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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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79 悪魔はギャンブルを嗜む

「ギーズ君があのおっさんの事、未だに父上とか言い続けてるのどう思う? 実のお父さんの前で余所のおっさんをさぁ。あれ実はツンデレとか、そういう可能性あると思う? 実は僕の反応を窺ってるとか、そういうツンデレ息子の可能性あると思う?」


 リグナスは真剣な顔。


「殿下としては役職名みたいなおつもりなんじゃないの? "父上"という役職名の人物だと思って割り切ってそう呼んでらっしゃるんじゃないかしら」


「そう? そうかな」


「殿下は10歳まではリグナスの事を親父呼びだったんでしょう? つまり殿下にとっての父親への正式な呼称は父上じゃなくて親父なのよ。殿下がアラクネイティズ公爵殿下を親父呼びし始めるまでは焦らなくてもいいんじゃない?」


 適当な思いつきだったけど、リグナスなりに私の説明は腑に落ちる点があったみたい。


「そうかあ、そういう考え方もあるかぁ。ありがとう、ライラちゃん。僕、ちょっと持ち直したよ。いやもうほんとにさ、なんて親不孝な子だろうってまた荒療治しそうになってたところだから」


 荒療治。

 以前、リグナスの荒療治に巻き込まれた身としては、

 ジト目でリグナスを見るしかない。


(それにしてもなぁ)


 最近度々殿下が口にする台詞を思い出す。


『親より先に死ぬなんて親不孝な考えは棄てろ』


 親不孝って―――どの口が仰ってらっしゃるのかしらって。


 殿下のリグナスへの態度のどこが親孝行なのかしらって話。そんな殿下が何故だか私には親孝行を強要する。うちの家族を気遣って下さるのは有難いけど、でもさぁ、殿下って実親にも仮親にもわりかし親不孝気味なのに、なんでだかうちの両親を慮る不思議。


「何か悩んでる?」

「……殿下が死を擬態する時、どうしたら私を一緒に連れていってくださるかしらって」

「あ、まだ諦めてなかった?」

「当然よ。うん十年の孤独なんてゴメンだもの」


 そして今度は私がリグナス相手に愚痴り倒す。

 リグナスが何か有益な答えをくれるとは思っていなかったけど、

 他に愚痴れる相手がいなかったから、つい。


 そうしたらリグナスは言う。


「今のギーズ君はほとんど悪魔だよね。人間の皮がすり切れ果てて、ギリギリ人間の端くれってだけで、ほぼほぼ悪魔。価値観もかなーり悪魔に寄って来てるけど、薄皮一枚の所でギリ繋がってる最後の人間らしい部分がサーレンシスへの義理立てに全振りしちゃってるんじゃないかなぁ」


「そうなの?」


 なんでだろう。

 まさかうちの両親が殿下の理想像だとか?

 いやでもごく普通の平凡な親だと思うけどなぁ。

 勿論私には何にも代えがたい大切な存在だけど、

 他人から見て理想的かとなると正直そこまでは…

 と思うわけで。

 あるいはあの平凡さが殿下的には逆に良いとか?


 うーん…小首を捻る。


「実のところ、僕は楽観視してるよ」

「楽観視?」

「ギーズ君が死を擬態して晴れて完全体の悪魔に戻ったらさ。サーレンシスへの義理立てなんか吹っ飛ぶんじゃないかなって。天寿を全うした頃に迎えに行くと言ったがアレは嘘だ―――なんて言い出して、ライラちゃんを即連れてくと睨んで―――僕、所有魂を10個ほど賭けてる」


「賭け… え? 賭け?」


「誘拐事件の時に上空にいた奴等と賭けてる。"完全体に戻った途端、即連れてく"が堅いと睨んでいるのは僕だけじゃなく、大半の悪魔達の予想だよ。まさに本命だよ。対抗馬が"有言実行で寿命が来るまで待つ"。大穴は"ライラちゃんがギーズ君をふる"かな」


「え? なにしてくれてんの?」


 人の人生でギャンブルするなんて、この悪魔ども。


「まぁまぁ、みんな楽しみにしてるんだよ。五万年も独身主義貫いてたギーズ君がいよいよお嫁さんもらう感じって事で興味津々なんだよ」


 あはははーと笑った後、


「あ、今のギャンブルの件、ギーズ君には内緒にしてね?」


 などと言う。


「あ、ごめん、リグナス」

「え」


 言ってる端から私の耳朶がキラリと虹色に光る。

 そしてそれと同時に殿下が私の部屋に出現する。


 殿下の神力は日に日に開放されているから、今ではもう例の耳朶経由の盗聴機能はかなりの遠距離でも丸聞こえ状態。それはさすがにプライバシー的にどうよって事で、最近になって私が耳朶を抓んでる時だけ殿下に聞こえる設定に変えてもらったんだけど、私、ギャンブルの話を聞くなり、咄嗟に耳朶を抓まんじゃったのよ。

 就寝前に耳朶抓んで殿下に「おやすみなさい」って言うのが最近の日課になってるもんだから、殿下は当然この時間帯は聞き耳を立てていた筈で、つまり丸聞こえだった。


 殿下は虹色の光玉を大きく大きく膨らませた上で、リグナスの顔面に叩き付けて部屋の窓から追い出した後、私を見ると、「もう遅い。さっさと寝ろよ」そう言い置いてまた皇宮へ戻っていかれた。






 それからまた数ヶ月が経った頃、レジレンス殿下とアイリビィ様の間に男女の双子の赤ちゃんが生まれて、帝国中がお祝いムードになる。


 私もしばらくしてお祝いに出向く。


「皇女誕生という事で、もうすでに幾つかの国から婚約の打診が来ているのよ。なんと遠国(おんごく)カロファンス王国からもよ。驚くわよねぇ…」


 と、アイリビィ様。


 最初は「皇族って大変だなぁ」なんて呑気に考えていたんだけど、でも帰宅してから私はハッとする。

 殿下を説得する方法を思いついたから。

 それで殿下がどうなさるかはそれこそ賭けだったけれど。






 更に数ヶ月後、自室に殿下を呼び出した私は、にっこにこで殿下に椅子をお勧めする。

 最近の殿下は(うなじ)の辺りで長い黒髪を(くく)っていて、その姿もまた美しい。

 いつものように見惚れていると、


「カルケイビタンは元気でやってるか?」


 そう問うてくる。


「ええ、勿論。ミグリットさんとも気が合うみたいで」

「なら良い」


 実はカルケイビタンさん、今は我家が雇用してる。殿下がご自分亡き後のカルケイビタンさんの失職を憂い、サーレンシスでの雇用を打診してきたのは少し前。我家の私人魔術師ミグリットさんは移動魔術だけが残念だったから、その辺を補えるって事でけっこうトントン拍子に決まったってわけ。我家は殿下ほどのお給料を支払えないけど、その分、殿下がかなりの額の退職金を渡したらしい。


 勧められるまま椅子に座った殿下。

 だけどその後、私の提案を聞いた後は大きく目を見開き、

 立ち上がりかけ、何かを口にしかけて。

 だけど言葉を失って、そのまままたストンと椅子に座り直す。


「…お前に遠国の貴族から婚約の打診だと?」

「カロファンス王国の方です」

「最果てじゃねぇか…」


 そう、レーダーゼノン帝国から一番遠く離れた国。

 悪魔からしたらそんなに大した距離ではないらしいけど、

 人間の感覚では遙か彼方よ。


「おかしいだろ。どういう経路でお前に縁談が来た?」


「リグナスがカロファンス王国に出向いて私の肖像画と釣書をバラまきました。誰か1人くらいは引っかかってくれたらいいなぁと思ってたんですが、なんか、4~5人ひっかりかりましたので、私もなかなか捨てたもんじゃないっぽいですね、ふへへ」


 カロファンス王国の方々はみな黒髪黒瞳なので金髪や銀髪に憧れる方も多いと聞いていたし、私の場合は紫の瞳が特にポイント高かったっぽい。


「リグナスと何か契約したのか?」

「契約というか、私を息子への荒療治の生け贄にした件での借りを返してもらったというか」


「ふーん。で、嫁ぐのか、カロファンスの貴族に」


 なんでもない風に仰ってるけど、どう見ても思い切り不機嫌そう。でも以前、他の男に嫁いでも良い的な事を仰ってたもんね。今更止めろとは口に出来ない筈で。いえ、仰って下さってもぜんぜん構わないというか、殿下が私を即連れて逝くって心変わりして下さったらそこで話は終わりなんだけど。


 だけど殿下は無言。

 苦虫を噛み潰したようなお顔だけど無言。


 まぁそう簡単に折れるんならとっくの昔に折れてるだろうし、今回の私の計略の肝はそこじゃない。


「ふへへへ」

「何企んでやがる」


「私がカロファンス王国の貴族に嫁ぐとですね。多分、両親には2度と会えません」


「…そういう事か」


 殿下は私が言おうとした事を理解する。


「さすがのカルケイビタンさんでも、ここまで遠い国だとひとっ飛びでの移動は無理ですよね。魔力消費がハンパないし。そもそもいくつかの国を越えなくてはいけないので、移動魔術を使う以前に各種手続きが要所要所で事前に必要になりますし。

 皇族や王族ならその辺、免除もあるらしいですが、ただの貴族令嬢に過ぎない私じゃあ、そんな特権与えられませんからね。

 嫁いだ時点をもって両親との今生(こんじょう)での顔合わせは最後となり、後は細々手紙の往復が関の山になって、2度と(まみ)えぬまま終わるでしょうね…」


「そうだな」


「同じ事じゃありません?」


 悪魔に嫁ぐのも、

 遠国の貴族に嫁ぐのも。

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