2-1
2年生のクラス分けは次のようになった。1組に将次郎と志乃、井浦冬舞、橘ひかり、北島。6組に実弦と一樹、江見澤結となった。因みに持田みずきと岸本優也は7組になった。
1組ではもちろんのこと将次郎が委員長に。橘ひかりも書記を続けた。実弦も6組で書記を続けようかと迷ったが、他にやりたい人がいたのでその人に譲った。
4月の身体検査。志乃は髪が伸びただけで何ひとつ変わらずで、将次郎は身長が1センチ伸び、実弦と一樹にいたってはどちらも3センチも伸びていた。
5月に入って体力測定と中間テストが済むと、担任は6,7人のグループを作るよう生徒に指示した。
この高校では1年生と3年生が6月に体育祭を行っている間、2年生は2泊3日で修学旅行に出発している。なので部屋割と、グループ行動のための班分けをさせた。行き先は北海道。
将次郎は慎重にメンバーを選ぼうと考えていた。1年生のときは一樹がすり寄ってきた。でも志乃はそんなことをするタイプじゃない。ギスギスすることもないだろう。
あれこれ立て目を考えても、ただ志乃と一緒に修学旅行を楽しみたかったので、将次郎は少しぎこちなく彼女を誘った。志乃はあっさりとオーケーする。何も気にしていなさげな彼女を見て、将次郎は複雑な気分になった。
志乃自身も将次郎と組むことになるだろうと予想していて、彼と組んだ方が修学旅行も楽しめるだろうと思っていた。
それから志乃は1年生のときと同じように、前の席に座る井浦冬舞を誘った。井浦はまたしても二つ返事で了承。彼女も志乃と行動するのが楽だと感じていた。
あとのメンバーをどうするかと考えていた時、前も一緒だったからと志乃は北島を呼んだ。
将次郎は北島とほとんど面識がなく、志乃が北島を誘ったことに少し動揺した。しかし北島が陸上にしか興味がなく、志乃も軽い感じで北島と接しているのを見て安堵した。
次に橘ひかりが入ってもいいかと言って来た。他メンバーに異論はなかったため受け入れ、最後のひとりは将次郎と同じ剣道部の男子が入った。
6組では一軍女子が「一緒のグループになろうよ」と一樹を誘ったが、一樹はそれを断り、実弦と同じグループに入った。
実弦は既に江見澤と組んでいて、他のメンバーも美術部の子や江見澤の友達などおとなしい生徒ばかりのグループになっていた。
一樹くんと組めたらいいなぁと実弦は思ってはいたが、一軍のグループに入るんだろうなぁとも考えていた。だから一樹が「入れてくれ」と言ってきた時は驚いた。他の子も、一樹と同じグループになれるなんて信じられないとざわめいた。
一樹は持田の件もあって、2年生になってからなるべく一軍のグループに混ざらないよう控えていた。今回の修学旅行も穏やかに過ごしたい気分で、実弦たちのような静かなグループにお邪魔した。
6月の修学旅行の日。2年生は朝早く貸し切りバスに乗り込んで、東京の空港へ出発した。そこから飛行機に乗って札幌へ降り立つ。
午前中を移動に費やしたので、1日目の午後は市内観光をした。グループで札幌市内を観て回り、夕方にはホテルへ行って館内のレストランで夕食。
その後は22時の消灯時間までは自由時間で、生徒は思い思いに過ごしていた。
志乃と井浦と橘の女子3人は少し疲れていたので、どこかへ行くこともなく部屋で休んでいた。そこに扉をノックする音が聞こえた。出てみると、別のクラスの男子が「一緒に出掛けませんか」と井浦冬舞を誘いに来た。
「やっぱり人気だね。井浦さん」井浦が廊下に出てその男子の誘いを断っている間、部屋の中にいた橘が言った。
「美人だもんねぇ。いいなぁ」橘は羨ましがる。
「うーん」志乃は曖昧に相槌を打った。
井浦は2年生になっても相変わらず自席からほとんど動かず本を読んでいた。実男子生徒と会話している姿もあまり見ない。女子とも頻繁に会話しているわけじゃなかった。
ただ黙って過ごしているだけでもこうして誘われるのはすごい。でも井浦がそれを容認しているとは思えない。中身ではなく、美貌のみを見られているせいで、彼女が嫌な思いをしているんじゃないか。
井浦と過ごして1年と少し。仲良くなったとはいえ、未だに彼女は掴みどころがない。一線を引かれているように感じる時もある。でもそれは自分を守るためで、悪意があるわけじゃない。
「私も告白されてみたいなぁ。美人でいるってどんな感じなんだろう」橘は夢見心地で言った。
「まぁ、井浦って見た目は箸しか持ったことないお嬢様に見えるけど、」握力ないし。「でもあいつにも色々と大変なことあると思うよ。一概に良いとは言えないんじゃない?」志乃はやんわりとフォローした。
「そうだねー」橘は呑気だった。
井浦冬舞が戻ってくる。
「ねぇねぇ。井浦さんって今まで何人くらいに告白されたの?」橘が尋ねた。
「うーん…」井浦は困った顔をして、部屋の奥になるソファに座る。「どのくらいだったかな…」
「覚えてないくらい沢山ってこと?」ソファに近いベッドに橘は座った。
志乃はその隣のベッドに腰かける。
「まぁまぁだよ」特にすごいことでもないという風に井浦は言った。
「ふーん」井浦の表情を見て橘はつまらなさそうにした。「上松さんは?」と志乃に話を振る。
「上松さんは?」橘は志乃に話を振った。
「え?あ、あたし?」志乃は動揺する。「な、なに言ってんだよ。あるわけないじゃん」こんな雑なやつ誰が好きになるんだよ。見てわかるだろと意味を込めた。
「えー。中尾くんや他の男子たちも?誰とも付き合ったことないの?」
「ないよ」志乃は困り顔をした。「今の言い方、うちの母さんみたい。小学生の時は『みっちゃんのことが好きなのかと思ってた~』って言って、中学生のときは『将くんのことが好きなのかと思ってた~』って。そのうち『いっくんのことが好きなのかと思ってた~』って言い出すよ。きっと」
橘はクスクス笑う。「じゃあ中尾くんたちのことは何とも思ってないんだね」
「あぁ。あいつらはただの友達」上手くすり抜けられて志乃はホッとした。
「そっか」橘も安心した表情を見せる。
「でも志乃ちゃんは魅力的だよね」井浦がそっと言った。
「は!?そんなことないよ!」いきなり褒められて志乃は驚く。
「あるよ。本気で思ってる」井浦はふふっと笑った。それに気付くことができる相手は少ないだろうな。
「確かに上松さんって女子から人気高そうだよね」橘は同意する。「かっこいい系だもん」
「あ~…。そういえば後輩の女子から手紙を貰った気が…」志乃は目を泳がせた。
「へぇ!それどうしたの?」橘は前のめりになる。
「どうもしてないよ。恋愛的な内容というより好意的なやつだったから…。たぶん」ただありがとうと言ってその手紙を受け取り、何の返事もしないまま卒業した。
「好きになってもらえるのは嬉しいけどね。でも、あたしの人生に恋愛要素は全くないよ」恥ずかしくなって頭を掻く。
「なーんだ」気落ちする橘。
「橘さんはどう?」志乃は気まずくなって質問した。「告白とか、好きな人とか」
「え」橘は固まったあと、パッと顔を赤くさせた。「いや、あの、うん。まぁ、その、いるけど…」とモジモジする。
「へぇ~」やっぱりみんな恋愛してるんだなぁ。
「あ、あのさ!」橘は意を決したように拳を握る。「上松さんって、中尾くんのタイプとか分かる…?」
「え。もしかして…?」志乃はハッとなった。こうした質問をされるのは初めてじゃない。大抵は一樹のことだけど、たまに将次郎のことも聞かれる。
「う、うん」顔から火が出そうなほど橘は赤面する。「どうかな?中尾くんってどんな女の子が好きなの?」
「う~ん…」志乃は天井を見上げる。「あたしらそういう話はしないからなぁ…。あいつの好みとかよく分からなくて」
「そっか…」橘は落ち込む。
「なんかごめん。役に立てなくて」眉を下げる。「でもあいつなら多分、橘さんみたいな真面目な人がタイプなんじゃない?あたしと真反対っていうか」
「本当!?」目をキラキラさせて志乃を見る。
「うん。多分な…」志乃は気まずくなった。あまり適当なことを言わない方がよかったかと後悔する。「ジョージ…。将次郎のどこが好きなの?」
「そ、それは…」橘は耳まで赤くさせる。「やっぱり、かっこいいし…。頭が良くて頼りがいがあって、委員会でも分からないところは教えてくれるし…」
「うんうん」ジョージらしいなと志乃は頷いた。
「出会った時からいいなぁって思ってたんだ。姿勢が良くて凛々しかったから。それでほら、去年の文化祭準備のときに助けてくれたでしょ?」指をいじくりながら志乃を見る。
「あぁ。あったなそんなこと」志乃は思い返した。事情を知らず首を傾げている井浦にも説明する。
「へぇ。そんなことがあったんだね」井浦は納得した。
「うん。その時にドキッとなって、好きだなぁって…」橘は言った。「一度剣道部が練習してるところを見たことがあるんだけど、中尾くんの袴姿めっちゃかっこいいんだよ。すごく似合ってて」
好きな相手を楽しそうに語る橘を見て、女の子らしくて可愛いなぁと志乃は思った。
「でも付き合うとかそういうのは夢のまた夢っていうか、冴えない私なんかがおこがましっていうか…」橘は途端に弱気になった。「上松さんくらい仲良くなれたらいいなとは思うけど…」
「本当にそれでいいの?」黙って聞いていた井浦が口を挟んだ。
「え?」橘と志乃は井浦を見る。
「本当に友達だけで満足なの?」真剣な目で橘を見つめる。
「う、うん…」橘は俯いた。
「中尾くんが他の人に取られちゃってもいいんだ?」井浦は小悪魔的に微笑む。
なんでそんなことを聞くんだろうと志乃は不思議がった。
「や…。やだ!」橘は顔を上げる。「友達以上に…。なりたいです」
井浦は満足そうに頷いた。「好きになったのなら中途半端じゃダメだよ」
橘は再び目を輝かせる。「うん!ねぇ、上松さん!」と志乃を見た。
「え?なに?」
「中尾くんって小さい頃どんな子だったの?中尾くんのこと詳しく教えて!」期待の眼差しを志乃に向ける。
「いやぁ…」首を捻りながら二の腕をさする。「今とそんなに変わんないよ?真面目で正義感あった」
「うんうん」食い入るように話を聞く。
「勉強を教えてもらうこともしょっちゅうあったし、困ったことがあったらすぐ助けてくれたし…。あたしら4人の中であいつが長男って感じ?長男というより母親?みたいな」
橘はふふっと笑う。「中尾くんって昔からモテたの?」
「うん。まぁ、そこそこ…?」どのあたりからモテるのか基準が分からず曖昧に答えた。
「やっぱりそうかぁ」橘はボフッとベッドに倒れる。「中尾くん、好きな人いるのかなぁ。私以外にも中尾くんのことが好きな子っているのかなぁ?」
「さぁ?」志乃も後ろ手にベッドにもたれる。
「いてもおかしくないよね?中尾くんって面倒見が良くて謙虚で、優しくて完璧だから」
「う~ん?」今の橘の評価は当たらずとも遠からずな気がした。「完璧ではないと思うよ。意外に繊細なとこあるし。謙虚というより、あいつああ見えてプライド高いから…」
言ってからハッとなり、手で口を塞いだ。好きな人を下げるような発言はするべきじゃない。
「自分をしっかり持ってるってことでしょ?」橘はゴロンとうつぶせになると、足先をパタパタさせた。
「ま、まぁそうだな」志乃はホッとする。
井浦はそんな志乃を見ていた。
「でも改めて考えると、男の子3人と幼馴染ってすごいよね。漫画の世界みたい」橘は手をついて上体を起こした。「どんな感じなの?男の子3人に囲まれるって」
「どんな感じ…?」この手の質問も何度かされたことがあった。「普通だよ。普通の友達。別に男に囲まれてるからって、お姫様扱いされるわけじゃないし」
幼馴染の男子3人は優しい。けど父や兄のような溺愛を彼らから受けたことはない。むしろあの男子3人のおかげで、父や兄の愛が異常であることに気付けたところはある。
「へぇ。やっぱり現実はそんなものなのかな」橘は上体を倒して再び足をパタパタさせた。
女子3人は他愛のないお喋りを続けたあと、順に部屋のお風呂を使った。井浦、橘と続き、消灯時間間近に志乃がシャワーを使っていると、誰かが部屋を訪ねてきた。
「はい?」井浦が応答する。橘は既にベッドで眠りについていた。
「あ、志乃は?」扉の向こうにいたのは私服姿の将次郎だった。
「今シャワーしてるよ」井浦は訝った。委員長ともあろう人が、もうすぐ消灯時間だというのに出歩いているなんて。
「そうか。じゃあいいや」将次郎は戻ろうとした。
「何か用?」グループかクラスの連絡だろうかと井浦は考えた。でも彼は志乃を指名した。「伝えておこうか?」
「いや、いい。気にしないで」将次郎はさらっと言って去って行った。
不思議に思いながら扉を閉める。あまりにあっさりとしていたので、将次郎が訪ねてきた事実など無いくらい静かだった。しかし何か用があったに違いない。何か借りに来たのだろうか?だったら同室の子や他の男子に借りるはず。
井浦はじっくりと将次郎の表情や言動を思い返した。あれはさっき自分を誘いに来た別のクラスの男子と似ていた。あの男子のように緊張してなかったし、本当にただ友達に用があったような言い方をしていた。けど確実に気になる異性を誘おうという雰囲気はあった。
バスルームから志乃が出てくる。
「おっ。なにしてんだよ」出てすぐの所に井浦が立っていたので志乃は驚いた。
「ねぇ、志乃ちゃん」井浦は声を潜める。
「な、なに?」彼女のシリアスな表情に志乃は眉を寄せた。
「志乃ちゃんは本当に中尾くんのこと友達だと思ってるの?」
「え?なんだよ急に」志乃はチラリとベッドの方を見た。橘はすやすやと眠っている。
井浦は真面目に答えろと目で訴えた。
「友達だよ。あいつはただの友達。幼馴染」志乃は言った。「なんでそんなこと聞く?」
「だって…」井浦は将次郎と橘のことを可哀想に思った。「私は男女の友情なんて成立しないと思ってるから」
「あぁ。そう…」彼女の言い方に違和感を感じ、志乃は考察した。
男女の友情が成立しないと思っているなら、男子とあまりしゃべらないのも理解できる。そうなるのも無理ない。何度も言い寄られたり、告白された経験があるなら尚更。
そのせいで健全な友人関係が築けないのは、人間関係の幅や経験を狭められているじゃないか?
井浦は友達と何気ない会話をしたり、遊びに行ったりした経験が他の人よりも少ないんだろうな。きっと男子だけでなく女子とも色々あったんだろう。その気持ちも分かる
井浦がひとりになる事を望んでいるならいいけど、本当はもっと自由になりたいんじゃないのか?
志乃はそっと井浦を見つめた。
井浦は少し首を傾けながら、将次郎が尋ねてきたことを伝える。
「ジョージが?なんの用だったんだろ?」志乃は時計を見た。もう消灯時間だ。あのジョージがこんな時間に来るなんて。
「分からない。何も言わなかったから」井浦は答えた。
「んー?…まぁいいや。明日聞いてみる。もう寝ようぜ」志乃は濡れた髪をタオルで拭いた。
「うん」




