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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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77 人の皮を被った悪魔


 つい眺めているとグレンダーさんが私に気付いてニヤリと笑う。


「以前、会ったよね。お嬢さん」


 そうしてベルザ様の頭を撫でながら、呟く。


「この()がお嬢さんを殺そうとしたのはさぁ。お嬢さんを生きてこの場から返すわけにはいかなかったからだけど。でもそれはお嬢さんをここに置き去りにすれば済む事だったんだよねぇ。わざわざ自分の手を汚さなくてもさ」


 それはそうだと思ったわ。


「この娘はね、お嬢さんを置き去りにすると野生動物の餌食になったり、餓死したり。そんな目に遭わせるよりはと―――この娘なりに思いやったんだよね。そこは判ってやって欲しいかな…」


 ええ、きっとそうなんでしょうね。


 私が肯くと、グレンダーさんはうんうんと肯き返してくる。


 グレンダーさんは結局やっぱりいい人なんだなと思う。ひょっとしてグレンダーさんって、ずっとこうやってエナゴーテイク公爵家が闇落ちするのを食い止めてきたのかも?


 そんな事を考えていたら、


「お嬢さん、今おじさんの事、いい風に捉えてるでしょう」


 グレンダーさんが苦笑する。


「おじさんさぁ、皇宮の処刑場で非公開で処刑されたじゃん? でも当初は広場で公開絞首刑になる筈だったんだよね」

「え、そうだったんですか?」

「おじさんを陥れた張本人―――オルクランバ・テズビィがさぁ。公開処刑は勘弁してやってくれって。あいつが海賊時代に蓄えてた私有財産のほとんどを神殿に寄付した事で非公開処刑に減刑になったの」

「そうなんだ」

「絞首じゃなく斬首にしてやってくれとまで言ってたよ。まぁそれは結局許可されなかったんだけどさ。おっかしいよね、俺を陥れた本人のくせに」


 グレンダーさんはハハハと乾いた笑い声を漏らす。


 百年前、皇宮の処刑場で人生を終え、霊となったグレンダーさんは、すぐさまエナゴーテイク公爵家に飛んだという。

 勿論呪ってやるつもりで。

 だけど自室のベッドで枕を抱えて泣いてる初代エナゴーテイク公爵オルクランバ・テズビィのしょぼくれた姿を見て、なんだかとても、とてもしらけてしまったのだという。


「あれは反則だったなぁ…」


 地獄の檻の中で鋭い目をギラつかせていたベルザ様のご先祖。

 そんな風に泣く姿なんかとても想像出来ないけれど。


「それで、お前はどうしたいんだ?」


 殿下がグレンダーさんに問いかける。


「どうもこうも」


 グレンダーさんは淀んだ目のまま歯をキラリと光らせる。


「どうしようもない。

 おじさん、エナゴーテイク公爵家の者が道を外れそうになると、

 それを全力で止めたくなるだけなんだもん。

 その(おも)いのまま動いてるだけ。

 義務でもなく、信念でもなく」


 ベルザ様の頭を撫でながら、


「 ―――まぁでもいつかは気が済むさ」


 そう言って消えた。

 多分、皇宮の処刑場に戻ったんだろう。


 なんかグレンダーさん、

 エナゴーテイク公爵家の守護神みたいになってない?


 グレンダーさんが消えたので、

 今度は私がベルザ様を抱こうとしたら、


「待て」


 殿下に止められた。

 そうして少し離れるようにと指示される。


「お前に問うまでもなく、やるべき事はひとつだよな」


 そう仰る。


「ひとつ、と言いますと」

「今回の件を通報すればベルザ嬢は処刑される。それはお前が嫌だろう?」

「嫌です」

「見逃してやるのは簡単だが、それじゃあ何にも解決しねぇ。お互いにめたくそ気まずいぞ?」

「確かにそうですが。―――じゃあどうすれば」

「これ以外、手はねぇだろうよ」


 殿下は指をパチンと弾く。

 すると火花が散って虹色の魔方陣が現われる。

 

 その魔方陣は地表を滑るように拡大し、気を失っているベルザ様のみならず、遠くの方に転がされているゴロツキ達全員をもそのまま収めきる程の面積にまで膨れ上がる。


 すると空の上から歓声が上がる。


「かっけぇ、さすが俺達の(あるじ)だぜ」

「久しぶりに見たなぁ、虹色の巨大魔方陣」

「うんうん、さすがだよね、ギーズ君」

「リグナスさーん、主の事を(くん)呼び、いい加減止めましょうよぅ」

「だよな、いくら年上だからってさぁ」

「てか、リグナスさん、なんで若造みたいな外見になってんです?」

「今のギーズ君の外見年齢に合わせてるー」


 なんか色々と聞こえてくるけど、私は殿下も指パッチンするんだーとか、そういう方向に思考が搦め取られていたわ。


 大きすぎる程大きい魔方陣を展開しきった殿下は、また指を弾く。


 するとベルザ様は目を覚ました。

 周囲を見回し、呆然としている。


 拘束は解かれていないので身動きは出来ないご様子で。私に目を留めると、助けを求めるように口を開きかけ、同時に気を失う直前までの事を思い出したのか、悲痛な顔をして黙り込む。


 だけど殿下はベルザ様の心情など思いやる気はないらしい。


 殿下はふわりと地上から浮き、魔方陣の端近にいるベルザ様の近くまで空間を歩いて移動し、酷薄に上から目線で見下ろしながら、


「ベルザネート・テズビィ=エナゴーテイク」


 そうして指をさす。


「お前の闇落ちはどうやら俺のせいでもあるようだ。俺がとんでもなく美形で魅力に溢れた男だって事を失念し、お前に近付いたのは俺の落ち度だったかもな。よって温情をくれてやる。お前の中から俺への想いと記憶を消してやろう」


 え、そんな事が出来るの!?―――と思ったけど、

 そういえばそうだった。


 千年存在した国を歴史の地層から根絶せしめ、生きとし生けるものの記憶を奪い、更には死者の脳内からすら記憶を奪い、隠蔽し尽くしせる悪魔だった。


 だけどベルザ様はそんな事情は預かり知らないわけで。何を言われたのか理解すら出来ていないようにポカンとして、ただ目を見開いている。


「そうだな。ついでに前世の記憶とやらも抜いといてやるか。

 その方がお前には精神衛生上よかろうよ」


 殿下はニヤリと笑う。


「で、殿下、せめてベルザ様が納得してから…」


 魔方陣の外側からそう叫ぶと、

 殿下は私を一睨みする。


「面倒くせぇし。むしろこの処置で済ましてやる事を感謝して欲しいくれぇだ。人間のこまけぇ心の機微とか知るか、バカタレ」


 そう仰ると、問答無用で指を弾いた。

 弾いてしまった。

 そういえばこの方、人の皮を被ってるだけの悪魔だった。

 しかも隠喩じゃなくて正味。


 次の瞬間、魔方陣の中にいた者達―――ベルザ様とゴロツキ達は虹色の光に包まれる。そうして虹色の光が消え失せた頃、魔方陣の中の人達は何かに魅入られたかのようにぼうっとしていた。











 殿下とミルクレア様の婚約は、あの後すぐアーティボート侯爵家からの辞退で無事円満破棄となった。ミルクレア様は婚約に関して荷担はしていなかったけれど、殿下の事をお好きなんだから婚約自体はきっと喜んでいた筈で、破棄についてはどんなご心情だろうかとちょっと心配してたんだけど。―――ミルクレア様、ご自分が殿下に愛されてない事をご自覚なさっていたの。


 樹海のど真ん中から帰った後日、ミルクレア様は泣きながら仰ったのよ。


「私は以前、打算に負けてギーズゴオル殿下を袖にしてしまったわ。

 傷付いた殿下をお慰めしたのはライラ様よね。

 お二人が惹かれ合うのは当然の事なのよ。

 なんとか挽回したかったけど…。

 お茶会でライラ様が毒殺されそうになった時、

 ライラ様のもとへ駆けてゆく殿下のお姿を見た時、

 私の出る幕はもうないんだって―――あの時に気付いていたのよ。

 あの時打算に負けた私が悪かったのよ…」


 あ、殿下がかつてご自分をお好きだったという誤解は解けてないんだぁ。

 ……けど、まぁ今更追い打ちかけるのもねぇ。


 その上ミルクレア様はまだ思い詰めたお顔をして。


「私ったらね。

 殿下が私を想いながら独身主義を貫くと仰ったって聞いた時、

 恥ずかしながら喜んでしまったの。

 ライラ様の事はどうなさるのかと思いながらも、

 自分の世間的な体面の方が先に立って喜んでしまったの。

 なんで私ってこんなに自己中心的なのかしら。

 本当に恥ずかしい…」


 ミルクレア様という方はなんというか、けして褒められた人格ではないのだけど、良くも悪くも裏表がない。やっぱり徳はないのに得な方よね。


 エナゴーテイク公爵家が使役している―――と思われた闇の秘密組織の実体はなんの事はない、エナゴーテイク公爵家直属の騎士団だった。カルケイビタンさんの家を襲撃したのは、ベルザ様がシャム猫(かお)の仮面を使って指令を出したからなんだけど、騎士の皆さん方は『なんだかとっても偉い筋の方から秘密任務を受けたようなそうでもないような』―――という感じに記憶が曖昧になっているらしい。

 海賊時代からの裏社会との真の手蔓(てづる)はベルザ様が樹海に連れてきていたゴロツキ達の方だった。

 彼らは初代エナゴーテイク公爵オルクランバの親族の子孫で、血族としての盟約で百年経った現在もまだ水面下で繋がり続けているんだとか。


 その事を当局に通報した場合、エナゴーテイク公爵家の屋台骨がちょっぴりだけど揺らぐっぽい。

 殿下はどうするのかと思ったら、「そんな家門はゴマンとあるし、いちいち取り沙汰する事じゃねぇ」と仰った。


「えー、うちには無いですけど!」


 そう言うと殿下はジトッと私を見つめた後、鼻で笑ったんだよね。


(え? いるの? うちにもいるの?)


 でも殿下は結局話して下さらなかったわ。

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