74 私は"識っていた"だけなのよ
「嘘でしょう?」
そう仰ってからベルザ様はシャム猫貌の仮面を外す。
仮面の下から現われたのは、
ベルザネート・テズビィ=エナゴーテイク。
私の友達の顔だった。
ベルザ様は呆然としているけど、
でもこちらだって呆然よ。
「ライラ様、どうしてわかったの? どこかにギーズゴオル殿下がいらっしゃるのかしら。でもこの魔道具は魔力も神力も弾くと聞いたのだけど」
「ベルザ様に予知能力があるように、私も少し尖った能力をもっているの」
「そうなの?」
「ええ」
私には幽霊が見えるのよ。
エナゴーテイク公爵家憎しで成仏を拒んでいるグレンダーさん。エナゴーテイク公爵家の子孫はいつか悪事を働くに決まっていると、そう嘯いていたグレンダーさん。
そのグレンダーさんが今、ベルザ様の首筋にぶら下がっている。
「この仮面ね。我家が海賊だった時代から伝わる魔力切れ知らずの魔道具なのだけど。さすがにチャージが切れたのかしら」
そして、
「それとも悪い事はするなって事なのかしらね…」
ベルザ様がそう呟くと、
グレンダーさんはベルザ様から離れる。
だけど去るわけではなくて、
少し離れた場所の木に背もたれ、
淀んだ目でベルザ様を見つめている。
ベルザ様はご自分が連れてきたゴロツキ達を振り返り、
「この令嬢と話があるの。しばらく向こうへ行っていてくださる?」
そう指示を出す。
「お嬢、正体バレしちまいました?」
「ええ。でもこの樹海から逃げられるわけないわ」
ゴロツキ達は周囲の様子をぐるりと見回し、納得して数リメトルほど遠くに向かう。
仮面を外したベルザ様を見ても驚かないという事は、彼らはもともとベルザ様の正体を知っていたって事よね。
カルケイビタンさんの自宅を襲撃した闇の秘密組織はエナゴーテイク公爵家が使役しているのかしら。今この場にいるゴロツキっぽい男達は荒事担当とか?
100年前のテズビィ海賊団首領の子孫達は、百年間の大貴族生活ですっかり牙を抜かれた―――と見せかけて、実の所、まだまだ裏の社会に手蔓があったって事なのかしら。
そんな事を考えていたら、
「ライラ様、逃げないでね」
そう仰ってベルザ様は眉根を寄せる。
「ベルザ様、私をどうするおつもりですか?」
「さぁ、どうしようかしら。困ったわ」
ベルザ様は哀しそうに呟く。
「どちらにせよ、こんな所で迷子になったら2度と抜け出せないわよ。だから逃げないでね…」
「えーと、ベルザ様」
「なあに?」
数分後、私達は大木に背もたれて並んでしゃがみこんでいる。
「どうしてミルクレア様を攫おうと?」
私への友情からミルクレア様を攫った―――なんて事はさすがにある筈がないわよね。殿下は先ほど俺に惚れてる女の仕業だ―――なんて仰っていたけど、ベルザ様は殿下には興味はない筈だし。
だけどベルザ様は質問には答えず、ぜんぜん違う事を言い出したのよ。
「ライラ様、私ね。予知能力なんて無いのよ」
「ええ? でも幼い頃にいくつかの自然災害を予知して当てたって…」
「どなたに聞いたの?」
「それは… ギーズゴオル殿下から」
「そう…。殿下とライラ様は本当に仲が良いのねぇ…」
ベルザ様は微笑む。
「実はね。ライラ様の予知夢を見たというのも嘘っぱちなの」
「え、でも当たってましたよね? お茶会辞退とかお茶会での毒殺とか…」
「ふふ」
ベルザ様はまた笑う。
「おかしいと思わなかった?」
「え?」
「夢って映像で見るものよね」
「え、ええ」
「でも私が話してたライラ様に関する予知って―――映像じゃなくて"情報"なのよ」
「情報?」
「ほら、レジレンス殿下とエリシャ・サウザート様ってぜんぜん似てないと思わない?」
「似て…はいませんね、確かに」
「でも情報だけなら―――髪の色や瞳の色だけならば、似てるように感じるのよねぇ」
言われてふと思い出す。
一昨日お見舞いに来て下さったベルザ様との会話の時に、
何故だか感じた違和感を。
あの時、自分は何か大きな見落としをしていると。
そんな気がしていたのは確かで。
次には3歳から12歳まで見続けた例の悪夢を思い出す。
ギーズゴオル殿下とレジレンス殿下とアイリビィ様。
この3人を現実で見た瞬間、私は彼らが悪夢の中で見続けていた登場人物と同一人物だと確信したのよね。夢と現実では年齢が違っていたにも関わらず。だって容姿がそのものだったから。
(ああ、そういう事か…)
私はベルザ様の言いたい事を理解した。
もしもベルザ様がレジレンス殿下かエリシャ様のどちらかを夢の中で映像で見ていたのなら見間違える筈はなかったのよ。だってお二人はベルザ様の仰るとおり、本当に似ていない。もしもお二人が全く同じ髪色だったとしても、夢という"映像"でお姿を見ていたのならば、人違いなんかしようがない程にお二人は似ていない。
ベルザ様は笑う。
「私は"識っていた"だけなのよ。
皇帝崩御も、
自然災害も、
ライラ様の毒殺事件も。
識っていた"情報"を口にしただけ。
予知なんかじゃなかったのよ」
そして目を逸らす。
「なんで識っていたかというとね」
ベルザ様は頬杖をつきながら呟いた。
「私が今の時代より600年未来から転生してきたからなのよ」
「はい。―――はい?」
今ものすごい事を聞いた気がした。
したけど。
今日ってちょってボリュームありすぎじゃない?
12歳からの初恋の殿下が実は悪魔だったとか、
12歳から知ってる悪魔が殿下の実のお父さんだったとか。
今朝からとんでもない話ばかり聞いてたせいか、
感覚が麻痺してしまってて―――。
私は傍らの殿下を見る。
殿下はリグナスよりちょっと若いというだけのウン万歳の悪魔なわけで、悪魔なのに魔力無しの神力持ちという不思議悪魔で、今は人間に転生してるという吃驚な存在なわけだし、殿下ならばベルザ様の発言には片眉をピクリとも動かさないのかも―――そう期待しつつ殿下のお顔を見る。
すると―――。
[オイオイ、600年後の未来から転生? マジかよ、すげぇなぁ]
耳朶通信でそう呟いてきた程、思い切り吃驚してた。
そうか、悪魔でも吃驚な案件なんだ。
ギーズゴオル殿下がすぐ傍らに姿を隠して立ってて、しかもものすごく吃驚した顔してるなんて知らないベルザ様は語り続ける。
「レーダーゼノン帝国は600年後も続いているわ。前世の私は336代皇帝の時代に死んで、なんでだか600年過去のこの時代に転生したの。
前代の307代ラグネス11世皇帝陛下と今代の308代イグナート41世皇帝陛下、そして次代の309代レジレンス1世皇帝陛下の御代は、600年後の世界では聖代と讃えられているの。多少の自然災害はあれども戦争はなく、とても平穏な時代だったから。
聖代で取り沙汰される事件はせいぜい二つくらいよ。
聖代の二大事件て呼ばれてるわ。
ふふ。ひとつは"愚者の襲撃"事件よ。私はあれは後世の創作だと思っていたのに、まさか本当にあった事件だなんてね」
ベルザ様はぶつぶつ小声で呟いている。
「愚者の襲撃?」
「ほら、私がギーズゴオル殿下の紺碧宮へ招かれた日に起った事件―――」
「ああ、はい」
勃発からものの15分ほどで終わったというあの襲撃事件の事ね。
あまりにも愚かで無計画過ぎたから、
実は陽動だったのでは…と、今もまだ捜査が続いているって聞いたけど。
「あれは後の世では"愚者の襲撃"と命名されるわ」
「本当にただの愚者の襲撃だったんです?」
「ええ。あの襲撃犯達には裏なんてなかったの。彼らが皇宮表門に出現したのはごく単純に首謀者の1人が地図の読み違えをしたせいなの。移動魔術を担当した魔術師達への指示を間違えた結果に過ぎなかったの」
「え、おマヌケですね」
ベルザ様はくすくす笑う。
「ええ、本当に。後の世ではあまりにも愚か過ぎて架空の事件だって言い張る学者もいてね。前世の私も実はそう思っていたってわけ。ふふ。まさか本当にそんな間の抜けた事件が起きてたなんて。しかも私自身が遭遇するなんて、ね」
そう言い終えるとベルザ様はしばらく黙り込んでしまった。
そこへ殿下が耳朶通信で呟いてくる。
[ライラ。さっき怪人にゃんこ仮面が悲鳴をあげた時の脳波に覚えがある言ったろう? その、"愚者の襲撃"でベルザ嬢が叫んだ時の脳波と一致していたんだよ]
私は顔を上げて殿下を見る。
殿下は哀れむような目でベルザ様を見下ろしている。
その哀れみの理由を問いたかったけど、でもこの耳朶通信、私の方からは話しかけられないのよね。
ベルザ様は少し間を置いて、また語り出した。




