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中学校


 中学生というのは多くの子が自分のことで精一杯になる年頃である。相手の気持ちが理解できるくらいの成長はしているが、その先まで考えられるほど大人でもない。


加えて経験値が少ないため、気持ちが分かってもどう対応すればいいのか手段を知らない。よって周りにいる人、特に親や大人にはぶっきら棒になりやすい。


そしてこの思春期という時期に現れた悩みは、気軽に誰かに相談できるものではなかった。己の胸の内に芽生えた疑問や異変、変化は大多数の大人と同じで答え合わせされることなく、その後の彼らの人格の土台となってしまう。


一度根付いた若葉は自分でどこかへ行くことはできず、簡単に植え替えられるものでもない。それは幼馴染4人も例外ではなく、それぞれの自己成長や自我と出会い、それとどう付き合っていくべきか悩んでいた。


 彼らは中学に入学すると、幼稚園の頃に比べ様々な面でお互いを強く意識した。全員に共通していたのは男女としての差で、女子である志乃と男子3人の間では性別の認知にずれが起きた。




  成績の良かった将次郎は中学に上がる際も受験の話が出た。しかし文武両道をモットーとしている家庭だったので、部活に励めるよう地元の中学へ進んだ。


将次郎自身もそれに異論なく、入学すると経験者であった祖父を真似て剣道部へ入部。大会などで良い結果を残していても、中学3年間の成績はトップで、もちろん生徒会長にもなった。


 小学校6年生の時点で150cm台だった身長は10センチ以上伸び、顔つきも子供っぽい丸みが取れて日本男児らしい凛々しい顔立ちになった。


性格は幼い頃とあまり変わらなかったが、ヒーロー気質はリーダー気質へと変貌し、より頭を使って物事を考えるようになった。知性と社交性があり、中学時代は誰かといざこざを起こすこともなく過ごせた。


 志乃に対しては依然淡い恋心を抱いており、その思いは強くなりつつあった。年頃の男の子よろしく、女の子に対してかっこつけたり羞恥したりする気持ちはあったが、それを表には出さず他の女子と同じように志乃と接していた。恋愛相手としての扱いはしていなかったので、誰も将次郎が志乃に恋心を抱いていると知らなかったほどだ。およそ一人を除いて。


隠し通せてはいても、無条件に志乃を好きだったというわけではなく、将次郎も彼女の変化に戸惑ったり、諦めるべきかと頭を悩ませたことが数度ある。それでも幼稚園の時の彼女の笑顔が忘れられず、静寂のように想いを寄せ続けていたのであった。


他の男子2人に対しては小さい頃から変わらぬ想いを抱いていた。一樹は遊び相手であり、共に成長してきた仲間、競い合えるライバル、ふざけたことを許せる悪友。実弦は守ってやらなければいけない弟のような感覚でいた。


 将次郎が中学時代で一番苦労したのは親との関係だった。彼には派手な反抗期がなかったが、親とは距離を取るようになっていた。


中尾家はどちらかというと裕福な方である。しかし家族関係においては乏しく、団らんできる間柄とは言えなかった。


父は長男である景一郎にご執心で、その景一郎も弟には関心がない。唯一母だけは温かな心の持ち主で、将次郎も母にだけは気の休まる部分があった。だが年頃の男の子だけあって甘ったれたりはせず、母に気恥ずかしさや鬱陶しさを感じている。


父に対してはいつの間にか嫌悪を抱くようになっていた。体裁を気にし、息子たちを比べ、母にも丁寧には接しない父の姿を見せられると、好きになるほうが難しい。


兄の景一郎に対しては尊敬する部分があったものの、将次郎も兄と同じように関心を持たないよう接していた。


 家族のせいか、もともと自立心が強いせいか、将次郎は早く地元から離れたいと考えていた。そのために高校は偏差値が高くて尚且つ遠い場所、もしくは寮のある場所へ行こうと考えた。


だが受験シーズンに入り疲れが出たのか、インフルエンザに罹ってしまった。今まで受験にかけてきた努力や時間は全て水の泡。父に怒られ、兄に冷笑された将次郎はもう高校になど行かず家を出て働くと自棄になった。


 そんな将次郎を心配した幼馴染たちは、なんとかできないかと相談し合った。すると一樹が「バッティングセンターにでも連れ出そうぜ」と提案。「明日サプライズで将次郎の家に集合な」と約束した。


 その明日が来ると、志乃と実弦は徒歩で将次郎の家に着いたが、一樹だけは自転車で現れた。


 「お前らバカだな。こっからバッティングセンターまで距離あるんだぞ。なんで歩いてきたんだ」と言いながら、一樹はインターホンを押して将次郎を呼び出した。


 とつぜん現れた幼馴染たちに将次郎は驚いたが、「バッティングに行って憂さ晴らししようぜ」と笑う一樹を見て頷き、自転車を出した。


 「将次郎の後ろに実弦が乗れよ。志乃は俺の後ろな」と一樹が言うと、志乃と実弦は2人乗りなんてダメだよと拒否した。しかし「お前ら変なとこで真面目になるなよな」と悪友に促され、2台の自転車で2人乗りしながらバッティングセンターへ向かった。


 真面目な将次郎は2人乗りに罪悪感を覚えながらも、大人の決めたルールに反抗する楽しさを味わってしまった。それは最初に拒否していた志乃と実弦も同じだった。

 

 バッティングセンターでは1球1球怒りを込めて球を弾き返すたび、将次郎は心が軽くなった。剣道でできた手のマメが潰れるまでバットを振り続け、気付いたときには空っぽになっていた。そしてすっかり暗くなった帰り道を幼馴染たちと笑いながら帰った。


 家に着いて「じゃあまたな」と幼馴染たちから肩や背を叩かれた時には、前向きな気持ちになれていた。自分はまだできる。まだ終わってない。たった一度失敗しただけじゃないか。それですべてが終わるわけじゃないと。


それからは地元の高校を受験するために動いた。反抗を覚えてしまった将次郎は、父親が進めてくる高校を拒否し、自分で選択した現在の高校へ進学したのであった。




  柏木実弦は中学の入学式でさすがに泣きはしなかった。しかし強烈な不安には見舞われていた。小学校の6年間で築き上げてきたものが、ここへきてゼロに戻された気分だった。


 そんな中でも実弦は学校に馴染もうと努力した。吃音が出ないよう、なるべく喋らない。でも周りの様子を伺いながら動き、頭の中では常に会話のシミュレーションを重ねた。


それでも同級生からは変わった子扱い。しかし幼馴染3人が側にいたおかげで何事もなく3年間を過ごせた。


 部活は小学生の頃から絵を描くことが好きだったので美術部に入部。成績もよかった。


身体に大きな変化はなかったが、胸の内には成長があった。幼馴染の男子2人を兄のように見ていたが、将次郎くんのように真面目で自立した人になりたい。一樹くんのように要領よくなんでもできる人になりたい、と憧れるようになった。


志乃にも姉のような気持ちがあった。でも中学生男子になって恥ずかしさを覚え、昔のようにあからさまに頼ったり、距離の近い接し方は控えるようになった。


 実弦は父親と仲がいい。親戚からもいい子だねとよしよしされてきた。彼はそれで傲慢になるような子ではなかったが、無自覚な発言をしてしまうことがあった。特に仲のいい人にはお喋りになるので、その中で空気の読めない発言をする。


本人は悪気がなく、むしろ話を広げよう、続けようと思って口から出た言葉なので、何が問題なのか全く分かっていない。


吃音と折り合いを付けようと頑張っていた時期でもあり、特に自分のことで手一杯だったので、自分の発言で周りの人がどう思うかまでは気が回らなかった。


 一度だけやんわりと将次郎にそれを注意されたことがある。「実弦。ちょっと伝え方を気を付けた方がいいかもな。お前が頑張ってるのは分かってるんだけど」


 以後は気を付けるようにしているが、それでも上手くいくまではまだまだだった。




  一樹は中学生になるとさらに調子に乗った。新しい付き合いが増え、誰彼構わず友達になった。自分が人気者でクラスの中心であることも分かっていた。


バスケ部に入ってからはグンと身長が伸び、筋肉も付いてハッキリとした男らしい顔立ちになった。もちろんイケメンでモテている自覚もある。


 成績はまずまずだった。何か困ったことが起きても、人懐こい性格と甘い表情でカバー。親や先生から怒られてもヘラヘラと人たらしを発揮して許しを貰う。彼を妬む者も少なからずいたが、基本的には周りに好かれる子だった。


 そんな彼でも、家に帰れば妹の面倒を見る頼もしいお兄ちゃんをしていた。片親で2人の子を育てる母の代わりになんでもやっていて、母と妹とは仲が良かった。


 一樹が一番戸惑ったのは志乃との関係だった。それまでは幼馴染の男4人組のような関係でつるんでいたのに、中学生になってセーラー服を着出した志乃を見て急にハッとなった。彼女自身は変わらないままで接してくる。でもスカートを履いている。それがどうもチグハグに見えた。


 思春期の照れや恥ずかしさはあったので、そんな戸惑いを隠すために一樹は志乃にちょっかいをかけ続けた。彼女が嫌がっていると分かっていても、友達同士の「やめろよ~」程度だと思っていた。


女子との関りが多く、母や妹のこともあって女性との接し方を学んでいる最中だったが、それでも志乃にだけは今までと同じ小学生のやんちゃ坊主のまま。


志乃とは幼馴染としてやってきて、自分と彼女は友達であり仲間なのだと示したい気持ちもあったので、彼女から完全に離れなかった。イジることで距離を保っていた。


 将次郎に対しては、彼と同じく遊び相手でありライバルのような存在。実弦には、自分の妹と同じように守ってやらなければいけない弟、という認識でいた。




  上松志乃は中学生時代、幼馴染4人の中で最も強く変化に苦しんだ人物だった。小学5,6年生の頃から感じ始めていた違和感が、中学になって明らかになったせいで。


 ずっと一緒に遊んでいた男子3人はそれぞれに差はあれど背が伸び、子供とは違う体格になった。顔つきが変わって声も低くなった。歩く速度が変わり、持てる荷物も違う。


対する自分は女という性により身長が止まり、丸みや柔らかさといった特徴が前へ出るようになった。運動神経はよく、同級生女子と比べると力のある方だったが、それでも男子3人と比べるとひ弱だった。


彼らと同じように育ってきたのに、性別が違うだけでこんなにも差が出てしまう。それが志乃には不快だった。男子3人も性差に気付いていたし、気付いていることを志乃も分かったので、ますます彼らと違う自分が嫌になった。


根底にあるものは変わらないのに、体の成長や社会生活はそれを許してくれない。ジャージを履くことに許可は貰えたものの、毎日履きたくもないスカートを身に着けさせられた。女子だからと分けられ、女子だからと行動を制限された。


 何事も抑制され続けたせいで、志乃は自分の心と体のバランスを崩した。そこに反抗期も重なって大荒れ。成績は大幅に下がり、過保護な父や兄たちには暴言を吐き、母にも当たり散らすようになった。


悪いことを言っているという自覚はある。相手が傷ついているのも分かってはいる。でもどうすればいいのか分からなかった。


 ぐちゃぐちゃになった彼女の気持ちを唯一鎮めてくれたのは、ベースを弾いている時間だけだった。音楽に没頭している間は全てを忘れられる。音楽は男も女も、見た目も中身も関係なく、自分だけを見てくれる。


幼少のころから触れていた趣味は、ここに来てかけがえのない心の拠り所となった。


 幼馴染3人には今までと同じように接していたが、実弦の遠慮するような仕草には気付いていた。将次郎の態度は表面上での接し方に思えた。


一樹との関係は複雑だった。一樹から友達と認定されているのに、将次郎や実弦のような接し方ではない。例えば同じ「バカだなぁ」という言葉でも、小学生の時は軽々しかったのに、中学生では意地悪の度合いが濃くなったように聞こえた。


 何度注意してもしつこく絡んでくるので、志乃は一樹が本気で自分を嫌っているわけじゃないと思えた。しかし何がしたいのかさっぱり読めず混乱した。ただ一樹は男友達のように自分を見ているんだ、と思うしかなかった。


 月日が経つにつれ、男子3人のそれぞれの対応に慣れはした。でも、もう昔のようにはいかなくなったんだ。何も気にせず遊べていたあの頃の自分たちはもういないんだと、余韻で消えていく音のように寂しくなる事が何度かあった。


 変化していたのは志乃たちだけでなく、周りの同級生もそうだった。より人の目を気にするようになっていた。


志乃が小学生の時のように男子3人と過ごそうとすると、男子から「男になりたい女」、「女子のことが嫌いな女子」、「男好きだ」と偏見の目で見られた。女子からも同じように噂を立てられ、嫉妬や恨みを買うことも。


 荒くれていた志乃の心にそんな攻撃は効かなかったが、傷ついていないわけではなかった。気にしていない素振りをしても、やっぱり引っかかる。


 ただ友達と過ごしたいだけなのに。そう思って嫌味を言う人に、「男とか女とか関係ないだろ」や「あたしたちにはあたしたちにしか分からない友情とか、やり方があるんだよ」と説明した。


だがそれも段々と面倒くさくなった。なので志乃は自分の女性性を捨てて、より男の子のように振る舞った。


そうすることで自分は彼らの男友達だとアピールし、余計な詮索をされずに済む。それに何より、自分が男っぽくいることで、男子3人との友情が保てる気がした。難しく考えず彼らと接することができた。


 志乃にとって、自分らしく振る舞ったり女性らしくいるよりも、3人への友情の方が大事だった。


 中学3年生になって周りが一気にお受験モードに突入すると、そうした偏見も減って行った。志乃も段々と反抗期を抜けて落ち着くようになった。それまでの自分を取り戻したわけではなく、すっかり出来上がってしまった上松志乃を今も続けている。


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