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フォーギブミー・ノット  作者: 香坂茉音
小学1年生
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小学1年生


  幼稚園の入園式よろしく、柏木実弦は小学校の体育館で行われた入学式でもべそをかいていた。小さな椅子に座って不安そうにあたりを見回す。


朝一で背負わされた硬いランドセルと、母親が用意してくれたグレーのジャケットと半ズボン、白いシャツ、青のネクタイという服装は実弦の緊張を増幅させるものでしかなく、彼のジャケットの袖は既に涙と鼻水で黒くなっていた。


入園式のときのように慰めてくれる友達は近くにいない。志乃は隣のクラスだし、将次郎と一樹も別のクラスだった。


 これから小学校に通うなんて。まるで別の世界みたいだ。せっかく幼稚園の生活に慣れて、友達もできて楽しく過ごしていたのに。何が起こるか分からないから怖いな。早く帰りたい。お母さんに会いたい。


もしかしてずっとここにいなくちゃいけないの?まだ終わらないの?他の子は普通に過ごしてるのに、どうして僕は。涙が止まらない。早く終わらないかな。と考えながら入学式を耐えていたのだった。


 中尾将次郎と久保一樹は同じクラスになった。似たような紺のスーツを着て、似たような色のランドセルを背負って入学式に参加している。示し合わせたわけではなく、本人に選ばせた結果ぐうぜん同じような格好になってしまった。


2人は入園式で実弦が泣いていたことを覚えていたが、さすがに入学式では泣かないだろうと考えていた。別のクラスなので実弦と遠く、実弦の様子も目に入らなかったので彼が泣いていたことにも気付かなかった。


それよりも、将次郎はこれから兄さんのように勉強を頑張るぞと意気込み、一樹は早く友達をたくさん作って遊んでやろうとワクワクしていた。2人とも小学校の生活に胸を膨らませていたのだった。


 上松志乃は紺に花柄のワンピース、白のボレロ、ふんだんにレースの付いた靴下、可愛らしい色のランドセルで参加していた。長い髪もクルクルと巻いてある。


彼女も入学式に緊張していたが、それよりも実弦の心配をしていた。入園式のことを覚えていたので、また今回も実弦は泣いているじゃないかと隣のクラスにいる実弦をチラチラと見ていた。


案の定彼は泣いており、なんとかして慰めてあげたいと思っていた。でも席を動いてはいけないし、先生の話もちゃんと聞いていなきゃいけない。それでもやっぱり実弦のことが気になってヤキモキしており、そのせいであとから親に入学式はどうだったか聞かれても内容を全く覚えていなかった。


  入学式から2,3か月もすると子供たちは学校生活にも勉強にも慣れ始め、徐々に周りを見る余裕が出てきた。そんな中、実弦だけは馴染めず、クラスでぽつんと席に座っていた。


彼はオドオドとしていて、吃音の症状が強く出ていた時期でもあった。なので、純粋な6歳児たちはそれを不思議がり、お話が下手な子だと認知した。


 両親はそんな息子を心配し、病院へ連れて行ったり吃音の専門家にあったり、会話の練習をしたりと手を尽くしていた。実弦の中でそれが良くも悪くも影響していて、なぜ自分だけがこんなことをしているんだろうと疑問だった。


 やんちゃ坊主である一樹は早くもクラスのボス的な存在になり始めていた。クラスという小さな世界の王様。相変わらず家でも外でも自分が一番で、怖いものなど無い。みんな友達でなんでも上手くいくと思っていた。


親や先生から怒られることはよくあったが、自然とみんなをまとめたり、仲間外れの子がいたら声をかけるといった行動ができたので、クラスには必要不可欠な子供だった。


 将次郎も周りからあの子は頭のいい真面目な子だと思われていた。一樹と同じクラスであったが、彼とは違うリーダータイプ。


一樹と一緒に遊んでいるところを見ると、そんなに真面目な子には見えないときもあったが、基本的にお行儀のよい子であった。将次郎はこの頃から親の方針で習い事を始め、将次郎自身はなんの疑問もなくそれに従っていた。


 この頃の一樹と将次郎はお互いに友達という認識はあったものの、常に2人一緒というわけではなく、新しい友達ができていく中で、まぁ仲がいい幼稚園からの友達の1人、という感覚でいた。


 志乃はクラスの中で明るい女の子として見られていた。毎日スカートを履いて、長い髪も綺麗に結う。笑顔の絶えない優しい子であり、勉強もこの時はそこそこできていた。


隣のクラスにいる実弦を気にかけてはいたが、自分もクラスで新しい友達を作って楽しんでいたので、ずっと実弦に付きっ切りではなかった。



  春が過ぎ、夏と秋が巡ったころ、不幸が実弦を襲った。彼の母が事故に遭い、帰らぬ人となってしまったのだ。大好きで心の拠り所であった母を亡くし、実弦はこれ以上ない喪失感を味わった。


まだ7年しか生きていない命には、この出来事をどう処理してよいか分からず、上手に悲しみを外へ出すことができなかった。騒ぐこともなければ泣くこともなく、ただ呆然と母の亡骸を見ていた。


 悲しみを表に出さなかったからと言って、本人に全く何も影響がなかったわけではない。改善の兆しを見せていた吃音は酷くなり、喉に蓋をされているような感覚になって、口を開けても言葉が出ない。呼吸さえも危うくなることもあった。


 「もう僕は言葉を話すことができないんだ」


 そう思って段々と話すことに挑戦もしなくなった。自分の考えはない物に、気持ちや想いさえもない物として胸の奥に仕舞いこんでしまった。


 一人っ子で父子家庭をなってしまった実弦に周りは同情した。母親同士の交流はあったので、幼馴染たちの母は子供を連れて線香を供えに行った。子供たちは死についてはぼんやりとした理解を持っており、それが実弦の母に訪れたことも分かっていた。


だが実弦がどんな気持ちでいるかまでは想像できない。それでも同じように悲しい顔になった。親たちは辛さを理解できたので、「実弦くんには優しくしてあげるのよ」と何度も子供たちに頼んだ。


 子供たちはそう言われてから、一樹は親分のように、将次郎はヒーローのように、志乃は母親のように側にいた。そして実弦の祖父母や親戚だけでなく、幼馴染たちの親も手を貸してみんなで柏木親子を支えたのだった。


 実弦本人は喋らなくなってしまったが、周りの助けを得て2年生から3年生にかけて少しずつ感情を取り戻していった。そんな中で幼馴染たちは実弦を通してお互いを強く意識するようになり、現在の関係の基礎を作り上げたのだった。


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