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夏休み明け。志乃は気まずく教室へ向かった。自席についてから、後方にある一樹の席に目をある。まだ来ていなかった。ホッとすると同時に不安も募ったが、今日は絶対に自分から話しかけたりしないと決めていた。
あのあと何度考えても自分から謝るようなことじゃなかったし、一樹だってフラれた女から話しかけられるのは気分良くないだろう。申し訳ないと思ってるなら、まだ仲良くしたいと思ってるなら、向こうから話せばいい。
でも今まで仲良くやってきたのに、こうなってしまったらもう元の関係には戻れない。これで終わり?今までのことが全部無しになるの?
重たく悩み続けているうちに時間が来た。恐ろしくて見てないけど、なんとなく一樹が教室にいる気配は感じた。
昼休みになると志乃はお弁当を持って教室を出た。いつもは一樹と一緒に階段上の踊り場に行くが、今日は1人で行った。一番乗りだった。
すぐ実弦と将次郎がやってくる。
「志乃ちゃん。久しぶりだね」実弦は嬉しそうにニコニコしながら志乃の隣に座る。2人とは夏休みの間一度も顔を合わせなかった。
「よう。一樹は?」将次郎も反対側に座る。
「さぁ?」志乃は顔を見られないよううつむいた。「知らない。それより夏休みどうだった?今年もおばあさんの所行ったの?」と実弦に尋ねる。
「ううん。今年は勉強しかしてなかったよ」一樹はトイレにでも行ってるのかと思い、実弦はお弁当を食べながら夏休みの出来事を話した。
将次郎は志乃の異変に気付いていた。
「志乃ちゃんは夏休みどうだった?べ、ベース買えた?」ひと通り夏休みの出来事を話すと、実弦は聞いた。
「ううん。まだ。近いうちに買うつもりだけど、夏休みはバイト三昧だったから全然弾けてなくてさ。指が鈍ってるかも」志乃は手を開閉させる。
「僕もぜんぜん絵が描けなかったんだぁ。じゅ、受験には実技もあるからそっちも頑張らないと。将次郎くんと何回か一緒に勉強したんだけど、しょ、将次郎くんものすごい分厚い過去問集を持ってて、び、びっくりしちゃった。こんなやつ」指で厚さを示す。
「中身もめちゃくちゃ難しいんだよ。さ、さすが東京の大学を目指している人はち、違うよね」尊敬の眼差しを将次郎に向ける。
「ふ~ん」身の入っていない相槌で志乃も将次郎を見た。
「それくらいやらないとな」将次郎は謙遜した。「まだ追い込みが足りない気がするし」
「わぁ。すごいね」実弦は感嘆する。「そ、それにしても一樹くん遅いね」
「今日は気分じゃないんじゃない?」志乃はすかさず言った。「夏休み明けで怠いんでしょ。ほっとけばいいじゃん」絶対に一緒に昼食を食べる決まりではないので、誰かが抜けることはあった。
「そっかぁ」実弦は納得した。
他愛のない話をしているうちに昼休みは終わり、志乃たちは教室に戻った。自席に着くと、あとから教室に入ってきた男子数人の話す声が聞こえてきた。その中に一樹の声もあった。内容を盗み聞きすると、どうやら一樹は食堂へ行って昼食を摂ったようだった。
なんだ。元気なんじゃん。なんてことない感じで男子と喋ってるじゃん、と志乃は苛立った。
授業が終わり、今度こそ一樹から帰ろうぜと話しかけてくるだろうと思った。しかしそんなことはなく、一樹はクラスの他の子にじゃあなーと声をかけてさっさと帰ってしまった。
志乃は長いため息をついてから席を立った。ノロノロと教室を出ると、将次郎が向かいから歩いてきているのが見えた。
「帰ろう志乃」将次郎は志乃の前に立つと言った。「今日バイトないだろ?」
「え?」志乃は驚く。「塾行くんじゃないの?」
「まぁ…。たまにはサボってもいいだろ」しょうがないと微笑む。「行くぞ」
「うん…」
2人は一緒に学校を出た。しばらくはどちらも無言で、気まずさのない空気が漂っていた。
「……一樹となんかあったのか?」将次郎はポツリと聞いた。
「え」志乃は隣を歩く男を見る。「……なんで分かんの?」
「分かるだろ」眉をしかめながら鼻で笑う。「さっき廊下歩いてるとき一樹とすれ違って、目は合ったけどアイツ何も言わなかったからな」
「あぁ…」志乃は自分のつま先を見ながら歩いた。「なんか…。ケンカ?みたいな感じになって」
「ケンカ?なんの?」
「うーん…」理由を言いたくなくて志乃は低い声で唸った。「分からん」
「なんだそれ」将次郎は訝る。いつもなら一樹の愚痴がポンポンと出てくるのに、なぜ誤魔化したんだ。「あいつが何か言ったのか?」どうせそんな理由だろう。
「まぁ、そうなんだけど…」志乃はなおも濁した。
「いつケンカになったんだ?今朝?」
「いや、何日か前。呼ばれた日があっただろ?」
「は?」なんのことだと足を止めて志乃を見る。
「え?」志乃も止まる。
「一樹に呼ばれたのか?」
「うん…。暇だから遊びに来いって…。え?呼ばれてないの?」
「呼ばれてねーよ」将次郎は苛立った。
「え」志乃は驚く。「一樹が2人を呼んでると思ったんだけど…」最初から誘ってなかったのか。
「行ったのか?」高圧的に将次郎は尋ねる。
「うん…」なぜか責められている気分になり、志乃は戸惑った。
「それで?」
「普通に…。ゲームとかしただけ」
「で?なんでケンカになるんだよ」将次郎はさらに詰めた。
志乃は口を閉ざした。告白されたことを話したくない。これ以上一樹の名前を出すのはまずい気がする。
「どうした?」将次郎は少し気の抜けたように言った。
志乃はグルグルと考えた。そしてハッと思い出す。「……あたしさ、根に持つタイプなのかな?」
「え?」突拍子もない質問に驚く。
「一樹に昔のこと言ったら、『そんな昔の事いつまで引きずってんだよ』って言われて…。前もこんなことでケンカになりかけたよな。あたしの図書の本の話で。それで今回もケンカになった感じかな…」志乃はうつむいた。
「あぁ…」一樹が志乃だけを誘ったのはまだ気に食わなかったが、本当にただ遊んだだけみたいで安心する。「そんなことだろうと思った」
「ジョージがあの時、昔の事なんだから掘り返すな、みたいに言ってくれたけど、あたしも昔のこと持ち出しちゃって。だから根に持つタイプなのかなって…。これじゃ一樹のこと責められないよな」
話しながら志乃は気付いた。あの場面で昔のことを持ち出すべきではなかった。
「まぁ、そうだな…。どっちもどっちかもな」将次郎はいつものケンカかと納得した。
「だよな…」志乃は小石を蹴飛ばした。あたしにも悪いところはあった。けどそれでも自分から話しかける気にはなれない。
「どうせそのうち一樹も機嫌直すだろ」将次郎は軽く言った。
「うん…」志乃はそう思えなかったが頷いた。
その後9月の間、一樹は一度も昼食の場に現れることはなかった。志乃に話しかけることもなく、一軍のグループとよくつるむようになり、授業もサボりがちになった。
同じクラスの生徒たちは一樹と志乃が全く接しなくなったのを不思議に思い、何かあったんじゃないかと噂が立った。志乃もここまで来ると話しかけ辛くなり、教室では一人で過ごすことが増えた。




