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フォーギブミー・ノット  作者: 香坂茉音
高校1年生
11/15

1-11


  7月の末に行われた期末テストでは、中間と同じような結果になった。テストが終わるとすぐ夏休みに入り、幼馴染4人はそれぞれの過ごし方を取った。


将次郎は部活と塾と家の往復、志乃もバイトと家を行き来した。


実弦は毎年親戚や祖父母の家に滞在していたので今年もそうした。しかしひとつ変わったことがあった。それは北島の宿題を手伝う日があったこと。夏休みを幼馴染たち以外と過ごすのは久しぶりだった。少し緊張したが、北島に感謝されて実弦は満足だった。


一樹も土日はバイトへ行って、それ以外は適度にダラダラとした夏休みを送った。


 そして夏休み終了間近。幼馴染4人は将次郎の家に集まって勉強会を開いた。いつの間にかこれが夏の恒例行事となっていて、大抵は志乃や一樹の残った宿題を、将次郎と実弦が手伝う日となっている。今年も例にもれず集まり、高校生になって一段と難しくなった宿題にとりわけ志乃は手こずっていた。



  残暑の続く9月。学校が始まるとまず最初に席替えが行われた。くじ引きで席を決めるのではなく、担任が考えた席に移るという方法。


 志乃と実弦がいる2組では、教室の真ん中に実弦と江見澤が隣同士で座ることになった。その前に北島。志乃は一番前の席。井浦冬舞は一番後ろの席になった。


2組はいざこざも起こらず、穏やかで仲のいいクラスで、席替えをしてもそれは変わらなかった。


 一方で、将次郎と一樹のいる4組では、将次郎が一番後ろの席で、その前に岸本が座った。一樹は廊下側の一番前の席。隣には橘ひかりが座る。持田は窓際の席に座った。


4組は他のクラスに比べて騒がしく、あまり空気がいいクラスとは言えなかった。担任は生徒の性格を考えて席順を決めたが、その配置はクラスの雰囲気を好転させるものではなかった。


将次郎は優等生であるが、積極的に争いを止めに行ったり、うるさい生徒を注意するタイプではなかった。喧噪に巻き込まれるのは御免なので、岸本が前の席で何かやらかしてもバカだなと冷笑するだけで終わっていた。


将次郎と似たような理由で橘ひかりは一樹の隣になった。彼女は真面目で控えめな性格で、一樹は相手に合わせるタイプだったので、この2人には何も起こらなかった。


しかし遠くからそれを見ていた持田は、2人が仲良くしているのが気に食わず、ありとあらゆるところで橘にきつく当たるようになってしまった。


  険悪な空気が少しずつ4組の教室内に溜まって行きながら、10月を迎えた。初週の中間テストが終わると、11月の頭にある文化祭に向けた準備が始まった。


1年生は展示を担当するので、絵や工作などに取り組む。複数人でひとつの作品を作ってもいいので、2組の志乃たちは発表課題のときと同じメンバーを組んで、大きな絵を1枚描くことにした。


実弦が構成、下描きを担当する。それを休み時間や放課後、ホームルームの時間を使って色を塗っていく作業が続いた。


 「そ、それじゃあ今日はここまでにし、しよっか」文化祭まであと数日となった日の放課後、教室で色塗りをしていると実弦が言った。


志乃はこの日バイトがなかったので井浦と色塗りに参加しており、江見澤は演劇部の方へ行っていて、北島は別件で留守にしていた。


 「そうだね」井浦は使っていた絵の具の筆を置いた。


 「あ~。腰イタ」ずっと座りっぱなしで作業していた志乃は伸びをする。


 「お疲れさま」実弦は志乃を見てふふっと笑った。


 3人は机の上に広げた画材道具や絵を片付ける。


 「それじゃ、ぼ、僕は美術部に寄ってから帰るから」片付けが終わると実弦は言った。文化祭準備のため、どの部活も休みになっているのだが、美術部である実弦は学校の装飾も行っていた。


 「おう。また明日な」志乃が言う。


 「うん。じゃあね」実弦は教室を出て行った。


 さぁ帰るかと女子2人が鞄を持つと、教室に江見澤が入ってきた。


 「あれ?もう終わっちゃった?」


 「うん。今さっき」井浦が答えた。


 「うわー。手伝えるかなって思ってたんだけど、間に合わなかったかー」江見澤は残念がる。


 「仕方ないよ。部活の方、忙しいんでしょ?」井浦が励ました。


 「うん。登場人物の衣装が全部出来上がったところなんだ」江見澤は疲労感のある笑顔を見せた。裁縫で凝り固まった手を開閉させる。「あとは細かい調整をするだけなんだけど」


 「糸くずついてるぞ」志乃は江見澤のブレザーに付いた糸くずを取ってやった。


 「あ。ありがとう」江見澤は微笑んだあと、しょんぼりとした。「なんか、合作なのに私の名前も入れてもらえるって、申し訳ないな。あんまり手伝えてないのに」


 「気にするなよ。あたしの方がなんもしてないから」志乃は言った。「結ちゃんは部活頑張ってるだろ。井浦は毎日のように残って色塗りしてくれてるし、北島はこれだけじゃなくて他のところの力仕事もやってる。実弦はこんなすごい作品考えるし。あたしはそれに乗っかってるだけ。しかもバイトあって参加できないときあるし」


 「なに言ってるの!」江見澤は憤慨する。「志乃ちゃんが柏木くんに大きい作品つくろうって提案したんでしょ?それに私たちにも声かけてくれて。キッカケ作ってくれたんだから、全然役に立ってなくないよ!」


 井浦もその通りだと頷く。


 「そうかな?」志乃は照れつつも納得しない顔をした。


 「そうだよ!」江見澤はニコッと笑う。「柏木くんの凄さを志乃ちゃんがよく分かってるから出来たんだよ」


 「まぁ…。付き合い長いからな」と謙遜する。


 「私、始めは志乃ちゃんと柏木くんと仲良くなれるか不安だったんだよね。2人にしか分からない世界がありそうで」江見澤は吐露した。


 「いやぁ…」志乃は首を捻りながら話す。「あたしらのノリ?みたいなのがそう見せてるんじゃないかな?まぁ、普通だよ。普通の友達。でもあたしが勝手にバリア張ってるところはあるかも」


 志乃は高校に入学してからの実弦の変化に喜びつつも、寂しさや戸惑いも感じていた。今まで自分が実弦の面倒を見てきた。彼が傷つかないように周りの人間を遠ざけていた。


でも実弦が自ら前へ出ようとしているのを見て、彼の世界を狭め、邪魔をしていたのは自分だと気付いた。思っているより実弦は弱くなかったし、彼を守る役目に頼っていたのは自分の方だった。


 「実弦があんなだからさ、守ってやらなきゃって思ってたけど、このクラスのみんな優しいからそんな必要なかったよな」志乃は少しうつむく。


 井浦は優しい目で静かに志乃を見つめた。


 「柏木くんの吃音ってさ、なんか可愛いよね」江見澤が少し照れたように言った。


 「あぁ。分かる」志乃は頷く。「あいつ自身、癒しキャラみたいだよな。子犬っぽいっていうか」


 「うんうん。母性本能くすぐられるよね」江見澤はクスッと笑う。「吃音は小さい頃からあったの?」


 「あったよ。あれでもだいぶ良くなったほう」志乃は哀愁のある顔になった。


 井浦はチラリと志乃を見る。「私はそろそろ帰るね。志乃ちゃんは?」


 「あ、うん。帰る」志乃はハッとなった。


 「あ!ちょっと待って!」江見澤もハッとなった。持っていた鞄の中を漁る。「これ!井浦さんに返そうと思って」と紙の束を取り出した。それは井浦が書いた小説で、数日前に江見澤に渡していた。


 「え?もう読んだの?」井浦は驚きながらそれを受け取る。


 「うん。すっごく面白かったから、寝る時間削っちゃったよ!」江見澤は目を輝かせる。「感想はメモにして中に挟んであるよ。ちょっと長くなっちゃったけど、後で読んでね!」


 「忙しいのに、ありがとう。参考にさせてもらうね」井浦は紙の束を鞄に仕舞った。「じゃあ帰ろっか」と2人に微笑みかける。


 「うん」


 志乃は2人に別れを告げたあと、誰かいないかと4組を覗きに行った。


 4組では担任の提案で、ひとつの大きな作品を全員で作ることになっていた。折り紙を切ったりちぎったりして一富士二鷹三茄子の絵を作るそうで、それぞれ担当部分を決めて取り掛かっていた。この日も数人が教室に残って作業している。その中に将次郎と橘ひかり、持田の姿もあった。


 「よう、志乃」教室の扉から顔を覗かせた志乃に、将次郎が気付いて近づいた。「終わったのか?」


 「うん。一樹は?」教室内をキョロキョロ見回す。


 「さっき帰ったよ。実弦は?」


 「美術部行ってから帰るって」


 「そうか。俺ももう帰るよ」将次郎は教室内を一瞥してから志乃に視線を戻した。そして重々しいため息をつく。


 「どうした?」


 「…俺の担当する部分は終わってるのに、やらない奴のせいで居残りだよ」彼は小声で言った。「いっつもそうだ。真面目にやってる人間が被害を被る」と橘の方を見る。彼女も既に自分の場所は終わっていたが、手伝いで居残っていた。


 志乃はじゃあやめちゃえば?と言いかけたが、それでは将次郎がやらない奴の仲間入りしてしまう。将次郎はそれを望まない。


 「ジョージはいつも頑張ってるよな。手伝わなくてもいいのに、クラスのためにちゃんとやってあげてて。そういうとこ凄いと思う」


 将次郎は片手をポケットに突っ込み、志乃を見て微笑んだ。こいつはほんとに。「一緒に帰ろう」


 「うん」


 「ちょっと待ってて。帰るって担任に言ってくるから」将次郎は担任のいる職員室へ向かった。


 志乃が将次郎の戻りを待っていると、4組の教室内でちょっとしたいざこざが起こった。


 橘ひかりは持田がいる一軍グループの手伝いをしていたが、さすがに複数人の面倒は見られなかった。なので「もう少し自分たちで作業してみて欲しい」と勇気を出して持田に伝えた。


 それを聞いた持田は大きな音で舌打ちすると、せっかく作ったパーツをぐしゃっと丸めて橘に投げつけた。橘はショックで固まる。


 それを見ていた志乃は一瞬戸惑った。志乃は持田のことを覚えていて、一樹と関係があると思っていた。だからここで自分が口を出して、持田と一樹の間になにかあったらどうしようかと悩んだ。


でも怯えている人を見過ごすことはできない。それに何より、イジメをやっている奴が絶対に許せなかった。


 「やってもらってる身なのに、それはどうなわけ?」志乃は持田に言った。


 「は?」持田は志乃に気付いた。橘は志乃が誰なのか分からず混乱している。


 「ちょっとは協力しろよ」志乃は強気に出た。


 「キモ。急に口挟んでくんなよ」持田は志乃を睨みつける。


 「自分の仕事だろ」志乃は窓際の席にいる2人に近づいた。


 「こいつがやりたがってるだけだろ。あたしらが頼んだわけでもねえし」と橘を指す。


 志乃は床に落ちているパーツを拾って広げた。「あたしが手伝うよ。どうやってやんの?」と橘に尋ねる。


 「え…?」橘は困惑した。「あ、あの、他のクラスの人ですよね…?どうして…?」


 「いいから。さっさとやっちゃおう」


 持田はそれを見て腸が煮えくりかえった。一樹といいコイツといい、なんで橘みたいな女に優しくするわけ?ブスでガリ勉なのに。マジで意味わかんない。


 怒りを抑えられず、持田は座っていた席からガタッと立ち上がった。その勢いのまま、志乃が持っていたパーツを取りあげる。


 「あっ」志乃と橘は持田を見た。


 「ウザいんだよ」持田は声低く吐き捨てると、パーツに手をかけて真っ二つに裂いた。


 2人は息を飲んで驚く。


 「……え?」橘の頬に一通の涙が流れた。


 「おい、何してんだよ!」その涙を見て志乃は口荒く怒鳴る。


 「お前に関係ねーだろ」持田は破いたパーツを橘に押し付けた。


 そのとき、誰かが持田の手首を掴んだ。


 「いい加減にしろよ持田」将次郎が割って入ってくる。「調子乗んな」と掴んだ持田の手を払った。


 「は?調子乗ってんのはそっちだろ。バカにしやがって」持田は怒りで顔を歪める。


 「やる気がないなら参加すんな。迷惑なんだよ」将次郎は低い声で言い返すと、志乃と橘の肩を掴んだ。


 「行くぞ」と持田から離すために押し出す。


 「ちょっと!」志乃は怒りが収まらず、その手から逃れようともがいた。「放せ!」


 「やめろって」将次郎は志乃の二の腕を掴んで教室の外まで連れ出した。橘も付いてくる。


 「なんで邪魔すんの」将次郎を見上げた。


 「面倒起こすなよ」将次郎は彼女の腕をきつく掴み直すと、橘を見る。「橘さん、大丈夫?」


 「う、うん…」橘は混乱しつつも涙を拭った。「ありがとう中尾くん」


 「あぁ。とりあえず職員室行こう」


 3人は階段を降りた。


 「お前は先に校門行って待ってろ」2階に着くと将次郎は志乃の腕を放した。「俺ら担任に報告してくるから」


 「いいよもう帰る」志乃は不機嫌に腕をさすりながら階段を降りようとした。


 「待ってろって」将次郎は強めに言う。


 志乃は返事の代わりに舌打ちをして、階段を降りて行った。


 将次郎はため息をつく。ああなった志乃が待っている確率は五分五分だ。彼女を巻き込みたくなかったから先に行かせたのに。変に誤解していたら大変だ。さっさと追いかけないと。


 「ごめんね中尾くん。本当にありがとう」橘は涙声で言った。


 「いや、いいよ」


 2人は職員室へ入って事を担任に報告した。


 担任はみんなで教室へ戻って話し合おうと言ったが、将次郎は「俺はこのまま帰りますから。あとはそっちでお願いします」と断った。橘を職員室に残し、校門へ向かう。


 校門に着くと志乃の姿は見当たらなかった。帰ったのか焦ったが、彼女は校門を出たところの歩道で、苛立たしげに縁石を蹴っ突いていた。


 「なにしてんだよ」将次郎はホッとする。


 志乃はチラリと将次郎を見ると歩き出した。「なんで止めたんだよ」


 「止めるだろ」彼女の隣を歩く。「もうやめろって。ああやってケンカ腰で行くの」


 「しょうがないだろ。困ってる奴をほっとけっての?」


 「そうじゃない。止め方ってもんがあるだろ」イガイガと怒っている志乃を見降ろした。「ケガしたらどうすんだ」


 「しないよ。ケンカ強いもん」知ってるだろと見上げる。


 「はぁ。バカだなお前」そういうことじゃないと志乃の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。


 「やめろって」志乃はその手から逃れる。


 「ガキみたいなケンカするな。女の子なんだからもうちょっと落ち着けって」


 「関係ないね」乱れた髪を直す。「あたしはジョージとは違うんだ」


 「あぁ。そうだな」俺なら止めに行ったりもしなかった。そうやって見知らぬ人でも必ず助ける。止め方に問題はあったが、そこは彼女を尊敬する。


 「お前のそういうとこ好きだぞ」ポロリと将次郎は言う。


 志乃は何かを思い出したかのように、ピタッと立ち止まった。


 「……ごめん」と落ち込んだ声で言う。


 「は?」数歩先を歩いていた将次郎は驚いて振り返った。


 「止めてくれてありがと。あのままだったら大喧嘩になってたよな。ジョージも嫌がるのに…」


 「あぁ…」なんだと気が抜ける。「いいよ」と微笑みながら将次郎は前を向いた。


 秋の夜長の入り口、少し冷える帰り道を、2人はいつものような会話を交わしながら歩いた。



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