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2日目の朝。高校生たちは朝食を摂りにホテルのレストランへ向かった。井浦と橘は「支度に少し時間がかかるから先に行っていいよ」と言い、用意のできていた志乃は1人でレストランへ向かった。
ビュッフェスタイルの中から朝食を選ぶ。そのとき将次郎と出会ったので昨夜なにをしに来たのかと尋ねた。
「コンビニ行くから志乃も来ないかと思って」将次郎はなんてことないと言った。
「あぁそう」志乃は首を傾げる。「あんな時間に?」
「まぁな」少し口角を上げる委員長。
将次郎と志乃は選んだ朝食を持って、向かい合わせに席に着いた。
「コンビニでなに買ったの?」志乃はロールパンに齧りつく。
「なにも。行かなかったから」将次郎はゆっくりとアイスコーヒーを飲んだ。
「行かなかったんかい」志乃はふんと鼻で笑う。
「…つまんないだろ。お前いないと」目を逸らしながら、豪快にクロワッサンを頬張る。
「え?奢らせるつもりだった?」
「ちげーよ。バカ」こいつほんとに鈍感だな。キョトンとした顔の志乃を見ながら噛みしめる。
「なんだよ」志乃は訝った。
そこに一樹と実弦がやってきた。
「おはー。お前ら今日何するんだっけ?」朝食の乗ったトレーをテーブルに置いて、一樹は将次郎の隣に座る。
実弦は志乃の隣に座った。
2日目の今日は選択制のアクティビティをする予定で、有名な公園を散策するプランや、川下りや山登りのプランなど、やりたいものを事前にひとつ選んでいた。
「俺と志乃は川下り」将次郎が言った。「お前たちは?」
「ぼ、僕は陶芸体験」実弦が答える。
「俺はサイクリング」一樹はつまらなさそうに言う。「お前らサイクリング選ぶと思ってたのに。俺ひとりかよ」
「残念だったな―」志乃は笑った。「でも川の側走るんだろ?」
「うん。そうらしい」不貞腐れた顔で一樹は惣菜パンを口に詰め込む。
「んじゃ見えるんじゃない?手ふってやるよ」志乃は手をひらひらさせる。
「言ったな。ちゃんとやれよ?」眉をしかめながらモゴモゴと言った。
「もうちょっと飲み込んでから喋れよ。お茶は?」将次郎が聞く。
「忘れてた」一樹は頬を膨らませる。「お代わりするから、あとで取りに行く」
将次郎はコーヒーの入ったグラスを一樹に渡した。
「サンキュ」一樹は大きな音でゴクンと飲み込む。
志乃は実弦を見た。「実弦はなに作るの?」
「お皿とかマグカップとかかな?江見澤さんも一緒だよ」小さなメロンパンをちぎって食べる。
「へぇ~」
幼馴染4人はぺちゃぺちゃとお喋りをしながら朝食を摂った。途中で井浦や橘もレストランに到着したが、志乃が幼馴染たちといるところを見ると、そのテーブルに混ざることはしなかった。
朝食後はそれぞれの行動に移った。午前中からお昼過ぎにかけて選んだアクティビティを楽しむ。
初夏の晴れた日差しの中、志乃と将次郎は川下りのボートに揺られた。途中で自転車に乗る一樹を見つけ、手を振る。一樹も満面の笑みで手を振り返し、爽やかな風に吹かれながら自転車を漕いで行った。実弦も手の器用さを活かし、思い出に残るマグカップを作った。
高校生たちは14時頃にホテルへ戻り、そのあと宴会場に集まった。そこで北海道のお土産セットをかけたビンゴ大会が開かれる。残念ながら幼馴染4人は誰もゲットすることができなかったが、ビンゴ大会は大いに盛り上がった。
そして16時から消灯時間までは自由行動となった。
「志乃」宴会場から部屋へ戻る途中で将次郎が言う。「ラーメン食べに行こう」と少し硬い表情で誘った。
「いいよ。……あ」志乃はキョロキョロと辺りを見回す。「橘さんも誘う?」良かれと思って彼女の名前を出した。
「橘?なんで?」将次郎は眉をしかめる。
「えっと…」気まずくなった。「なんとなく?井浦とか北島は?一樹と実弦でもいいけど」と誤魔化した。
「…俺は2人で行こうと思ってたけど」不満げに腕を組む。「誘いたいならいいよ」
「おう…」何か怒らせてしまったかと志乃は不安になった。「……2人で行く?」昨夜も誘おうとしてたし、今も2人で行こうとしている。もしかして何か話したい事でもあるのか?2人でないと話し辛いことなのかもしれない。
「いいの?」将次郎の声が明るくなった。
「うん」コクリと頷く。なんの話だろうと心構えもした。
「じゃ、後でロビー集合な」彼は微笑んで部屋へ戻って行った。
志乃も部屋に戻る。井浦だけが先に戻ってきていた。
「夕飯どうすんの?」志乃は制服から私服に着替えながら尋ねる。
「ホテルで摂るよ。あとは1人でこの辺ぶらぶらしようかなって」井浦はソファでくつろいでいた。
「1人で?大丈夫か?」
「子供じゃないんだから」可愛らしくふふっと笑う。
「でももう暗くなるよ?危なくない?」窓の外を見る。夕日が空をオレンジ色に染めていた。
「大丈夫。早めに帰ってくるし、そのあとは部屋で本でも読んでるから」
「ふーん。気を付けてな」
「うん。……志乃ちゃんって本当に優しいよね」井浦はしみじみとしながら言った。
志乃は荷物の中から財布を取り出す。「そうかぁ?」と首を傾げた。
「そりゃ惚れるよね」彼女は小声で呟く。
「ん?」志乃は井浦を見た。
「志乃ちゃんが物語の主人公なら、みんな惚れてるよ。男も女も関係なく」
「なにそれ」志乃は大声で笑った。「あたしは主人公って柄じゃないよ。せいぜい近衛Aってところじゃない?」財布の中身を確認する。
「主人公だよ」井浦はソファから立ち上がって志乃に近づいた。「志乃ちゃんだって主人公だよ。わざわざ脇役に行かなくていい。誰かの添え物にならなくていい。冒険に出てもいいし、事件を解決したっていいし、恋したっていい」
志乃はゆっくりと井浦を見た。彼女の整った顔立ちはふざけた表情を浮かべていない。その言葉通りの真実を薄い茶色の瞳に映していた。彼女がなぜこんなことを言うのか不思議だったが、そのニュアンスは伝わってくる。
「うん…。そうだな」財布をリュックに仕舞って担いだ。
「どこか行くの?」志乃の格好を見る。
「ラーメン食べてくる」
「そっか。お箸、落とさないようにね」
「え?なに?どういう意味?」ポカンとした顔で井浦に問う。
井浦は暖かな夕陽のようにふふっと笑った。「なんでもないよ。行ってらっしゃい」
「おう…?」
志乃は疑問に思いながらも部屋を出た。廊下を歩いていると、友達の部屋に寄っていた橘とすれ違う。
「あ、上松さん。どこか行くの?」
「うん。ラーメン食べに」
「北海道といえばラーメンだよねー。私もこれから友達と食べに行くんだ」橘は楽しげに笑った。
「いいじゃん」
「ね、中尾くん誘ったら来てくれると思う?」不安げに尋ねる。
「あ~」志乃は迷った。「……ごめん。実はあいつとラーメン食べに行く約束しちゃって」やっぱり橘を誘えばよかった。
「あっ。そうだよね!」橘は志乃が幼馴染たちと食べに行くのだと思った。「いいよいいよ!気にしないで。また別のときに誘うから!」と残念そうに微笑む。
「ほんとごめんな」申し訳なく言った。
「いいよ。じゃあまたあとでね」
「うん」
橘と別れてロビーへ行くと、私服姿の将次郎が先に待っていた。
「お待たせ」
「おう。行くか」
「うん。どこ行くか決まってんの?」将次郎を見る。彼が何かに悩んでいるようには見えなかった。
「いくつかこの辺のラーメン屋調べたんだけど、どこがいい?」
2人は目的地を相談しながらホテルを出て行った。
そんなことを一切知らない一樹と実弦は、志乃の部屋を訪ねていた。
「志乃ちゃんなら出かけたよ?」応対した井浦は2人に告げた。
「え?どこに?」一樹は訝る。
「ラーメン食べに行くって」
「誰と?」
「それは知らない」井浦は首を振る。
そこへ橘が戻ってきた。
「あれ?雪元くん?上松さん行っちゃったよ?」
「え?」一樹はポカンとなった。
「え?」橘も戸惑う。「ラーメン食べに行くんでしょ?中尾くんと上松さんと」
「いや、そんな話はしてないけど…」一樹は実弦を見た。実弦も聞いていないと首を振る。
「さっき上松さんとすれ違ったとき、中尾くんとラーメン食べに行くって言ってたよ?私てっきり雪元くんたちも一緒に行くんだと思ったんだけど…?」
「あぁ~…」一樹は全てを理解し、苛立ちを覚えた。
「そ、そんな約束してないよ」実弦が言う。「2人で行っちゃったのかな?」一樹を見上げた。
「え」橘はショックを受けた。「そ、そうなの…?」
その場が一瞬静まり返る。
井浦は一樹と橘を交互に見ながら内心焦った。志乃が橘を傷つけるために将次郎と2人で出かけるとは思えない。何か理由があったはずだ。
「ったく。水くせーよなー」一樹は不快感を誤魔化すために、ふざけた調子で言った。「俺らにも声かけてくれりゃいいのに」
「そ、そうだよね」実弦も頷く。
橘の顔はどんどん暗くなっていった。
「何かあったんじゃない?」井浦がサポートする。「柏木くんたちを探してたけど見つからなくて、先に行っちゃったとか。中尾くんと志乃ちゃんが意地悪なことするとは思えないし」
「あっ。うん。だよね…」橘は顔を上げる。「私もそう思う…」
「た、確かに僕たち、ち、違う階だし、宴会場を出るのもお、遅かったし、すれ違っちゃったのかもしれないね」実弦は、将次郎と志乃が2人きりで出かけたことに何の疑問も抱かなかった。
「そうだなー…」一樹はそうとは思えなかった。志乃なら俺たちを誘おうとするはず。だとすれば将次郎が2人で行こうと誘ったに違いない。
なんで2人で行ったんだよと問い詰めるのも腹立たしく、一樹は不快感を飲み込んで、この件を無視することに決めた。
「し、仕方ないね。僕たちはぼ、僕たちでご飯食べに行こうか?」実弦が聞く。
「だな」一樹は不満気に頷いた。「お邪魔しましたー」
男子2人が去ると女子2人は部屋に入った。
「本当に2人だけでご飯に行っちゃったのかな?」橘はまだ懐疑的だった。
「気にしなくていいと思うよ」井浦は軽く言う。「もしかしたら中尾くんは志乃ちゃんに何か聞きたい事でもあったのかもしれないし。それに、そもそもあの2人は友達なんだから、出掛けることくらいあるよ」
「そ、そうだよね…」橘は考えを改めた。もしかしたら中尾くんは上松さんを連れ出して私のことを聞いているのかもしれない。昨夜私が上松さんにそうしたように。と考えて少し気分が舞い上がったが、ハッと気づいた。
中尾くんは井浦さんのことが好きなのかもしれない。井浦さんと一番仲がいいのは上松さんだし、井浦さんは男子から人気がある。中尾くんだってきっと好きになる。
井浦は橘の百面相を見て、この子は良からぬことを考えているじゃないかと心配になった。
「橘さんは出掛けないの?」と聞いてみる。
「あ!うん。友達と約束してて」橘はハッとなった。「行ってくるね!」
「うん。行ってらっしゃい」
橘は身支度を整えると慌てて部屋を出て行った。
一人静かになった部屋で、井浦冬舞は大きなため息をついた。
志乃と将次郎はホテル近くの店でラーメンを食べたあと、薄暗くなった道をトボトボと散歩しながらホテルへ戻っていた。
「あー。食べ過ぎたかも」志乃はお腹を押さえながら苦しげに言った。
「ほんとよく食うよな」将次郎はふっと笑う。
「あんたもたくさん食ってたじゃん。なんともないわけ?」
「あれくらいはな」ケロッとしていた。
「ふーん」
「どうする?どっかで甘いものでも食べるか?」将次郎は辺りを見回す。「デザートは別腹だったりする?」
「いや。もう何も受け付けない」志乃は手を突き出してストップをかけた。「食べたいの?」
「いいや。志乃が食べたいならと思って」
「あ、そう」将次郎は小食でデザートは別腹だと言っている女の子が好きそうだな、と志乃は思った。
道中で自動販売機を見つけると、将次郎は近づいて行って苺のジュースを買った。
「はい」とジュースを志乃に渡す。
「え?いいのに」志乃はそれを受け取った。「ありがと…。てかなんでこれ?」ジュースを指す。
「それ好きだっただろ?」将次郎はお茶を買った。「昔よく飲んでたよな」
「昔の話だろ」志乃は赤とピンクのパッケージを見つめた。「まぁ好きだけど」
ほらなと知ったような顔で将次郎はお茶を飲む。「開けようか?」と手を差し出した。
「できる」握力には自信があるのだと簡単に開けてみせた。
「はいはい」呆れ気味に将次郎は歩き出す。
志乃はジュースを飲みながら隣を歩いた。「ねぇ」
「ん?」将次郎は志乃を見降ろす。
「なんかあったの?」志乃はいつ話してくれるんだろうと待っていた。けれどいつまで経っても出てこず、普段と変わらぬ話しかしないことに疑問だった。
「なにが?」将次郎は訳が分からないといった顔をする。
「いや…。なんか言いたいことがあるから、2人で行こうって言ったのかと思って」
「え」将次郎は立ち止まった。
「なに?」志乃も立ち止まる。「違うの?」
「いや……」ペットボトルのお茶を強く握りしめる。「違うことはないけど…」
志乃は彼の言葉を待った。
将次郎は迷った。今ここで言ってしまうか、やめておくかと自問自答を繰り返す。いま言うつもりはなかったけど、この機会を大事にするべきなんじゃないか…。いや、まだ早すぎるか?
「言い辛い相談?場所変えようか?」しかめ面をしている将次郎を見て、志乃は気を遣った。
「相談?」意外な言葉に思わず声が高くなる。
「え?うん。相談かなんかでしょ…?」違うの?と首を傾げた。
将次郎は脱力して大きなため息をついた。こいつはほんとにもう。なんにも分かってないな。らしいといえばらしいけど…。
「んなもんねーよ」ぶっきら棒に答える。
「は?じゃあなんで?」
「2人でメシ行っちゃいけないの?」呆れ気味に問いかけた。
「いや、いけないことないけど…」志乃は将次郎の怒りを感じていた。なにで怒らせてしまったんだろう?
「俺は志乃とメシ行きたかっただけ」将次郎は歩き出した。手のひらで軽く志乃の頭を押す。「バーカ」
「あ?」志乃は混乱した。「なに?なんかごめん?」
「いいよ。もう戻ろう」行くぞと手招きする。いま言わなくて本当によかったと肩を撫でおろした。
「うん…?」訳が分からないまま志乃たちはホテルに帰った。
エレベーター内で「じゃあまた明日な」と言い合って部屋に戻る。志乃が部屋に入ると、少し不機嫌な顔をした井浦がいた。
「ん…。なんかあった?」志乃は恐る恐る聞いた。
井浦は一樹と実弦が来たことや、橘が落ち込んでいたこと、自分がフォローしておいたことを説明した。
「あ~…。ごめん」志乃は申し訳なさげに頭を掻く。「あいつが2人で行こうって言ったから、なんかの相談事かと思って…」
「なんの話だったの?」井浦はそんなことだろうなと思った。
「なにも。ただラーメン食べて戻ってきただけだった」
「本当に何もなかったの?何か意味ありげなことを言われたとか」志乃に詰め寄る。
「いや?なにも」なぜここまで聞かれるんだろう。
井浦は小さくため息をつく。「橘さんになんて言うつもり?」責めるような口調。
「う~ん」居心地悪く身じろぎする。「ただメシに行っただけって言うつもりだけど…」
井浦は頭を抱えた。志乃に悪気がないのは分かっている。いつものように友達として出掛けただけ。むしろ優しさから将次郎に着いて行った。
しかし、好きな男が自分じゃない女と2人きりで出かける不快感を、志乃は理解できていない。
彼女の恋愛経験不足からそうなっているんだろうけど、橘からすればいくら幼馴染でも、2人きりで出かけられるのはたまったもんじゃない。
その気がないなら2人きりで出かけるな、と言いたいところだが、志乃の優しさも無下にはできない。もし志乃が離れれば今度は将次郎が傷つく。
橘と将次郎のどちらを応援するべきか。どちらとも深い仲じゃないからキメはしないけど、応援したとして、どちらも叶わないのは目に見えている。志乃にその気がない限り。だからと言って、志乃に将次郎を好きになれと強制はしたくない。
悩んでいる井浦を見て志乃は心配した。「おい大丈夫か?体調悪い?」
鈍感というか純粋というか…。「大丈夫。気にしないで」
こんな質の悪い恋愛に自分が関わる必要はないと気付いて、井浦は傍観する姿勢を取ることにした。だが放っておいて、志乃が傷つくことになるのだけは避けたいと思った。
その後戻ってきた橘に志乃は同じような説明をした。
橘は志乃が何か隠しているのか、それとも本当にただご飯に行っただけなのか、言えない事情があるのか、と色々な道筋を考えてやきもきした。
橘ひかりは恋愛においては強く物を言えない性質だったので、志乃に2人で出かけるのはやめて欲しいと言えなかった。
修学旅行3日目は午前中に乳製品の工場を見学したあと、昼食を済ませてお土産探し。その後は空港へ向かって、飛行機とバスで夕方には神奈川県に帰った。




