81 その悲劇はあくまでフィクション【最終話】
ギーズゴオル殿下の二十歳の誕生日を目前に控えたある日、
私と殿下は馬車に乗って遠出をした帰り、
悪魔の群れに襲われて命を落とした―――
という設定で殿下は死を擬態する事になった。
なんで敵襲を悪魔にしたかというと、
殿下の攻撃特化の神力の威力についてはすでに世間に知れ渡っていて、
人間の賊相手じゃ殺せっこないって有名だったのと、
あと、殿下の配下の悪魔を起用出来たから―――ですね。
殿下は助けを呼ぶようにと御者を皇宮へ瞬間移動させる。
知らせを受けた皇宮の兵士達は現場に駆けつけるんだけど、
そこにはすでに事切れた殿下と、
殿下のご遺体に覆い被さった死にかけの私がいて、
「悪魔に攫われそうになった私を殿下が身を挺して庇ってくださいました、ヨヨヨヨヨ」
と泣いた後、力尽きて斃れる―――という筋書き。
こんな事件があったらベルザ様曰くの聖代の二大事件が三大事件になったりして?―――とちょっと思ったけど、まぁいいか。
そうして私は殿下と一緒に無事、逝きました。
知らせを聞いたうちの家族は哀しみに暮れてしまったわ。
殿下と結ばれる事しか頭になかった私でもさすがに罪悪感に苦しむ程に。
私のゆく道は殿下に続く道一本しかなくて、それ以外の道は選びようもなかったけど、後悔なんかしなかったけど、それでも心が痛んだ。
殿下は口にはしなかったけど、お顔がね。
「ほーら、見ろ」って顔だった。
それに対して反論する気にもならなかったくらい私はしょげかえったわよ。
私が幽霊の見える体質だったみたいに、実は家族も隠れ霊感持ちで、幽霊になった私の姿が見えないかなぁ…と期待してサーレンシスの城を彷徨いてもみたけれど、残念ながら私の家族は全員霊感ゼロのようで。
夢枕に立って色々話してわかり合った筈が、家族全員、朝には忘れてるという残念さ。
だけどそんなある日、ハンカチの乾く間もないほど泣き続けていたお父様が仰ったの。
「あの子はギーズゴオル殿下をかなりネチっこく愛していたろう? その殿下に命を張る程に大切にされたんだ。きっと嬉しかった筈だよ。それに二人一緒に逝ったんだ。あの子はきっと幸せだったに違いないよ。
あの子はこの世では殿下の女友達止まりだったが、案外あの世でも殿下をしつこく口説いているかもしれないよ。わははは…」
みなを元気づけるみたいに空笑い。
するとお母様もお兄様も感極まって泣きながら笑った。
「ライラは殿下に関しては蛇みたいにしつこかったものね、おほほほ…」
「我が妹ながらあの執着心はヤヴァかったですよね、あははは…」
なんだろうか、この評価。
まぁ否定は出来ないんだけど。
それから家族はようやく少しづつ立ち直って下さったのよ。
以来私は一層の努力で家族の夢枕に立ち続けたわ。
嫁いだ娘が実家の家族に手紙で近況報告するノリで、
『死後、殿下と結婚しました。今日も仲良くやってます、ご心配なく!』
って、月一くらいでね。
朝になるとみんな忘れてしまうのは相変わらずだけど、
夢の中では会えるんだもの。
家族全員が寿命を終える時まで続けたし、最期の時には迎えに行ったわよ。
そういえばお父様やお母様から何十年か遅れてイライゼルお兄様が冥府に来た時には、かのオルクランバ・テズビィ=エナゴーテイク公爵がとうとう地獄落ちしたっけ。
そうして私が生きていた時代から150年が経った頃、どこかの物語作家がネタに詰まった挙げ句、私の毒殺未遂事件をベースに毒殺完遂に脚色し直した物語を書いて発表。
あくまでフィクションとして発表されたんだけど、それから数十年経った頃、たまたま私の肖像画が発見されたせいで世間が湧いた。
これがあの物語のヒロインのモデル、
侯爵令嬢ライラ・サーレンシスなのか、
なんて麗しい美少女なんだ…
なーんてね。
殿下には及ぶべくもないとはいえ、多少は容姿に自信あったけど、まぁなんというか、事件の悲劇性から人々がどんどん美化していっちゃった感があった。
しかも時代が下るにつれ、史実の毒殺未遂事件よりフィクションの毒殺完遂事件の方がだんだんと史実扱いされちゃってさ。
なるほど、歴史はこうやって創られてゆくのねって感心したわ。
かくして私は聖代二大事件のひとつ、ライラ・サーレンシス毒殺事件の主人公となり、麗しの薄幸の美少女として語り継がれ、広く人口に膾炙する事になったわけ。
そういえば聖代の二大事件は結局三大事件にはならなかったわ。私と殿下がこの世を捨てた時の悪魔襲撃事件。―――あれは殿下が忘却の術を仕掛けておいた為、みんな徐々に忘れていき、数十年後には誰も覚えてなかったし、記録にも残らなかったという…。
それからまた何百年の日々が過ぎて、
コーデリア様の日記が発見されたり、
エリシャ様の肖像画が発見されたり。
ベルザ様の仰っていた通りに歴史が創られてゆくのをこの耳目で見たわ。
そういえば殿下と私の遺体。
生前の殿下と私は世間的にはあくまで"友達"同士だったから、殿下は当然のように皇族のお墓へ、私はサーレンシスのお墓に埋葬されちゃった。
でも本当は私達めっちゃ相思相愛だったわけじゃない? せっかく愛し合う二人がなんで別々に埋葬されなきゃいけないのってくだを巻いてたら、それぞれが綺麗な白骨体になった頃、殿下が棺から骸骨を抜き取って無事ひとつの棺の中に封印し直し、誰の手も及ばないような場所に埋め直してくれたの。
だからサーレンシスの墓地の私の墓と皇族の墓地の殿下の墓の中身は空っぽ。
私は時折想像するの。
いつかライラ・サーレンシスの墓が暴かれる日は来るかしらって。学術調査とかで考古学者が発掘許可を申請して、サーレンシス家の末裔が許可したが最後よ。
そしたらきっと世界中が注目するわよね。いまや世界規模で有名な麗しの薄幸の美少女ライラ・サーレンシスの墓なんだもの。
で、掘り起こされた私の棺の中身が空だったら今度はどんな伝承が始まるのかな。
悲劇性にますます花を添えるのかしら。
ますますミステリアスな存在になる?
そんな風に人々のロマンを駆り立てるのかなぁと想像するの。
私は普段、殿下が作り上げた異空間のお城に棲んでいる。
殿下と私の趣味を融合した結果、異空間の背景もお城のデザインもダーク系と乙女チック系が同居する謎の外観になってるけどキニシナイ。
私は殿下の黒髪が好きだから、毎日その黒髪をブラッシングしたり、結い上げたり、出会った頃みたいなポニーテールにしたり、冗談で三つ編みにしたりして思うさま楽しむ。
髪を弄る傍ら、気持ち良さそうに瞼を伏せている殿下の長い睫や形の良い鼻梁、唇、顎をうっとりと眺める。
これは何百年経っても全く飽きない。
殿下はと言えば基本的にはされるがまま寛いでいらっしゃるんだけど、時折ふと思い出したように私に訊くのよね。
「お前、例の毒殺事件の伝承、なんだったらこの世から削除してやってもいいんだぞ?」
って。
「え、なんでですか、勿体ない。私、伝承の中では麗しの薄幸の美少女なんですよ? ドラマチックでステキじゃないですか」
正直満更でもないってのが本音なわけで。
「"薄幸"のだろ? なんで喜んでんのか心底わからねぇなぁ」
不思議そうに仰る。
「お前、コーデリアの【ライラよ、震えて眠れ】にはめちゃくちゃ嫌悪感催していたのにな。お前はどっちの話でも殺されてるし、どっちの話もフィクションだって点は同じだろうに」
そんな風に優雅な様子で首を傾げていらしたけど、いやいや何仰ってるんでしょうこの方、むしろその共通点以外はぜんぜん方向性が違うでしょうに。それにこっちはヒロインだけど、あっちは悪役じゃないですか。
もともと殿下は人間の情緒に疎いご様子はあったけれど、完全体の悪魔に戻ってからの殿下ときたら、より一層……。それでも殿下はずっと私を大切にしてくれてるし、私は世界の誰よりも幸せだと思ってるし。だから私は安心してフィクションの"悲劇のヒロイン"を愉しめるのよ。
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