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翌日の昼休み。将次郎は一番に階段上の踊り場についた。次に志乃が来たので、実弦が来る前に話があると言って彼女を別の場所へ引っ張って行った。
「昨日一樹に会ったよ」人通りの少ない場所で将次郎は告げた。
「え。マジで」志乃は行かなくてよかったと思う反面、行けばよかったという顔をした。「なんか言ってた?」
「なんで告られたこと黙ってた?」将次郎は質問に答えず尋ねる。
「あ…」志乃は固まった。「いや…。それが原因じゃないし…」
「どう考えてもそれが原因だろ」
「なんでそんなに怒ってんの?」
「怒ってねーよ」将次郎は苛立っている自分に気付いた。「隠した理由を知りたかっただけ。ただのケンカだと思ってたし、志乃を責めるようなこと言っただろ」と取り繕う。
「あぁ…。いやだって、恥ずかしいだろ。告られてケンカになったなんて言ったら。幼馴染なのに」志乃は気まずくなった。「ジョージは悪くないから」
「分かってる」将次郎も気まずくなって目を反らした。「でもちゃんと言えよ」
「うん…。ごめん」落胆した声。「それで…。一樹と話したの?あいつどうだった?元気そうだった?」
「あいつのことなんか気にすんなよ」将次郎は少しキツめに返した。「志乃が気に病む必要ないだろ。アイツがああなったのはアイツの責任だ」
「あたしにも責任あるでしょ。あいつが学校来なくなって、あんたらとも話さなくなって、家まで荒らして…。それに友達なんだから心配くらいする」振っても志乃は純粋に一樹のことを心配していた。
「俺はもうアイツとは関わらないよ」将次郎は冷たく言い放った。
「は?」志乃は顔をしかめる。
「学校にも来なくて、煙草もやって。どうせ夜遊びもしてんだろ。不良と付き合いがあるなんて知られたら受験に関わる。悪いけど、俺にも将来があるんだ。もうアイツを友達だと思えない」
「……なんで、そんなこと言うの?」志乃の耳に土砂降りの雨のような音が聞こえた。「あたしたち友達だろ」
「違う」ゆっくりと首を振る。「俺たちはもう友達じゃない」
土砂降りの雨が地響きを誘い、くらくらと眩暈までしてきた。あたしがやってしまったんだ。あたしが壊してしまった。どんどん悪くなる。今まで4人で少しずつ大きな山を作ってきたのに、どんどん崩れていく。
「あぁ、そう…」志乃は消えそうな声で呟いた。
その後ふたりは実弦の待つ踊場へと戻った。この日の昼食は今までで一番空気が悪く、なんの味もしないお弁当になった。
12月に入ると進路色はさらに強くなった。将次郎と実弦は勉強に明け暮れ、志乃も面接の練習を始めて真面目に就職先を探すようになった。昼食の場では将次郎が以前よりも詰めるような、角が立っているような態度を取るようになり、志乃はだんだんとそれが嫌になって階段上の踊り場から足が遠のいた。
実弦も将次郎に余裕がないことに気付いていたし、それで志乃が辛そうにしているのも分かっていた。だからなんとか空気を良くしようとしてみたが上手くいかない。自分の力不足を嘆き、僕は空気をよくすることなんてできないんだと諦めるようになっていった。
志乃が踊り場に来なくなると、将次郎も次第に来なくなってしまった。実弦は今日は誰か来てくれるんじゃないかと待ち続けたが、落ち込んで教室に戻る日が続いたので、やがて彼も踊り場へは行かなくなった。
12月の下旬に行われた高校生活最後のテストが終わると冬休みに入った。幼馴染たちは毎年一緒に初詣へ出かけていたが、今年は誰も集合の合図を出さなかった。
代わりに江見澤が実弦を誘った。2人きりの初詣を楽しんだあと、江見澤はそっと実弦に告白。実弦はそれに心底驚いたが、こんな自分を好きになってくれたことが何よりうれしかった。江見澤はいつも明るく笑顔で、話も合って、初詣の間もずっと楽しそうにしていた。実弦はそれに癒されていたので彼女の告白を受け入れた。
志乃は始業式の前に二つのお知らせを受け取った。ひとつは実弦が江見澤と付き合ったこと。実弦本人から教えてもらい、寂しい気持ちは湧いてきたがおめでとうと返した。実弦が誰かの恋人になった。友達よりも優先するものができた。いつも一緒だった弟が離れていくような。でもこんな気持ちを抱くのは間違ってるよな。
もうひとつのお知らせは母からで、一樹が警察の補導を受けたとのことだった。不良仲間と深夜に酒と煙草をやっているところを見つかり、一樹の母が迎えに行ったそうだ。
志乃はそれを聞いてあたしたちはもう本当にどうしようもなくなってしまったんだと気を落した。きっと将次郎にも実弦にも一樹の話は伝わっている。将次郎はますます一樹を嫌いになるだろう。実弦はより一層心配するだろう。でももうきっと、あたしが仲を取り持つことも、慰めることもないんだ。
始業式後、志乃は進路指導室を訪れた。就職先を相談したところ、先生は地元にあるCDやDVDを売っているレコード店を志乃に勧めた。音楽やってるだろう?バイトで接客もやってるから行けると思うよと。
志乃は他にやりたいこともないし、先生の言う通りだとも思ったのでそこの面接を受けることに決めた。
2月に入ってから将次郎と実弦は受験に挑み、志乃も勧められたレコード店の面接を受けた。学校は授業が少なくなり、登校する回数自体も減ったので、幼馴染たちは顔を合わすこともなくなった。しかしそれぞれの母親を通してお互いの状況はなんとなく知っているという状態ではあった。
3月になると将次郎と実弦は合格通知を受け取った。志乃も4月から店員として働くことが決まる。学校にはもうただ卒業式の練習をするためだけに登校するようになった。
その中で志乃は久しぶりに井浦冬舞と過ごした。彼女は3年生になってすぐ、伝手で出版社の人を紹介してもらい、自分の書いたものを読んでもらったそうだ。そこで評価を貰えたので、これからはバイトでもしながら小説家としてデビューできるように頑張ると言った。
「頑張れよ」志乃は井浦に言った。「井浦ならそうなって当然だし、すぐデビューできるよ」
「ありがとう。志乃ちゃんも頑張ってね」井浦は悲しげに微笑んだ。「私、志乃ちゃんがいなくて、3年生はとってもつまらなかったんだよ?」
「あぁ…」志乃は申し訳なくなった。「ごめん。もっと会いに行けばよかったよな。どっか遊びに行ったりとか」
「ううん」井浦は長い髪を耳にかける。「私の方こそもっと行動すればよかった。でも志乃ちゃんがいて、高校生活楽しかったよ。志乃ちゃんはどうだった?」
「うーん…」志乃は唸った。一樹とのケンカ、将次郎と気まずくなってしまったこと、それを井浦には黙っていた。
「まぁ、楽しかったよ。井浦とも出会えたし」全体的に見れば悪くない高校生活だった。色々あったけど友達もできたし、バイトも頑張った。勉強はできなかったけど行事は楽しめた。
「そっか」井浦は全てを知っているような優しい顔で微笑んだ。「卒業しても…。また会ってくれる?」
「うん。いつでも」志乃はつかの間の安心感を得た。会える約束があるのは特別なことなんだ。学校という縛りが無くなって、それぞれの方向を向いてもまた会えるという約束。
そうして切なく思いながら、桜のつぼみが膨らみ始めた日、志乃たちは高校を卒業した。4人は一度も揃うことなく。




