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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
73/81

73 散歩の途中みたいな感じで

 当初の予定では、私が普通にアーティボート侯爵家を訪問して、その帰り道にカルケイビタンさんに化けたリグナスが、ミルクレア様を攫うフリして間違って私を誘拐しちゃいましたー―――という筋書きの予定だったの。

 でも、いざ決行となったら、殿下が香炉を掲げる役が必要だからって、偽ライラ役も偽カルケイビタンさん役も全部リグナスが担う事になったのよね。

 

「うん、わかったぁ」


 と素直に承諾した辺り、リグナスは息子にこき使われるのを楽しんでるよね、アレ。


 リグナスは私に擬態したまま2時間ほどミルクレア様と過ごしてから辞去し、その後、カルケイビタンさんにもダブル擬態して、怪人にゃんこ仮面の指定した場所に向かった―――というわけ。


 ちなみに本物のカルケイビタンさんは、闇の秘密組織に襲撃された事を覚えていない。妹さんの不在にも気付いていない。カルケイビタンさんの意識は今、夢と現実の境目にいる。カルケイビタンさんに正気に戻ってもらうのは、妹さんを救出した後の予定。


 そんな計略だとも知らず、

 2人の狸親父達を筆頭に、

 瑪瑙宮は騒然となっている。


「サーレンシスに連絡を」

「いや、待ってくれ。サーレンシス侯爵家は前回の毒殺未遂騒ぎでかなり参っている筈だ。私のイトコも卒倒しかねない。知らせず秘密裏に解決した方がいい」

「しかしどうすれば」


 揉めてる狸達を制してギーズゴオル殿下が仰る。


「俺がいく」

「ギーズが?」


「俺の神力が攻撃に特化している事は知っているだろ? なあに、単身出向いて蹴散らしてライラを救出してくるぜ。大切な 女 友 達 だからな」


 殿下の歯がキラリと光る。

 容姿の方向性の違いで少しも爽やかに見えなかったけどね。


「ギーズぅ、お前はなんと頼もしいヤツなのだぁ。私が悪かった、まだまだ子供だと侮って、独断で婚約を決めてしまって、うう~ 父は反省したぞぉぉ」


 アラクネイティズ公爵殿下の反省の弁、頂きました。

 そして、アーティボート侯爵様も。


「殿下ぁ、婚約破棄の件、承りました、私が悪うございましたぁ」


 事件解決したらそもそも婚約破棄もする必要がなくなるって事実にホント誰一人気付かない件。一見正気っぽいけど実際には充分虹色のお香がキマッてるお二人は冷静な分析力を完全に失っている。


 そして私はわーいわーいと心の中で飛び跳ねました。わーい。






 その後、殿下と私はリグナスの居る地点へ移動。

 瑪瑙宮を出てすぐ殿下に手を取られたと思ったら、そのままひょいっとお姫様抱っこをされて、そのまま虹色の光に包まれて。

 殿下の瞬間移動を体験したのは初めてで、私はなんだか夢見心地だったわ。


 そして今、リグナスとタッチ交代した私は帝都郊外の樹海のド真ん中にいる。

 

 草木が生い茂り、地面は逆巻く波を固めたような地形で東西南北が判りづらい。もしもここに置き捨てられたらとても抜け出せないだろう。


(餓死した後、野生動物のご飯になるか、生きたままご飯になるか。どっちにしろ御馳葬だわ…)


 そんな事を考えながら、大きな大木に背凭れる。

 殿下は私のすぐ横に立ち、私の周辺に何重もの防御壁を張り巡らして守ってくれている。

 ちなみに殿下は虹色の光でご自身を包んで姿を隠してる。人間ならば聖人か聖女クラスの神力持ちか、殿下と縁を結んだ存在―――つまり私くらいにしか見えない状態なんだって。


 そんな中、殿下はまたミラクル通信ウィス… もう耳朶通信でいいよね? ―――で話しかけてきた。


[ライラ、怪人にゃんこ仮面の正体はどんなヤツだと思う?]


「えー。そんなのわからないですよ」

[仮面のせいで正体不明ではあるが―――動機を思えば見えてくる気がしねぇ?]

「動機ですか」


 なんでこんな呑気に雑談してるのかというと、実のところ誘拐事件なんてもうとっくに終わってるからだったりする。

 そもそも攫われた可哀想な令嬢は居ないわけだし、カルケイビタンさんの妹さんは私達が着く前にとっくにリグナスが救出済みだったし。

 妹さんは乱暴に扱われた様子もなく、丁重に遇されていたらしい。とどのつまり、怪人にゃんこ仮面は必要以上の悪事に手を染めるつもりはなかったみたい。それもあってちょっと気が抜けている所だし、殿下はミルクレア様誘拐の理由よりも怪人にゃんこ仮面の正体の方に興味津々のご様子なのよ。


「アーティボート侯爵家ってお金持ちですし、やはり身代金的な」

[金目当てなわけあるか。攫っといて脅迫状の用意をする気配もねぇから俺らが用意したんだろうが。てか、殺すか売り飛ばすかってカルケイビタンに言ってたろ]

「そういえばそうですね。じゃあアーティボート侯爵家に恨みのある方?」


 そう言うと殿下は鼻で笑う。


[いや、大方俺に惚れてる女だろ]


「え」


[世の中の女はな。お前みてぇに惚れた男を殺意でブン殴ろうってやつばかりじゃねぇ。恋敵の方を殴るヤツの方が断然多い]


 殿下は自信満々だ。

 なにか確信があるんだろうか。


[実はな。カルケイビタンが舌を噛み切ろうとした時、あの怪人にゃんこ仮面、叫び声を上げたんだが]

「叫び声?」

[その瞬間の脳波に覚えがあったんだよなぁ]

「脳波?」


 それは一体―――そう訊こうとした時、

 土や葉を踏む音が聞こえてきた。

 10人程度の柄の悪そうなゴロツキ達。

 その真ん中に怪人にゃんこ仮面がいて、

 ゆっくりと私の前に近付いてくる。


 怪人にゃんこ仮面の目にも殿下の姿は見えない―――筈だったんだけど、にゃんこ仮面はこちらの姿を見ると、ギクリといった風に足を止める。


 ひょっとして殿下の姿が見えているのかと私の方だってギクッとしたけど、そうじゃなかった。


「コれハ ミルくレア では ナい ライらサーレんシス ダ なゼ」


 ゴロツキ達に問いかけている。


「え、そうなんですかい?」

「まぁでもどっちでもいいじゃねぇですかい」

「お貴族のご令嬢には違わないんでしょう?」

「身代金さえ払ってもらえりゃねぇ」

「おい、今回は身代金目当ての誘拐じゃないって話だぜぇ?」

「そうだっけか?」


 げらげらげら。


 ゴロツキ達はずいぶんと野卑た印象。怪人にゃんこ仮面の手下…というわけではないのか、付け焼き刃の主従関係のようにも見える。

 そう思ってよくよく見ると、ゴロツキ達はカルケイビタンさんの自宅を組織立てて襲撃した黒づくめの男達とは明らかに毛色が違って見える。


「この () ハ ダメ だ 無関係 ダ ミルくレア で ナい ト 話 に なラない」


 なんだがこの怪人にゃんこ仮面、想像していたような犯罪者感ないんだけど気のせいだろうか。いえ、使ってる魔道具が魔道具だし、そう感じるというだけなのかもしれないけど。


 戸惑っていると―――。


[ライラ。誰か来たぞ]


 ふいに殿下が伝えてくる。

 見ると、怪人にゃんこ仮面のはるか後方に人影が見えた。


 あれは幽霊ではないかしら。

 しかも知ってる幽霊のような。


 見覚えのある幽霊が歩いてくる。


[―――皇宮の処刑場にいた男か?]


 ええ、殿下。


 彼の姿は数年前までの殿下には見えなかった筈だけど、

 そういえば今の殿下はもう幽霊が見えるんでしたね。


 百年もの間、皇宮の処刑場に居坐っているその幽霊は、特に自縛霊というわけでもない為、時々皇宮から気軽に出歩いてるようで。


 そして今も散歩の途中みたいにゆっくりゆっくりと近付いてくる。


 グレンダーさん。

 ダクネス・グレンダーさんの霊。


 グレンダーさんは緩慢な足取りで怪人にゃんこ仮面の背後まで近付くと、物憂げな仕草で両手を広げる。そしてその首根っこにぶら下がるようにのしかかる。


 じゃあ怪人にゃんこ仮面の正体は。



「ベルザ様」



 私は思わず呟いた。

 呟いてしまった。


 その瞬間、怪人にゃんこ仮面はびくりと身を震わせた。

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