08 幽霊狩りの助っ人
「てな訳でさっきの"逆交渉"って事態になったわけだ」
殿下は仰る。
「リグナスのやつ、皇宮に居坐る幽霊達を冥府に連れて行きたい、死神の依頼を完了したい、どうか皇宮に滞在させてくださいお願いしますギーズゴオル殿下サマ…と泣いて縋りやがるからさぁ」
「え。僕そんな事した覚えは」
「心の優しい俺は、てめぇは俺の為に何が出来るのかと訊いてやったところ、机上に置いてた本を見て、これはハノイヴァ最後の死刑執行人の日記だと言いだしやがる。ハノイヴァ王国の滅亡時期に生きていたメリアザンの日記を読めば、滅亡原因までは書かれて無くても、なんらかのヒントを見出せるかもしれねぇと」
私は「なるほど」と肯いた。
「悪魔を皇宮に滞在させる見返りとして、殿下は日記の翻訳と朗読を要求なさったと」
「そういうわけだ」
言いながら殿下は「でもよぅ」と腕を組み、溜息をつく。
「俺としてはな。先に全文翻訳&朗読をさせた後、頃合いを見てとっとと皇宮から蹴り出す事を目論んでいたんだがよ」
そうしてジロッとリグナスを睨む。
「こいつ、幽霊一体の成仏につき日記一頁分朗読の分割払いだと抜かしやがる」
「いや、睨まれる意味わかんないし」
リグナスは慌てた。
「僕、報酬を前払いなんかしたら後々あれこれ言いくるめられて叩き出される可能性を考慮して分割払いを提示したんだけど、まさか本気でそうなり兼ねなかったなんて…」
愕然とするリグナスを横目に殿下は渋面を作る。
「ま、それは置いといてだ。いざ契約してみたら問題が生じやがった。このへっぽこ悪魔、幽霊を成仏させる能力がゴミだったんだよ」
「ゴミ」
「未だ一体も成仏させてねぇ。契約してからそろそろ一ヶ月が経つんだがな」
言われたリグナスは眉尻を下げる。
「僕なりに頑張ってはいるんだよ。やあこんにちは、そろそろあの世に行きませんか? ってね。僕なりに優しめに勧誘してるんだけど、今ントコどこの霊に声がけしても連戦連敗」
殿下はそんなリグナスを半目で見た後、また私に「な?」と言う。
「このへっぽこ悪魔、ナンパみてぇな誘い方しか思いつかねぇみてぇでな」
「えぇ…」
「普通の幽霊ならこんなんでも割とイケるんだよ。でも皇宮の中の幽霊はさぁ。長年放置されてただけあってすっかり自分の殻に閉じこもりきってるというか、頑固というか、拗れてるというかぁ……」
「拗れきってる霊にナンパな声がけしちゃう感性はちょっと…」
すると殿下はフッと鼻で笑う。
「人間の心の機微的なもんがまるで判ってねぇ。使えねぇ」
「ええぇぇぇぇ? "使えない"ってのはギーズ君にだけは言われたくないかなぁ」
「確かに俺も言えた義理じゃねぇ。俺の霊力は残念ながら」
「ゴミだもんねぇ」
今度はリグナスが鼻で笑った。
だけど殿下は特に気を悪くした様子もない。
事実だからしょうがないって事なのかな。
「てなわけでな。ゴミ悪魔とゴミ霊力の俺では話にならんて事で、ライラ・サーレンシス。お前をリグナスの助っ人としてスカウトしてるってわけだ、今」
殿下は鋭い眼光で私を射た。
「そういう事でしたか…」
スカウト。
でもこれどう考えても強制だよね。
絶対断れない案件。
身分的にも逆らえないし、
限定召喚スクロールの出所を思えば、
到底逃げられっこない。
でもさぁ…。
「えーと、先ず、悪魔さん―――に訊きたいんですが」
「リグナスでいいってば、ライラちゃん」
「ではリグナス」
「なーに?」
「悪魔限定の召喚スクロールをうちのご先祖が所持していたのはなんでなのか判ります? 一体どこで入手したのやら。けっこう珍しい物のように思うんですけど」
「いや、アレはそんなに珍しい物じゃないよ。少なくとも300年前まではね。あの召喚スクロール、滅亡前のハノイヴァの神殿に普通に売ってた物だと思う。ライラちゃんのご先祖、滅亡前のハノイヴァを観光した際にでもお土産で買ったんじゃない?」
「神殿? 魔塔ではなくて?」
ちょっと驚いて目を見開く。
「ハノイヴァでは神殿が悪魔召喚スクロールを売ってたの?」
思わず突っ込むと、リグナスはアハハと笑う。
「ハノイヴァって反アースタートの国だったんだよねぇ」
それを聞いて、私と殿下は顔を見合わせた。
アースタート。
それはこの世界の森羅万象を司る唯一神の名だ。
そしてそれは世界共通の認識でもある。
そのアースタート神を否定する国家がかつてとはいえ存在していたとは驚きだ。
しかも神殿で悪魔召喚スクロールを販売してたって事は。
「……つまりハノイヴァは悪魔崇拝の国だったって事?」
私が問うと、リグナスはコクンと肯く。
「ハノイヴァは悪魔にとって非常に棲みやすい国だった―――らしいよ。僕もいつか行ってみたいと思ってたなぁ。残念ながら行く前に滅亡しちゃったわけだけど」
殿下が眉を顰める。
「悪魔なんぞ崇拝してるからアースタート神に滅ぼされたんじゃねぇのか? オイオイ、俺の中のハノイヴァへの興味が急速に萎みだしたぞ、どうしてくれんだよ」
するとリグナスが嗤った。
「アースタートからしたら人間も悪魔も森羅万象のひとつに過ぎないよ?」
「ホントかよ」
殿下が憮然とする。
「何度も言ってるけど悪魔は召喚主に嘘がつけないんだってば。僕はギーズ君に嘘は言わない。事実として僕はハノイヴァ王国滅亡の理由を知らない。いや、知らないんじゃなくて"忘れて"しまっただけだけど。僕個人としては過ぎた事だしどうでもいいんだけど、ギーズ君が知りたいって言うから協力してあげよっかなぁって思っているわけでぇ」
言い終えるとリグナスはトンと床を蹴ってふわりと宙に浮き、天井の高い位置から私と殿下を見下ろす。
「ライラちゃん! 今後、幽霊狩りする時は喚ぶからヨロシクね!」
そう言うと指パッチンし、ドロンと煙を立てて消えてしまった。
取り残された殿下と私はリグナスが消えた辺りの空間をしばらく眺めてた。
煙が空間に霧散し切った辺りでようやくハッとした私は、
『滅亡理由なんてどうせ大したモンじゃないですし、契約解除してあいつ、追い出しましょう!』
と言おうとしたんだけどさ。
殿下、さっきのリグナスの発言にまた萌えポイントを見出したみたいで。
「知ってたのに忘れてしまった、か。面白ぇじゃねぇか…」
なんてブツブツ言ってる。
あ、やっぱりこのまま続行なんだぁと私は遠い目をした。
となると私にはやらなきゃいけない"交渉"があるわけで。
「殿下、幽霊狩りの助っ人の件ですが」
「ん? ああ、よろしく頼むぜ?」
「あの、それについてなんですが…」
そう言うと、ただでも怜悧な目でギロッと凄まれる。
「なんだ? てめぇ、今更断れるとでも思ってんのか?」
思ってないですってば。
(ただ、無償奉仕する気はないって事です)
殿下が悪魔に報酬を求めたように、
私だって報酬的なモノについて交渉させて頂かないと。
「殿下。幽霊狩り、お付き合いさせて頂く事、吝かではございません。その代り、ささやかながらお願いがございます」
「…言ってみろ」
「皇宮のお茶会、私が初回以降お断りし続けている事、ご存じ…ですよね?」
そう言うと殿下は目をぱちくりさせる。
そうすると怜悧な美貌が可愛い系になりますね。
眼福。
「そう言えばお前、1回来たっきりだな。なんだ? 参加メンバーの誰かにイジメでもされたか?」
アイリビィ様のお茶注げ攻撃は、あれはイジメ…て程ではないかもだし、理由としては弱いよね。そもそも殿下はアイリビィ様の事をお好きなんじゃないかなって思うわけで、ここでアイリビィ様の悪口めいた事を言うのは得策じゃないよね。だからって例の悪夢の内容なんかますます言いづらいわけで。
「ええーと、私、人見知り―――と我が父が」
「嘘だな」
鼻で笑われた。
「自慢じゃねぇが俺はけっこう初対面のやつにドン引きされる。気の弱い令嬢なんかとじゃ先ず会話なんざ成立しねぇのよ。でもお前、俺と最初っから普通に会話出来てるしな。どこが人見知りだ?」
ですよねぇ。
これはもう、事実を言うしかないか。
ただし、全部は無理だけど。




