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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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80 ギーズゴオル殿下は変節する

 皇族や王族のお姫様が政略結婚で外国に嫁ぐなんてのは普通のこと。むしろ義務と言ってもいい。あのコーデリア様ですら1度は隣国の王子との婚約がまとまりかけたのだし。

 でも、皇女や王女に限らない。ただの貴族令嬢だって、政略結婚で嫁いだ先が遠方すぎて、両親に2度と会えなくなるなんてよくある話。私が悪魔に嫁ぐ事で両親に会えなくなるのだとしても、それってそんなに特別な事じゃないじゃん―――と私は言いたいわけですよ。


「親からしたら、生きてるか死んでるかで受け止め方が違うだろうが。ライラ、俺の嫁になるって事は死ぬって事だぞ?」

「ですから。言えばいいと思うんです」

「言う?」

「俺はホントは悪魔で、嫁にする為にお前んちの娘を殺すが許せ―――と、うちの家族にいっそ言っちゃえばよくないですか」

「あのな…」


 殿下は呆れたようにこめかみを押さえる。

 だけど諾とは仰らない。

 強情だなこの悪魔。

 クソ強情だな、このクソ悪魔。


 私はなんだか泣けてきたし、

 目頭が熱くなってきたし、

 ぶわっと涙が溢れ出たわよ。


 私は椅子から立ち上がり、殿下の背後に回り込んで長い黒髪の束を抱きしめる。


「だって嫌なんです、殿下。離れたくない。せっかく私の物になったのに」

「俺だって今すぐ嫁にしてやりてぇよ。だがな。サーレンシスの家族を思えよ。毒殺未遂事件の時のお前の家族の憔悴っぷり、凄かったんだぞ…」


 それか。

 なまじソレを見たせいでこんなに強情張ってるのか。

 つまりリグナスのせいじゃんか。

 あいつが私を荒療治の道具にしたから。

 恨めしや、リグナスめ。


「うちの家族の幸せより花嫁の幸せを優先しましょうよ、殿下」

「お前は本当に自己中だよな。親不孝にも程があるだろ」


 でもうちの家族だって私の幸せを願ってると思う。娘が何十年も初恋の男を想い続けたまま平穏だけど長すぎる人生を全うするより、さっさと嫁いで幸せになった方が喜ぶと思う。

 そんなの判りそうなものだけど、人の心が薄皮一枚程度しか残ってない悪魔には判らないんだ、殿下の馬鹿。


 思わず呟く。


「親不孝とか、殿下にだけは言われたくないです」


 いや、マジで。

 これっばかりは本当の本気で。


 そしたらいきなり扉が開いた。


「話は聞かせてもらったよ!」


 バタンと窓を開けて入ってきたのはリグナスだった。

 リグナスは殿下に詰め寄る。


「ライラちゃんの言うとおりだよ、ギーズ君。どの口で親不孝とか言ってるの? お前が言うの? 親の心子知らずって、僕、お前に対して何兆万回思ったか知れないんだけど? 日頃から親を親とも思わぬ態度で親泣かしてる分際でどの口が言うの? お前が魂への書き込みをすると言い出した時の僕の憔悴とか平気で無視した癖にさぁ!」


 リグナスがめちゃくちゃいい事を言ったので乗っかる事にする。


「そーよそーよ、リグナスの言う通りだわ。死を擬態する事でアラクネイティズ公爵ご夫妻だって悲しむ事、忘れてません? その辺はさくっとスルーしちゃってるのどういう料簡なんです?」

「ライラちゃん、そっちのは親じゃないから! ギーズ君の親は僕と前妻だから!」


 あ、話がややこしくなった。






 一通りの言い合いが収まった後、私は床にしゃがみこんだ。

 殿下を説得出来なかったからよ。くっそう、殿下め。


 こうなってはもう、

 リグナスが魂10個賭けたという、


 "完全体に戻った途端、即連れてく"


 この予想が当たる展開を願うしかないって事?

 一応はこれが本命だって話だけど、

 対抗馬は"有言実行で寿命が来るまで待つ"なのよね?

 とても安心なんかしてられないんですけど。


 もしもここに悪魔召喚スクロールでもあれば、

  目の前にいる使えない二人の悪魔とは別の悪魔を喚び出して、そしてそして。

 まぁでも私にはそもそも魔力も神力もないから喚び出せないんだけどさぁ。


(ああ無力!)


 なんて考えてて、


(あっ)


 私はハッとする。


(そうよ、あの手があったじゃない…)


 私は顔を上げ、立ち上がる。

 そうして殿下をキリッと見上げる。


「なにガン飛ばしてやがる」

「熱い眼差しを送ってるだけです」


「で?」

「いい事を思いつきました」

「言ってみろ」


「ふふふ、私の耳朶には確か殿下の限定召喚式が仕込まれているんでしたよね? 殿下が死を擬態した後も、これで喚び出せば好きな時に殿下に会え…「残念だが」


「え」


 話している途中で遮られた。


「先日お前の耳朶の神紋の盗聴機能を変更する際、召喚式は抜いておいた」

「え、なんでそんな余計な真似を、この悪魔ぁ」

「完全体の俺を魔力も神力もねぇ人間が召喚なんかしたら消し飛ぶからだよ」


 万策尽きた。


 私は再びしゃがみこみ、そのまま前のめりになり、床に両手をつく羽目になる。ポタポタ落ちる涙が床の絨毯の色を変える。


 おかしいな。

 なんなのかな。

 私と殿下は相思相愛の筈なのに、

 離れたくないだけなのに、

 なんで殿下はこんなにも私から遠ざかろうとするのかな。

 いえ、判ってるけど。

 理由はもう判っているけど、

 納得いかないというか、なんというか。

 私の家族の幸せの為に、

 私を不幸にしてくれちゃってるの、

 どういう事って話なわけで。


 するとリグナスが口を挟んでくる。


「まぁまぁ、ライラちゃん落ち着いて。こないだも言ったけど、まぁ見てなって。ギーズ君が完全体悪魔に戻った時が勝負だし、僕も説得してあげるからさぁ」


 是非お願いしまぁす!―――ってトコだけど、どう宥められても今の私の不満感は抑えようがない。正直殿下のしれっとした強情な顔面に拳を叩き込みたくさえある。ぶわりと立ち上る殺意が私の全身を包む。


「わあ、凄い殺意。ライラちゃん史上最高の殺意だよ、凄いなぁ」


「殿下が死を擬態するのってあと一年強でしたっけ。こんな気分のままあと一年以上もあれこれ悩むのは精神衛生上良くないですし、殿下なんかもういっそ今すぐ死を擬態しちゃったらいいんじゃないですかね。そしたら少なくとも私は一年を無駄に懊悩せずに済みますし」


 そう言うと殿下は眉間を歪める。

 そうしてチラリとリグナスを見て、


「俺はそんなにおかしいこと言ってんのか?」


 心底わからんという顔で訊く。


「言ってる」

「ライラを気遣ってるんだぞ?」

「完全に的を外した気遣いだし。人の心がわからない悪魔が頑張って人間の情緒をなぞろうとして盛大にズレた事やってる感じ」

「マヂでか」


「この状態があと一年も続いたらライラちゃんがぶち切れてギーズ君をふる可能性すらある。諦めるんじゃなくて普通に気持ちが冷める。冷めたライラちゃんは別の男に惚れるかもね。そしてライラちゃんのあの心地良い殺意は別の男のものになる」


「な!?」


 なんでそこで「な!?」なのよ。

 私の殺意ってどんだけ心地良いのよ。


 てか、たった一年で冷めるようなヤワな恋愛感情じゃないし、

 いざとなったら本当に天寿を全うするまで待機する気はあるわ。


 でも今それを言うのは得策じゃない。

 リグナスが殿下に見えないように後ろ手でピースサインを送ってくるから、私はあえてふて腐れ顔を維持したまま、父子の会話を見守る事にした。






 結論から言うと殿下が折れたわ。

 リグナスの説得が功を奏したの。


 そもそもリグナスは前妻に逃げられた過去があるわけで、どれだけ愛し合い、子供すら出来た後でも冷められる時は冷められるんだと目尻に涙を浮かべながら力説するし、その説得力はなかなかのものだった。


「ギーズ君はさ、ライラちゃんの想いの上に胡座(あぐら)をかいてるんだよ。『引く手数多(あまた)だったにもかかわらず五万年も独身を通してきたこの俺様が、たぁかぁがぁ人間の女を嫁にもらってやるんだから、数十年の我慢くらいしろよオラァ』とか、どこかに慢心があるんだよ。

 でもさ、万が一ライラちゃんがギーズ君をフッたらだよ?

 ギーズ君、すっごい恥かくからね?

 こないだの誘拐騒動の時、上空に集まってきてた配下の奴等、ライラちゃんの事、あれが主のオンナかーってめっちゃ見てたからね? ライラちゃんの為にベルザちゃんに寛大処置したの見て、めっちゃ惚れてんなって言い合ってたからね? 昔の主なら樹海に置き去りにして餓死する所まで眺めてせせら笑ってたろうに記憶奪うだけで済ませるなんて、主、頭おかしくなったなとまで言われてたからね?

 だからギャンブル騒ぎになってんだしさ。

 あ、勿論あの場に来てなかった奴等にもあっと言う間に噂、広まったからね?」


 そしたら殿下の顔が青ざめたのよ。


「ギーズ君、万が一ライラちゃんにふられたら、配下の奴等の記憶、抜く? ハノイヴァの時みたいに? ハノイヴァの時と違って配下の記憶から抜くだけだから300年はかからないかもだけど、まぁでも100年はかかると思うなぁ」


 あははははーと笑うその顔に殿下は虹色の光玉を叩き付けた後、


「よし、ライラ。一緒に逝くか」


 コロッと手の平返しした。

次回が最終話となります。

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