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10月は文化祭の準備に入る期間なのだが、3年生は自由参加となる。志乃は参加しないと決めていた。実弦は美術部の展示があり、将次郎は生徒会長で駆り出されたので、志乃は1人で昼食を食べることが増えた。
「ごめんね志乃ちゃん。最近ひとりだったでしょ」10月中旬の昼休み、時間ができた実弦が階段上の踊り場に来た。
「気にすんなよ」志乃は少しボーっとしながら答える。
「一樹くんはどうしちゃったんだろうね?もう1か月以上ここに来てないみたいだし、見かけても声をかけてくれなくなっちゃったし…」お弁当を広げながら実弦は心配した。
「うん…」志乃は元気なく返事する。どうして一樹は将次郎も実弦も無視するようになったんだ?ケンカしてるのはあたしなのに、と疑問に思った。
「だ、大丈夫?志乃ちゃん」実弦は落ち込む志乃に気付いた。
「実弦…。あのさ、言ってなかったんだけど、」と申し訳なく言う。「あたしと一樹、ちょっと前にケンカしちゃったんだよね。だから一樹ここに来なくなって…」
「え?そうなの?」知らなかったと驚く。
「うん。ごめんな。あたしのせいで一樹来なくなって、実弦にも話しかけないなんて…」
「ううん。僕の方こそごめんね。き、気付かなくて…」実弦はシュンと落ち込んだ。
「いや、実弦が謝ることじゃないよ」志乃は手を振る。「あたしが悪いから気にすんな」
「でも…」
「ほんとに、実弦のせいじゃないよ」姉が弟を励ますように微笑む。
「うん…。志乃ちゃん、一樹くんと仲直りできそう?」
「え?」志乃は気まずくなった。「うーん…。ちょっと難しいかな…」
「そっか…」実弦は悲しんだ。どうにかして仲直りして欲しい。いつもの志乃ちゃんに戻って欲しい。でもいつも自分が励ましてもらう側で、誰かの励まし方が分からなかった。
悲しむ実弦の顔を見て、志乃はあたしが他の幼馴染の絆まで壊してしまったんだと思った。
昼休みが終わると、志乃と実弦は教室に戻った。実弦は幼馴染たちの誰とも同じクラスではなかったが、1年生の時のように穏やかに教室にいることができていた。3年生で進学クラスということもあり、誰も問題を起こさずにいようと慎重になっている雰囲気があって、誰も実弦にちょっかいをかける生徒はいなかった。
「柏木くん。ちょっといいかな?」午後の授業が終わり、美術部へ向かおうと席を立った実弦に、同じクラスの江見澤が話しかけた。
「ど、どうしたの江見澤さん」
「あのね。ちょっとアドバイスが欲しいんだけど」江見澤は衣装のデザイン画を実弦の机に広げた。彼女は今年も演劇部の衣装係として文化祭に参加している。
「この衣装なんだけど、この色とこの色、どっちが舞台映えすると思う?」と色違いのデザイン画を指す。
「うーん…。どういうコンセプトなの?」実弦は2枚を見比べる。
「今年は桃太郎だよ。桃太郎が鬼退治に行くんだけど、現代版にアレンジしてあるの。桃太郎っていう新人サラリーマンが、鬼上司や鬼会社に立ち向かうっていうストーリー。おじいさんとおばあさんが弁護士で、犬が同僚、猿は労働組合の人で、雉は記者って設定。シュールだけど、一応コメディなんだ」江見澤はワクワクしながら説明した。
「そ、それはすごいね。面白そう」実弦はへへっと笑う。「それで、この衣装は?」
「それは桃太郎の衣装。桃だからピンクを取り入れたいんだけど、サラリーマンでスーツだからバランスが取りづらくて。こっちのハッキリしたピンクがいいかな?それとも暗め?」とデザイン画を指す。
実弦もデザイン画を見た。「そうだなぁ…。ぶ、舞台映えするならこっちのピンクの方がいいんじゃないかな?あと、もっとシャープさを取り入れてもいいと思う。お、鬼退治だからよ、鎧っぽさが出るんじゃないかなぁ」
「あっ。うん!そうだね!」江見澤は目を輝かせ、ニコニコしながら頷いた。「柏木くんに意見聞けて良かった。本当にありがとう!とっても助かった!」
「う、うん」実弦も微笑む。「役に立ててよかったよ」
「頑張って仕上げるから、当日観に来てね!」
「もちろん観に行くよ。みんなと…」実弦は先ほどの志乃の落ち込みを思い出して口をつぐんだ。一樹と志乃が仲直りしていなければ、みんなで観に行くと約束できない。
「あ、うん。観に行く」と言い直す。
「どうしたの?」江見澤は気付いた。「なにかあった?」と優しく問いかける。
「ちょ、ちょっとね…」実弦は幼馴染たちについて話した。「将次郎くんもい、忙しそうだし、こういうとき僕はど、どうしたらいいのか分からなくて。いっつも僕がみんなに元気を貰ってたから…」
「うーん」江見澤は一緒に悩んだ。「みんないつもどうやって柏木くんを励ましてたの?」
「が、頑張れって言ってくれたり、サポートしてくれたり、側にいてくれたりし、したよ」
「じゃあ柏木くんもそうしてあげたら?自分がしてもらって嬉しかったことを相手にもしてあげなよ」江見澤は微笑む。
「あ、確かに!」実弦はパッと笑顔になった。「そうするよ。ありがとう江見澤さん」
「ううん。私もアドバイス貰えたし」デザイン画を指す。「それじゃあ私行くね。またどうなったか教えてね」
「うん。じゃあね」
数日後の昼休み、実弦は江見澤のアドバイスを実行してみた。この日は将次郎もいたので、文化祭準備で疲れている将次郎にいつもより多めに応援の言葉をかけた。
将次郎はそんな実弦に疑問を抱いたが、応援されて嫌な気にはならないので有難く受け取った。
「あ、あのさ」実弦は勇気を出した。「志乃ちゃん。よかったら、一樹くんには、話しかけに行かない?僕も一緒に行くから」
「え?」志乃は驚く。
「あ、謝りに行こうよ。きっと一樹くんもキッカケがなくては、話し辛いだけだと思うんだ」
「いや…」志乃は苦々しい顔になった。
「確かに。アイツそういうとこあるからな」将次郎も言った。「俺も行こうか?」一樹が絡んで来なくなって将次郎もつまらなさを感じていた。
「でも…」振ったこっちから話しかけるのは、とは言えなかった。「あいつすっかり一軍のグループに入っちゃったから話しかけ辛くて…。あたしは話してもいいんだけど、向こうが嫌がるっていうか…」とゴニョゴニョ。
「そっか…」実弦はオロオロした。「あ、じゃあ気晴らしにお出かけとかする?バ、バッティングとかさ」志乃ちゃんに元気になってもらいたい。
「うーん…」志乃は悩むフリをした。バッティングに行く気分にはなれない。こっちの気が晴れても一樹が戻ってくるわけじゃない。
「どうだろう。バイトの空きあったかな…」と断り文句を言っておく。
「あ、い、忙しいよね」実弦は自分がいつもより上手く喋れていないことに気付いた。喉が締まるような感覚。幼馴染たちといるときはこの感覚が少なかったのに。
将次郎も志乃の態度を訝った。ここまでケンカが長引いたことは初めてだった。これはただのケンカじゃないのか。
その日の放課後、江見澤が実弦に話しかけた。
「柏木くん。この間はありがとうね。あのあと演劇部の人達にも相談したんだけど、柏木くんの意見が好評だったよ」笑顔で報告する。
「そ、それは良かった」実弦は眉を下げて微笑む。
「柏木くんの方はどうだった?」
「あ、それがね…」と今日の昼休みの出来事を話した。「ぼ、僕には志乃ちゃんを元気づけることも、2人を仲直りさせることもできないんだ…」肩を落とす。自分はいつも助けてもらうばかりで、こういう時に役に立たない。
「落ち込まないで。柏木くん」江見澤は言った。「柏木くんには柏木くんのできる事がきっとあるよ」
「うん…。ありがとう」
江見澤は悲しげな実弦を見てどうにかできないものかと悩んだ。実弦が志乃を励ますために出かけようと誘ったが、志乃はそれを断った。もしかして私に遠慮しているから?なるべく2人きりにならないように?
さらに数日後、休み時間に志乃を見かけた江見澤は彼女に話しかけた。
「ねぇ、志乃ちゃん」
「ん?結ちゃんじゃん。どうしたの?」
「あのね、柏木くんから聞いたんだけど、」と相談してくれたことを話した。
「あぁ…」あいつまた言わなくてもいいことを。
「もし志乃ちゃんが柏木くんと遊んだりするの遠慮してるなら、気を遣わなくていいからね」江見澤は実弦の落ち込む姿を見たくなかった。そして志乃のことも友達だと思っている。
「私があのときベンチで言ったことは、そこまで気にしなくていいからね。あんまりベタベタするのは嫌だけど、2人の友情を壊したいわけじゃないんだ」
「うん…。わかった」江見澤が自分を想って言ってくれたことだと分かってはいたが、なんで今さらそんなことを言うんだと少し不快にも思った。
実弦とは姉弟のような関係を築いてきた。それがここに来て変化している。それでもその変化に馴染もうとしてる。なのに…。やり方を変えても所詮自分は女で、相手は男。女性と男性になればそれが友情ではなくなる。ただ普通の友達でいたかっただけなのに。歳を取るごとに生々しくなってくる。嫌気がさしてくる。




