75 あの事件、600年後にまで伝わっちゃうらしい
「私は前世でも歴史や古典が好きだったけど、この聖代には特に憧れていたわ。
だから7歳の時、ふいに前世を思い出した時はね。とても嬉しくて調子に乗って、つい色々と―――皇帝崩御や自然災害の事とか、識ってる事をしゃべっちゃったのよね。
そのせいで神殿に喚ばれて聖女認定の問診を受けさせられた時はビックリしちゃったわ。慌てていくつか嘘を混ぜてなんとか事なきを得たけどね」
当時を思い出してか、ベルザ様は眉根を寄せる。
そして仰る。
「私はね。ライラ様の事も前世で生きていた頃から識っていたのよ」
「え、私?」
ベルザ様は肯く。
「さっき言った聖代の二大事件のふたつ目よ。ライラ様は迷宮入りの毒殺事件の悲劇のヒロイン、麗しの薄幸の美少女として超有名なの」
「悲劇のヒロイン… 麗しの薄幸の美少女…」
あらやだ、なんだかドラマチックな響きだわ。
「史実の概要としては"ライラ・サーレンシスという貴族令嬢がお茶会で毒死したけど犯人も真相もわからずじまいでした"ってだけなのだけど。お茶会辞退と復帰の記録もあるにはあったけど、その理由なんて書かれてなくて、ただの情報でしかなかったわ。
だけどライラ様の肖像画が幻想的な白銀髪に紫目の美少女だったばっかりに人々のロマンと想像力を掻き立てたのよね。
詩人が詩に読んだり、ミステリーやラブロマンスとして物語化したり、戯曲化されて舞台上映されたりした結果、ライラ様の伝承は世界規模で知られる事になったわ」
世界規模?
それは凄いな。
だけどベルザ様がいつになく他人ごとのように呟くのが気にかかる。
「未来の世界ではライラ様の毒殺事件の真相を大勢の歴史学者や物語作家が挙って研究しているの。私も学説や論文をいくつか読んだわ。
だから私、皇宮の英雄門前で初めてライラ様と出会った時、すごく嬉しかったのよ」
「嬉しかった?」
「だって歴史上の超有名人に会えたのだもの。歴史上の迷宮入り事件のライラ・サーレンシス本人が目の前にいるんだもの。まるで憧れの舞台女優にでも会えた気分で単純に喜んでいたのよ。
全ての謎を抱えたまま悲劇的な死を遂げた聖代の美しき侯爵令嬢の短い人生について、後の世の人々はロマンと共に追想し、その名を呼ぶのよ。
おお、ライラ、麗しのライラ・サーレンシスよ。
貴女の呼吸が止まる時、貴女は何を思ったのか。
その紫の瞳が映した最後の光景はなんだったのか―――ってね。
ふふ。私、バカみたいよね。初対面の頃、あなたの傍にいれば歴史的事件の真相がわかるかも? なんて事も思ってわくわくしていたの」
「事件の真相、ですか」
当の私は答えを知っているんだけどな。残念先祖とメネルト様の愛憎愛執とか、他にも要因はあったけど、要するに父性愛を暴走させた悪魔に半殺しにされただけって事を。
てか、未来では私は毒殺完遂された事になってるのね。
ベルザ様は目を輝かせる。
「600年の間にライラ様の事件の真相について色々な説が生まれたわ。
最有力は無差別に毒殺された説だけど、
2番手はレジレンス殿下に失恋した事での自殺説。
ああ、それと。
エリュウト・サラザント公爵令息に片恋している令嬢に殺されたのではないかってのが3番手くらいに人気がある説よ」
「エリュウト・サラザント?」
小首を傾げていると、
「ああ、エリシャ・サウザート様の事よ」
「どういう事です?」
「"サウザート公爵家令息エリシャ様がライラ嬢に2度も婚約の打診をしていた"っていうのは聖代の史料で明らかになっていたの。
当初はただそれだけの情報に過ぎなかったんだけど、後の世の学者がエリシャ様の肖像画を発見して、あまりの美形ぶりから想像を膨らませちゃったのよね。
これだけの美形ならばさぞかし女性にもてただろう、彼を熱愛する令嬢の一人が嫉妬からライラ嬢を毒殺したのではないかってね。
で、その説を迷惑がったのがサウザート公爵家のご子孫よ。
ご子孫は先祖が毒殺事件に関わっていたなんて外聞が悪いとして不快感を示した為、学術論文以外ではエリシャ・サウザート様に関してだけ憚ってエリュウト・サラザントという仮名に捩るのが習わしになったの。
でも私、その事は忘れていたのよ。
仮名の方のエリュウト・サラザントばかり覚えていたから、本来のお名前は先日ライラ様に聞くまで思い出しもしなかったの」
ベルザ様はなおも語る。
「それでね。前世の私は2番目に人気のあった説―――ライラ様はレジレンス殿下に失恋した事を苦にした自殺説派だったのよ」
「自殺、ですか」
ベルザ様はサイドヘアを指で搦め取る。
そうして口元を隠す。
だけど笑ってはいない。
「……紺碧宮でギーズゴオル殿下に予知夢について問い詰められた時は毒殺説の方を話しておいたわ。だってライラ様って自殺するような方じゃないって、お付き合いしていく内に判ったし。
自殺説を唱えていたのはあくまで前世の私だもの。ライラ様の事を600年前にとうに亡くなった方だとしか思っていなかった頃の私の推理でしかなかったもの。―――今の私じゃないわ」
ベルザ様の目はまた虚ろになる。
「ライラ様。あなたと現実で親しくなって、あなたの事が好きになって。そうして初めて私はぞっとしたのよ。ライラ様が本当に毒殺されたらどうしようって怖くなった。―――でも楽観視もしていたの。
だって本物のライラ様が好きなのはプラチナブロンドに水色の瞳の男性じゃなくて、ギーズゴオル殿下だったから」
プラチナブロンドに水色の瞳。
一体なんなんだろう、妙に私に絡んでくるこの髪の色と瞳の色は。
私と一体どんな関わりがあると言うんだろう。
「プラチナブロンドに水色の瞳の男性を私が好きっていうのは―――そもそもどこ情報だったんでしょう。ベルザ様はご存じなんですか?」
「識ってるわ」
「ご存じなんです!?」
「水晶宮のコーデリア皇女殿下の日記が後代に発見されるんだけど。日付や前後の文字が掠れてるし、内容のほとんども拾えないのだけど。"ライラ・サーレンシスはレジレンスのプラチナブロンドと水色の瞳がお気に入りのようだ"って文字だけはしっかり読めたから、それでレジレンス殿下への片想いによる自殺説が生まれたのよね」
「ええぇ…」
それ多分、私が3歳児の頃のコーデリア様の育児記録だと思う…。
私は頭を柔らかい物で殴られた気分になったし、
チラリと殿下の様子を窺ったら、
[あのババァさぁ…]
遠い目しながら呟いていた。
「ふふ。歴史の真実が後代に誤って伝えられる事なんか一杯あるもの。迷宮入り事件のヒロインはライラ様とされているけど、実際は別の令嬢だったのかもって思ったわ。あるいは事件自体がただの作り話だったのかもしれないとも。ただの作り話がいつの間にか史実として伝わってしまったのかもしれないともね。
だからお茶会でライラ様が倒れた時は本当に肝を冷やしたし、無事生還された時には心から安堵したわよ。ひょっとしたら毒殺事件じゃなくて、真相は毒殺未遂事件だったのかもって期待したわ。だけど―――」
ベルザ様は眉間を歪める。
「本当の事を言うと、あの事件の後―――少しだけ想像してしまったの」
「想像?」
「ライラ様が死んでいたら。それは勿論ひどく哀しい事だけど―――きっとお哀しみになるであろうギーズゴオル殿下を私はお慰めする機会を得られたのかもしれないって」
「ギーズゴオル殿下を、ですか。ベルザ様が?」
「私と殿下は共通のお友達を喪った事で慰め合う内に仲良くなれたのかもしれないって」
「え。ベルザ様、まさかギーズゴオル殿下の事を?」
そう問うと、ベルザ様は私を見上げる。
眼が合った途端、その顔はあっと言う間に真っ赤になり、
両手の平でご自分のお顔を隠してしまう。
呆然としていると、殿下が耳朶通信で伝えてくる。
[…惚れられたなぁとは思ってた]
えー、そんな馬鹿な。
頑張って殿下の株下げしといたのに失敗してたなんて。
[だからお前をここに連れて来たんだよ]
結局殿下は最初から怪人にゃんこ仮面の正体に気付いていたという事ね…。




