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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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07 とある悪魔の限定召喚スクロール

「実はだな、ライラ」


 ギーズゴオル殿下は部屋の扉を開けて廊下の様子を窺った後、金髪少年と眼を合わせて肯き合い、改めて私の傍に寄り、声を潜めて耳打ちしてきた。


「メリアザンの日記ン中にはな。グランディル・サーレンシスの手記の他に、召喚スクロールも挟まれていたんだよ」

「しょ、召喚スクロール?」


 それを聞いて私は一瞬で真っ青になった。

 だけど殿下は目を細めて笑う。


「俺はな。これは面白い物が紛れ込んでいたなぁと思ったわけだ」

「で、殿下、まさか」


 ギーズゴオル殿下は顎でクイッと金髪少年を指す。


「そこにいる金髪。俺が召喚しちまった悪魔なんだよなあ」


 とんでもない事をサラッと仰った。


「ちょっ…」


 悪魔。

 よりによって悪魔。

 悪魔あああ。


 喚び出しちゃいけない最たるトンでもないモノじゃん

 こんな事バレたら普通に入牢案件じゃん

 場合によったら死刑よね?

 殿下のご身分ならそこまでいかないかもだけどさあ

 それでもいいとこ、幽閉?

 それにしたってさぁ


 殿っっ下あああぁぁぁぁ


 しかし殿下は眉をピクリとも動かさない。


 殿下の顎クイに応じるように、金髪少年の姿をした悪魔は、その場で床からふうわりと浮き上がってみせた。悪魔は宮の天井の見上げる程高い辺りまで浮き上がると、全身に赤黒い靄のようなオーラを醸しだし、そのオーラはツノや蝙蝠のような翼、尾を象り、あからさまに禍々しさを発揮しはじめる。


「僕はリグナス。少年の姿なのは君らの年齢に合せてるだけだし、実際はすんごい年上だから遺憾なく敬っていいよ? よろしくね~ライラちゃん」


 私は混乱の余り不躾にも殿下の両肩をガシッと掴み、ガクガクと揺すってしまった。


「で、でででででででで殿下。何やらかしてるんですかあ。て言うか、どこで召喚したんです? 皇宮内は結界のせいで魔術は一切使えない筈ですよね!?」


「お前、俺が神力持ちだって事、忘れてねぇか?」

「しまった、そうだったぁ。にしたってなんだって寄りによって悪魔なんかを…」

「まあ待て、俺にだって言い分はある」


 殿下は不躾な私の態度を気に留めた風もなく真面目な顔をする。


「先ず、俺は悪魔を喚び出すつもりじゃなかった。そこ、重要な」

「勝手に来たとでも仰る気ですか?」


「まぁ聞け。俺はな。お前の先祖の手記にロマンを感じたんだよ。グランディルの書き残したハノイヴァ王国の謎―――その滅亡理由を知りてぇと思った。

 だから俺が喚びたかったのはハノイヴァについて教えてくれる"何か"だよ。ヒントか示唆だけでもいい。漠然とし過ぎてて何も召喚出来ねぇなら諦められる。それだけのこった」


「なるほど」


「ところがこの召喚スクロール、召喚主の"呼びたいもの"ではなく」


 殿下は天井の悪魔に視線をくれる。


「悪魔しか喚べねぇ限定召喚スクロールだったんだよな」

「つまり殿下はあえて悪魔を喚ぼうとしたのではなく…」

「そう、不可抗力ってやつだ。な? 俺、悪くねぇよな」


 ニヤッと笑う。


「な、なるほ……ど?」


 どうなんだろう。

 なんだか言いくるめられてるような気が。


 そもそもどんな召喚スクロールだろうと適当に使うなんて事はあってはいけないわけで。良いか悪いか言ったらやっぱり悪いような。こんな犯罪を知った上で黙ってるなんて事したら、私、共犯になっちゃわない? 未来でアイリビィ様を毒殺する前にお縄になっちゃうわ。殿下には悪いけどここは法に則って当局にたれ込むべき?


 なんて考えてたら、その思考を読みでもしたのか殿下の笑顔が人の悪いものに変わる。


「ライラ、冷静に考えてみろ。悪魔を限定召喚するこのスクロールの持ち主は誰だ?」

「うぐぅっ」


 私は固まった。


 メリアザンの日記の正確な持ち主はうちの300年前のご先祖。

 その日記に件の召喚スクロールが挟まれてたってんなら、

 そのスクロールの持ち主もうちのご先祖って事になるわけで。


 あれ?


 300年昔のご先祖のせいでサーレンシス家お取り潰し?


 背筋に冷や汗が流れた。


「と、とりあえず、悪魔さんにはさっさとお帰り願いましょう!」


 すると殿下は眉を顰めてみせる。


「そうもいかねぇんだよなぁ。俺はすでにリグナスと契約しちまったよ」

「はあ!? ど、どんな願いを!? まさか魂とかかけちゃったんですか!?」

「かけてねぇから安心しろ。さすがにそこまでするかよ」


 私はひとまずホッとした。


「俺がリグナスに依頼したのは当初の予定通りハノイヴァ滅亡の理由を知りたいって事だった。だけどよ」


 殿下はチッと舌打ちをする。


「ハノイヴァ滅亡の理由は悪魔界隈でも謎とされているんだとよ」

「え、悪魔って役立たず?」


 すると天井からリグナスの「酷いなー」という声が降ってくる。


 殿下は再びチッと舌打ち。


「俺が最初に"魂はぜってぇかけねぇ"と宣言したせいでスっとぼけてんのかと思ったらマジで知らないと言い張りやがる。知らない以上はたとえ魂をかけてもらっても答えられないとまで言いやがんの。

 悪魔だし、どうせ嘘言ってんだろうと思ったら、召喚された悪魔は召喚主には嘘がつけないと言うしよぉ。一応魔塔に問い合わせたらその通りだっつぅし。

 で、面倒臭くなった俺は、このクソ悪魔に契約不成立って事でとっとと帰れと申しつけたわけだが。―――逆交渉をしかけてきやがった」


「逆交渉?」


 殿下はコクリと肯く。


「そもそもリグナスはもともと皇宮に入り込みたかったんだとよ。だけど神殿の結界のせいで悪魔は召喚されない限りは入り込めないんだと」

「なんで入り込みたかったんです?」

「皇宮には浮遊霊だの自縛霊だのがワンサカ居るだろ?」

「居ますね」

「この世に居坐る幽霊を冥府に連れ帰るのは本来死神の役目なんだそうだが」

「死神って実在するんですか」

「まぁ悪魔がいるんだから死神もいるのかもな」


 チラリと天井を見ると悪魔は相変わらずぷかぷかしてる。


「だが死神達も結界のせいで皇宮に入り込めないんだとさ。そのせいで皇宮内の幽霊は放置せざるを得ないんだと」

「なるほど」

「にしても皇宮に結界が張られてからこっち何百年か分の放置幽霊の数が多すぎて、死神達はとうとう悪魔に依頼したんだそうだ」


 私は首を傾げる。


「でも悪魔も皇宮に入り込めないわけですし。死神、本末転倒では?」


 そう言うと、ぷかぷかしていたリグナスがふわふわと降りてきた。


「後は僕が説明するよ」


 リグナスは殿下の後を引き継いだ。


「ライラちゃんの言うとおり皇宮に入り込めないのは悪魔も死神も一緒だねぇ、確かに。ただ、死神と違って悪魔には"可能性"があるわけさ」

「可能性?」

「召喚スクロールを使って死神を喚び出す人間はいないけど悪魔を呼び出す人間は実に多い」

「ああ、そういう」

「ギーズ君が意図せず僕をうっかり喚び出しちゃったみたいに悪魔限定の召喚スクロールなんてのも世の中にはあったりするわけだし? 皇宮内で喚ばれなくても、皇宮関係者に喚ばれさえすればなんとか言い含めて皇宮に入り込むとか、やりようはいくらでもねぇ?」


 そうしてチラリと殿下を見る。

 殿下は無言で腕組みしながら明後日の方向を見てる。


「真面目な話、悪魔一同、依頼は受けたもののいつか機会があったらねーってノンビリ受け止めてたんだよね。それこそ死神達もいつか機会があったらヨロシクー的な緩さだったし。

 そうしたらギーズ君が皇宮内で限定召喚スクロールを発動してくれちゃったワケ」


 リグナスはニコニコした後、


「でもねぇ…」


 次には気落ちした顔になった。


「僕としては召喚主たるギーズ君の依頼は当然叶えるつもりだったよ。皇宮に入り込ませてもらったんだし、破格にサービスするつもりだった。けど、ギーズ君の依頼、無理だった。ハノイヴァの滅亡案件なんてほんと無理。だってライラちゃんのご先祖が残した手記の通りなんだよ?


『各所に存在した筈のハノイヴァの痕跡は次第に失われ、

 今や人々の記憶から消えつつある。

 あの"傷ましき"滅亡の理由もだ。

 最近ではかの国は存在した事すら疑われ始めている。

 滅亡から30年ほどしか経っていないというのに、

 不自然な程に』


 本当にこの通りなんだよね。

 悠久の時間の中の地層からハノイヴァは何故か"無かった"事にされつつある。その滅亡理由に到っては今や誰一人憶えていないんだ。

 僕にしたってそうさ。

 僕はハノイヴァって国があった事、知っていた。

 滅亡理由も知っていた筈―――だった。

 なのに何故かいつの間にか忘れてしまってた。

 まるで"神の見えざる手"の介入でもあったかのようにね。今回ギーズ君に召喚されて、ハノイヴァについて訊かれてさ。正直驚いたよ? そういえばそんな国、昔、あったなーって。300年ぶりに思い出したというか」


 リグナスがそこまで言うと、殿下は私の方を向き、


「な?」


 と言う。


「面白ぇだろ? ミステリアスだろ? ロマンを感じるだろ? ハノイヴァの謎!」


 金色の瞳がキラキラしてて見るからにワクワクした顔だ。

 うう、可愛いし眩しいな。

 ハノイヴァはどうでもいいけど。

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