員を集めようと、先輩たちは必死に仲の良さをアピールした。


 全ての部活動紹介が終わると本日の授業は終了となった。このまま帰ってもいいのだが、希望する生徒は部活の見学ができる。そして来週から1週間は仮入部期間になった。


 体育館内で解散となると幼馴染4人は自然と集まって話をした。


 「あれ?ジャージ履いてないじゃん」一樹が志乃の足を見て指摘した。


 「朝、校門のところで先生に注意された」志乃はムスッとなる。「脱がないと登校させないって。あの変態教師」


 一樹はケタケタ笑った。「誰がお前の足なんて見たいんだよ」


 「こっちのセリフだわ」志乃は機嫌を悪くする。一樹なんてワイシャツの第二ボタンまで外してネクタイも緩めてるのに、なんであたしだけが注意されなくちゃいけないの?


 「だから言っただろ。注意されても知らないぞって」そんな彼女を見て将次郎はほら見ろと言った。


 「だって意味わかんなくない?ハーフパンツもダメなんだよ?スカートから見えないのに」


 「そういう校則だからな」


 「はぁ」志乃は大きなため息をつく。「他の子はどうしてるんだろ?」と周りにいる女子を見た。自転車や電車で登校している子もいるのに、スカート1枚で何が守れるんだよ?


 「お前みたいにガサツじゃないからな」一樹が揶揄からかう。


 「やめろって。いい加減イジるの」将次郎が語気強めに注意した。身体検査のときは言えなかったが、今度は我慢できずに口に出る。


 「なんだよ。いつものことじゃん」一樹は木のささくれが肌に刺さったような痛みを感じた。「それより部活どうすんの?」と居心地悪く話を変えながら、実弦の肩に肘を置く。


 「俺は剣道部の見学に行くから。じゃあな」将次郎は早々に輪から抜けて行った。


 「やっぱ剣道か」一樹は将次郎の背を見送りながら言う。


 「実弦はどうすんの?」志乃が尋ねた。


 「うーん」実弦は唸る。「気になる部活はい、いくつかあったんだけど…。やっぱり美術部に行こうかな」


 「1人で行けんの?」一樹は弟に尋ねるような口調で聞く。


 「う、うん。美術部の人たち優しそうだったし、が、頑張って行ってみるよ」よしと気合を入れると実弦は2人に手を振って別れた。


 「実弦、ほんとよく頑張ってるよな」志乃は見送りながら言った。「委員会で書記になったんだよ」


 「へぇ~」一樹も意外だと驚く。同時に志乃を見ながら、こいつは相変わらず実弦を気にかけるよなとも思った。


 「あんたは?バスケ部行かないの?」志乃は一樹を見上げた。


 「え?あぁ~…」視線を泳がせたあと、体育館で練習を始めようとしているバスケ部の方を見た。


中学のときは何か運動部に入ろうと、以前から興味のあったバスケ部に入部した。しかし特別にバスケが好きになったわけではなく、将次郎のように真剣に練習に打ち込んだわけでもなかった。


今日の部活紹介を見て、楽そうなら入ろうかとぼんやり考えていた。でもどう見てもここのバスケ部は全国大会を目指しているような熱血系。行く気にはなれなかった。


 「お前は?軽音行くのか?」


 「うーん。どうしよっかな」志乃はなんの気なしに答える。彼女は中学で軽音部に入っていた。


 「まあ、別にいま決めなくてもいいんじゃね?あとからでも入部できるんだし」自分と同じように志乃も気が進まなさそうに見えたので、一樹は楽観的に言った。


 「いやぁ…」志乃は同意しなかった。軽音部の紹介を見たとき、素直に好感を持てた。それにもし入部するなら、初日から顔を出しておく方がその後の人間関係も上手くいくんじゃないかと考える。


遅れて行って、既に出来上がっているグループに入れてくれと頼むのはあまり気持ちのいいことだと思えない。こっちも苦労するし、相手にも失礼。自分に置き換えてみてもそんな人面倒くさい。


 「一応、見に行ってみる」と行くことに決めた。


 「ふーん」つまんねと一樹は極小の不満を抱く。「じゃあ俺も一緒に行こうかな」


 「はぁ?あんた楽器なんもできないだろ」志乃はバカにした。


 一樹は自分の喉を指す。「楽器ならここにあるじゃん。俺がどれだけ歌うまいか知ってるだろ」


 「はいはい」と呆れる。確かに一樹の歌は上手い。光るものを持つ天才的な歌声ではないが、極めればそれなりの場所へ行ける才能を持っていた。それなのに本人はそれに興味がない。


 志乃は父親の影響で幼い頃からベースを弾いていて、バンドの中でコーラスに参加することもあった。しかし自分の声は平凡で、歌も大して上手いわけじゃない。


なのでカラオケなどで一樹の歌を耳にするたびに、自分もこのくらい上手く歌えればバンドに映えるのになぁと羨ましく思っていた。


  2人は軽音部が活動している第三音楽室へ行った。軽音部は全部で10人。3年生が6人と2年生が4人。それぞれの学年でバンドを組んでいたり、学年関係なく組んでいたりと複数のバンドグループが存在していた。


見学に来た1年生は志乃たちを含めて7人。男子が5人で女子が2人。志乃のように軽音部経験者が多かった。


 ボーカルを務める3年生の部長が活動についての説明を始める。文化祭で演奏するだけでなく、地域のお祭りや路上ライブ、最近はインターネットに演奏動画を載せることも増えたという。


 説明が済むと、あらかじめ用意していた楽器を新入生たちに触らせた。先輩たちはその腕前を確認する。


 志乃は迷わずベースを手にした。家にも自分のベースがある。それは父のおさがりだった。有名な楽器ブランドのもので、一般的に流通しているわばどこにでもある一本。父もその当時中古で購入したベースだった。それでも志乃にとっては初めてで、唯一の自分専用ベースだったので、大事に使用している。


 ずっと憧れていて欲しいと思っているベースもあった。けれどそれは高校生には手が出せない値段で、いつかお金を溜めて買うつもりでいた。そんなとき父からこんな提案があった。


「高校生の間、赤点を取らずに、昔のように髪を伸ばしてくれたら買ってやる」


 父は幼いころロングヘアだった娘が忘れられず、以前から「髪を伸ばしてくれ」、「女の子らしくしてくれ」と娘に泣きついていた。


だから志乃はベースのために仕方なく髪を伸ばしていた。たった3年。憧れのベースが手に入ったら容赦なく切るつもりでいる。

 

 志乃はベースのストラップを肩にかけ、チューニングを行うと軽く音階を弾いてみた。学校に置いてあるベースなのでこれも珍しい一本じゃない。でも指になじみのいい弾き心地だった。


 一樹もギターを抱えてつま弾く。志乃は弾けないだろとバカにしていたが、一樹は全くの初心者というわけではなかった。ベースを弾く志乃と遊んでいるうちに楽器を手にする機会が何度かあったので、簡単なコードや曲なら弾ける。

 

 志乃はそれを見て口を尖らせた。幼い頃から音楽に触れ、一樹より何十倍と時間をかけて練習してきた。それなのに初めてギターを抱えてさらりと弾き始めた彼を見たときはさすがに嫉妬した。


 こいつは本当に何でも器用にこなしてしまう。なんてことない顔して。そうやって簡単にこなされると、自分の才能のなさを実感させられる。羨ましい。


 2人が適当に弾いていると、ベースを担当している3年生の副部長が来た。2人に色々と質問する。志乃は相手が先輩ということもあり好意的に答えていたが、一樹は口を出さなかった。


2年生でドラムを担当してる女子生徒が、チラチラと志乃と副部長を見ている。それに、同じ新入生の男子たちが志乃のことを意識しているのも気に入らない。この部活に入ると碌なことがないな。人間関係も悪そうだ、と一樹は思った。



  「んで、軽音入んの?」見学が終わり、2人でトボトボと歩いて帰っている時に一樹は尋ねた。


 「うん。そうしようかな」志乃は手ごたえを感じていた。副部長が親しげでいい人そうな雰囲気だったので、見学前よりも入部したい気持ちが強くなっていた。


 「やめといたら?」シレッと言って一樹は入部を止める。


 「なんで?」志乃は幼馴染を見上げた。


 「なんとなく」ちゃんとした理由があるのに、自分の予感を上手く言葉に出来なかった。


志乃に理解してもらいたい。でも説明できたとしても彼女は真剣に聞き入れてくれないはず。だったら説明するのが面倒だった。


 「そういうのいいって。だるい」志乃はまた始まったと思った。一樹がこうしてはぐらかす性格なのはよく分かってる。ただ説明を面倒くさがっていることも。


 「はぁ?うっせーよ」一樹はまたささくれを感じた。「とにかくやめとけって。後悔すんぞ」


 「とにかくあたしは入部する」志乃はムキになった。一樹がどう思っていようが関係ない。「あんたはどうすんの?」


 「俺は入らねえよ。どこにも」上手くいかなくて一樹も自棄になった。


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