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結局、担任が何度注意しても持田は頑なに制作に参加しなかった。なのでその分を4組は将次郎や橘、その他の生徒がカバーした。
なんとか当日の展示には間に合ったが、なんとも言えない味の悪さが完成した作品に現れていた。他方で2組の展示の方は評判が良く、志乃たちが作った作品は特に称賛を受けた。
対照的な結果となった文化祭が終わり、11月は足早に過ぎた。12月中旬になると期末テストが行われて、年内の授業も終わった。
冬休みに入り、幼馴染たちは夏休みの宿題と同じくこちらも毎年恒例となった初詣へ4人で出かけた。そして特に何事もなく始業式を迎え、1月も去り、2月になった。
冷えた空気が肌に触る14日の朝。志乃が教室へ行くと、江見澤からチョコレートの入った箱を渡された。江見澤は大量にチョコを持ってきているらしく、井浦や実弦、北島にも渡していた。志乃は有難く頂き、「何も持ってきてなくてごめんな」と伝えた。
志乃にとってバレンタインは毎年どうしようかと迷う日だった。本命がいるわけではない。しかしただの友達として幼馴染たちにチョコを渡したい気持ちはあった。
けれど周りに変な目で見られると困るので、ずいぶん前から渡すのをやめている。それでも渡さないとこに少し罪悪感のようなものも感じていた。
実弦は江見澤からのチョコを受け取ると、尻尾を振る子犬のように喜んだ。実弦にとって、志乃以外の女の子からチョコを貰うのは人生初のことだった。「必ずホワイトデーにお返しするね」と伝え、チョコを大切に鞄に仕舞った。
「おう、志乃」バレンタインの放課後、靴箱で偶然鉢合わせた一樹が言った。
「よう」志乃は上靴を仕舞い、スニーカーを出して床に落とした。
「なに、今日はバイト?」一樹は自分の靴箱を開ける。
「うん」スニーカーに足を突っ込む。志乃は学校から直接バイト先へ向かっていた。
「おっ。入ってんなぁ」と言いながら、一樹は靴箱から手紙と小さな箱を取り出す。
「はいはい」毎年のことだろと呆れた。どうせ教室の机やロッカーにも入っていたはずだ。
「ん」一樹は志乃に向かって手のひらを差し出す。
「……なに?」かかとをスニーカーの中に収めながら、志乃はその手を見つめる。ごつごつした大きな手だ。
「お前からはないの?」キョトンとした顔。
「あるわけないだろ」バチンと音を立てて一樹の手を上から叩いた。
「え~」イテテと手を振りながら笑う。「昔はくれたのに」
「昔の話だろ」横目で彼を見た。「どうせたくさん貰ってんだから」ムッとしながら歩き出す。自分でもよく分からないが、なんだか少し苛立った。
「そうだなー。何個か貰っちゃったなー」一樹は少し頭を振ったあと、小さくため息をついた。上靴を脱ぎ、靴箱からスニーカーを出す。それを床に落とすと、バンと大きな音が鳴って片方が跳ねた。あらぬ方向へ飛んで行く。
「おっと」上靴を仕舞い、飛んで行ったスニーカーを追いかける。その先に、緊張した面持ちの持田が立っていた。
「一樹、ちょっといい?」持田は靴箱に体重を預けていた。小さな紙袋を手首にぶら下げ、ポケットに手を入れている。
「なに?もっちー」持田の表情を見て、一樹は嫌な予感がした。スニーカーを拾いながらチラリと志乃の方を見る。彼女は数メートル先を歩いていた。
「どした?」体を起こして持田を見る。
「これ」持田は持っていた紙袋を一樹に渡した。彼女は志乃に気付いていない。
「あ、くれんの?ありがとー」一樹は軽々しく受け取った。「じゃ、また明日ねー」とスニーカーを履く。
「…好きなんだけど」
「え?」持田を見る。
「付き合ってよ一樹」彼女は頬を赤く染めた。
「あぁ~…」嫌な予感が当たったなぁと思いながら、志乃の方を見る。彼女は振り返ってこちらを見ていた。「あ…」
ほらまた貰ってると志乃は思っていた。持田からというのも分かっていて、付き合ってる彼女から本命チョコかよ、と呆れながら前を向く。
一樹にはその表情が酷く冷たく見えた。
「ねぇ」持田が言う。「なんか言ってよ」
「…ごめん。もっちー」声を落して持田に告げた。「付き合うとかはできない。友達でいよう」
「え。なんで?」持田は予想外だとショックを受ける。「…え?他に好きな人でもいんの?」
「……いないけど」ボソッと答えた。
「じゃあいいじゃん。試しに付き合ってよ」少し苛立ったように一樹に詰め寄る。「あたし、なんでもしてあげるから」
「ほんとごめん」一樹は身を引いた。白けた目で持田を見る。「もっちーとは付き合えない」
持田は体にグッと力を入れて目を潤ませた。「……じゃあなんで優しくすんの?」
「え?」一樹は固まる。
「一樹、あたしに可愛いとか言ってくるし、あたしと一緒にいて楽しそうにしてたじゃん。なに?全部ウソだったの?遊んでたわけ?」
「いや、そんなつもりじゃ、」
「マジ最低。その気もないくせに優しくしないでよ」
持田は一樹が持っていた紙袋を奪うと、走ってどこかへ去って行った。
一樹は小石を飲み込んだ気分になった。固いものが胸の辺りに引っ掛かり、思わず鞄の持ち手をギュッと握り閉める。しかし、すぐにその小石を無視して志乃を追いかけた。
「待てよー」追い付くと彼女に軽く体をぶつける。
「うわ!」志乃はよろめいた。「びっくりした」迷惑そうな顔を一樹に向ける。
「怒ってるの?」小首を傾げた。
「は?怒るだろ。ぶつかって来ておいて」なに言ってんだコイツ。
「そうじゃなくて」一樹は少し眉を寄せた。
「なに?なんのこと?」何を聞いているのかさっぱり分からなかった。「てかあの子は?彼女を放っておいていいの?」と後ろを振り返る。
「は?」一樹は驚いた。「彼女?」と同じように振り返る。
「え?付き合ってんでしょ?」一樹を見上げた。
「ちげーよ」なに言ってんだコイツと志乃を見降ろす。「え?付き合ってると思ってたの?」
「うん」
大袈裟なほど大きなため息をつく。真っ白な息が目の前に広がった。「残念でした。誰とも付き合ってませーん」
「あっそうですか」志乃は前を向いた。
「怒ってる?」
「だからなにそれ」目を細めて再び一樹を見る。「さっきから何?なんのことを聞いてんの?」なんであたしが怒ってるか気になるんだ。
「ふーん」一樹はつまらなさそうに歩く。
志乃はハッと気づいた。「…あの子となんかあったの?」
「……告られた」無機質な低い声。
「マジか」断ったんだ。「何人目だよ」
「さぁねー」一樹は楽観的だった。
なんで断ったの?と聞こうとしたが、持田の性格を思い出してやめた。
一樹はこんななりをしているけど、ちゃんと人の中身を見ている。だから持田のことも好きにはなれなかった。女の子からチヤホヤされて、悪い気はしてないんだろうけど。
今まで告白してきた子の中には良い子もいて、付き合う寸前のような雰囲気もあったのに。結局一樹は誰とも付き合っていない。
これだと一樹が女の子を誑かす遊び人のように聞こえる。でも彼の中に、女の子を傷つけて遊びたいという底意地の悪い気持ちは一切ない。本当は付き合いたいけど、色々と事情があるから告白を断っているんじゃないか?
「モテるのも楽じゃないぜー」一樹は空っぽの声で言った。
「なんか…。お疲れ」持田みたいな子にも好かれて大変だな。
「俺も将次郎みたいに、仏頂面で女の子と接しようかな」しかめ面を見せる。
「なに言ってんだよ」志乃はふっと笑った。「あんたの優しさはそんなもんじゃ隠せないだろ。無理ムリ。女の子傷つけるとか、あんた大嫌いじゃん。絶対できねーよ」
それでもいつか一樹が気にいる子が現れれば、もう幼馴染も4人ではいられないんだろうな。ずっと4人でいることはできない。将次郎だって実弦だって、いつか離れ離れになる…。
一樹は小石を蹴飛ばした。笑顔で志乃の肩に腕を回す。「だよなー!」
「やめろ」志乃はすぐにその腕から逃れた。「重いんだよ。肘置きなら実弦にしろって」
「お前ちっちゃいな。縮んだ?」背を測るように手を頭の上にかざす。
「あんたがデカくなったんだろうが」バカにしてんのかと睨みつける。
「はーいはい」一樹はヘラヘラと笑いながら、志乃の小ささを実感していた。




