表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォーギブミー・ノット  作者: 香坂茉音
高校1年生
1/15

1-1


  『桜が満開の笑みを見せる今日、新入生の皆さん、ご入学まことにおめでとうございます。我々在校生一同は皆さんのことを心より歓迎申し上げます。これから皆さんと共に学校生活を送れることをとても楽しみに…』


 春らしい暖かな晴れの日、神奈川県の中央部付近にある高校で入学式が行われた。


朝の9時に始まった入学式は国歌斉唱と校長の挨拶が済み、生徒会長が祝辞を読み上げる声が広い体育館に響いている。


 ずらりと並べられたパイプイスには新生活への不安と希望を滲ませた子供たちが座っていた。着慣れぬ真新しい制服に身を包み、見知らぬ同級生に囲まれながら、前方のステージに注目している。


真剣な表情をしつつも、新入生たちは生徒会長の祝辞を話半分で聞き入れ、これからの3年間を共にする仲間をチラチラと横目で見定めるのであった。


 生徒会長の祝辞が終わると、歌えもしない校歌が流されて入学式は終わった。


ほんの数分のさざめきののち、1年生の学年主任を名乗る人物がステージに立って、それぞれのクラスの担任を紹介した。


今年の新入生は全部で273人。ひとクラス39人で7組に分けられる。


 担任の紹介が済むと、生徒はその担任に続いてひとクラスずつ教室に移動を始めた。


この高校は南にL字型の校舎があり、1階は2年生の教室。2階は職員室や副教科の教室などがあり、3階は1年生の教室となっている。


東側には3年生が使う長方形の2階建て校舎。北側には食堂や体育館、プールなどが入る建物。広いグラウンドや中庭もある大きめの高校だった。


 新入生たちは体育館から南校舎へ移動して、3階分の階段を登る。息も切れ切れでたどり着いた教室には、二つ横に連なった机が3列、整然と置いてあった。左側が女子、右側に男子が座る。


黒板に座席表が張り出されていたので、新入生たちは各々お喋りをしながら名前順に自分の席に着いた。


教室の後ろや廊下には礼服を着た保護者達がぎゅうぎゅうに詰めて入る。教室内が化粧品や香水の匂いで満たされた。


 1年2組、上松(うえまつ) 志乃しのは窓側の列、前から3番目の席に座った。慣れない素足でのスカートに違和感を抱き、足を広げないようふくらはぎの辺りで組む。


学校指定のスクールバッグを机の横に付いているフックに引っ掛けると、伸ばしかけのショートヘアが顔を覆った。心の中で舌打ちをして髪を耳にかける。


やっぱりこんな中途半端な長さの髪は気に食わない。入学式前に切ってしまえばよかった、と後悔すると同時に父親の顔が頭に浮かんだ。また泣きつかれるのも面倒だよなぁと思いながら前を向く。


 前の席には真っすぐに伸びた黒髪の女子生徒が座っていた。背中の真ん中あたりまである髪は根元から毛先まで手入れが行き届いており、窓からの明るい日差しを受けて艶々と輝いている。


 このくらい長くて綺麗だったら父さんも満足するのかな。でもあたしに似合うはずない。ズボラで面倒くさがりのあたしに、ここまでの手入れはできないもんな。


 そう捻くれながら志乃は隣の席を見た。眼鏡をかけた見知らぬ男子生徒がいる。


 彼には特に何も思わず、後ろの席にも目をやった。どこかで見たことのあるような顔の女子生徒がいる。丸い輪郭で目が大きく、ぱっつんの前髪に長めの髪をふたつ結びにしていた。どこで見たのか思い出せない。


 まぁ、いいや。他のクラスメイトもよく見ておこうとさらに後ろに目をやると、自分の母親と目が合った。


母はベージュのノーカラージャケットに、黒のフォーマルパンツを履いていた。ボブヘアは緩く巻いていて、普段よりも濃い目のメイクを顔に施している。


母の隣には兄がいた。兄は最愛の妹のためにわざわざ有休を取り、1人暮らししている部屋のクローゼットからスーツを引っ張りだして着て、ニコニコしながら母の隣に立っている。


父は今日という日を誰よりも楽しみにしていたのだが、急遽どうしても外せない仕事が入ってしまい、泣く泣く欠席となった。なので代わりに年の離れた兄の1人が妹の入学式を見に来ている。


たかが入学式に大袈裟な、と志乃は朝から父と兄に呆れかえっていた。


 母は志乃と目が合うと、キョロキョロしないの。背筋を伸ばして前を見なさいと表情で伝えてきた。


志乃はやれやれと首を振って前を向こうとしたが、その道中で男子側の列に座る柏木(かしわぎ) 実弦みつるの顔に目が留まった。


志乃の三つ後ろの席に座る実弦は志乃の視線に気づくと、少し照れたように微笑んで、小さく手を振った。


志乃も小さく手を挙げて応える。実弦と同じクラスになる事はなんとなく予想していた。


 手を下ろすと志乃は教室内や廊下を見渡して、実弦の父親を探した。実弦の父は廊下にいて、保護者の間からなんとか息子を見ようと頭をフラフラさせている。


おじさん、入学式来られたんだと思いながら志乃は前を向いた。


 柏木(かしわぎ) 実弦みつるは志乃と同じクラスになったと分かったとき心底ホッとした。


クラスには同じ中学の子がチラホラといるけど、どの子も仲が良かったわけではないので、ひとりぼっちになってしまったらどうしようと不安だった。


でも幼稚園からの幼馴染である志乃ちゃんがいてくれれば百人力。どんな言葉よりも、彼女の存在があるだけで安心感が得られた。


そんな志乃と目が合うとさらに心強く感じられた。しかしそれをあからさまに示すのはさすがに恥ずかしかったので、控えめに微笑みかけ手を振る。彼女は実の姉のような親しみのある表情で応えてくれた。


 その後、彼女が廊下の方へ目をやったので実弦もそちらを見た。すぐに自分の父親を見つける。


お父さん、今日は行けるかどうか分からないって言ってたのに、来てくれたんだ。忙しいのに僕のために時間を割いて来てくれた。ボサボサの髪にシワのあるスーツ姿でも嬉しいと感謝が溢れてくる。


 実弦は癖のある髪を整えたあと、一番上まで閉めたワイシャツの襟元と喉の間に指を引っかけて遊びを作った。そして深呼吸を何度も繰り返す。


昨日は緊張と不安であまり眠れなかった。大丈夫かな。僕は変に見られてないかな?今日は自己紹介がある?あるとしたら…。何を言おう。まず名前でしょ。それから中学も?趣味?得意教科?部活?ひと言メッセージとかあるかなぁ。


色んなパターンを考えておかなくちゃ。とりあえずよろしくお願いしますは絶対に言おう。大丈夫。ちゃんと言える。簡単に、軽く言えば変じゃない。大丈夫。どうか吃音が出ませんように。出ませんように…。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ