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1年4組、雪元 一樹は廊下側の一番後ろ、すぐ右側に扉がある席に着いた。隣は誰もおらず机すらない。ラッキー。先生の目につかないし、隣は空。こりゃ寝放題じゃん。
さっそく灰色がかった紺のブレザーのボタンをすべて外すと、ワイシャツの第一ボタンも外した。紺と白のストライプ柄ネクタイの結び目を緩め、足を広げて背もたれに身を預ける。
リラックスできたところで教室内を見回すと、見知った顔が何人かいる中、教室のちょうど真ん中あたりの席に幼馴染の後ろ姿を見つけた。
名前は中尾 将次郎。剣道で鍛えた姿勢の良さでお行儀よく座っている。今日のために切ったであろう揃った襟足。糊のきいた制服を校則通りにビッチリと着ていた。
腐れ縁のあいつと同じクラスか。つまらなくはないが、特に面白くもない1年になりそうだな。
「お兄ちゃん」
聞き慣れた声が聞こえ、一樹はすぐ右を見た。一番後ろの席なので周りを保護者が囲んでいる。その間から白くフワフワとしたスカートを履いた妹、菜々美が顔を出した。
長い髪を三つ編みで結って、後頭部でお団子にしている。菜々美は今年小学1年生になる年で、明後日入学式が行われる予定だ。
大好きな兄を見つけた菜々美はウフフと口に手を当てて笑うと、「お兄ちゃんいたよ」と近づいて来た母に報告した。
一樹の母はカジュアルショップで購入したワンピースに、シンプルなアクセサリーを合わせている。長い茶髪は娘とお揃いでお団子にしてあった。
母は一樹をひと目見るなり眉間にシワを寄せて、息子の頭をペシッと叩いた。「だらしない座り方しないの」と小声で注意する。
「やめろって」一樹は気恥ずかしさを滲ませながら乱れた髪を直した。
「まったくもう……。あ、将くんママ!」母は近くに立っていた将次郎の母に気付くと、「卒業式ぶり~」と小さく手を振りながら話しかけた。
将次郎の母は「あ!」と言って柔和に笑いながら手を振り返す。
彼女は淡いクリーム色の着物を着て、黒髪もそれに合わせて控えめにセットしてあった。隣には、上質な生地で作られた黒のスーツをビッチリと着込む将次郎の父もいる。相変わらずの仏頂面で機嫌の悪さが伺えた。
「一樹くんママ~。同じクラスになれてよかった~」将次郎の母は言う。
「ほんとよかった~」一樹の母も言うと、母親たちはお互いの服装をひと通り褒め合った。
「一樹くん、春休みの間にまた背が伸びたんじゃない?」褒め合いが終わると、将次郎の母は上品に微笑みながら聞いた。
「そうなのよ。体ばっかり大きくなって場所取るの」一樹の母は冗談交じりで応える。「やっぱり入学式の前に髪を切らせるべきだったわ。前髪が鬱陶しそうでしょ?」と息子を見る。
「いいじゃない。一樹くんかっこいいんだから似合ってるわよ」
「そう?切りなさいって言ったんだけど」一樹の母は将次郎を見た。「将くんはまた一段と凛々しくなってない?大人っぽくなってる」
「そうかしら?ちょっと緊張してるのかも」将次郎の母は眉を下げた。「ますますお父さんに似てきて」
将次郎の父がスーツの袖を引き上げて、高価そうな腕時計を露出させた。時間を確認すると、妻に何やら耳打ちをする。
「はい。分かりました」将次郎の母が応えると、父は革靴の音を響かせながら去って行った。
「将くんパパ、忙しそうね」と一樹の母。
「えぇ。最近は仕事が詰まってるみたいで」将次郎の母は困ったように微笑む。
一樹は真ん中の席に座る幼馴染を見た。変わらず姿勢よく座り、前を向いている。親がいるかどうかなど気にする様子は一切見られなかった。
中尾 将次郎は背後からの視線に気付き、振り返った。幼馴染の一樹と目が合う。だがサッと逸らされてしまった。アイツと同じクラスか。うるさくなりそうだなと前を向く。
将次郎はこの高校に通う予定ではなかった。幼馴染たちとも中学でお別れかと思っていたのに、志望校の受験日2日前にインフルエンザに罹ってしまった。さらにそれを拗らせて追試も受けられなかったので、この高校に入学することになった。
予防接種を受け、体調管理もしっかりしていたのに、学校か塾で貰ってきてしまった。母さんは仕方ないよと慰めてくれたが、父さんは良い顔をしなかった。今日だってどうせ途中で帰るだろうから、保護者の方に顔は向けていない。
もし志望校に受かっていたら、父さんは最後までいてくれたんだろうか。いや、これが景一兄さんだったら…。
将次郎は小さく頭を振って邪念を払った。
もうクヨクヨ考えるのは止めようと決めたじゃないか。ちゃんと管理できていなかった俺が悪い。いつまでも引きずっていたって仕方ないんだから、前向きに考えよう。
志望校に行けず落ち込んでいた俺を、幼馴染たちが励ましてくれたことは救いだった。そんな幼馴染たちとまた3年間、学校生活を共にできる。それは素直に嬉しいことだ。
それにここに入学するって自分で決めたことだろ。だったらここで精一杯がんばればいいじゃないか。入学してしまった以上、もう変えられはしないのだから。




