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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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72 予定通りの誘拐事件

 ギーズゴオル殿下とミルクレア様との婚約が皇宮発表前ならば関係者の記憶を簡単に改竄出来た―――と殿下は仰る。怪人にゃんこ仮面とカルケイビタンさんの会話を操作した時のように。

 だけど発表後では手を加えるべき範囲が広すぎた。

 いかなる魔力神力を持っても短期決戦での全対応は難しい。

 目の前にいるたった2人の狸親父達を円滑に騙す為すら多少の小細工は必要で、それで私達はいくつかの小道具を用意したの。


 件の短冊もそのひとつ。


 つい5分前までは存在もしていなかった短冊を前に、

 殿下は悲壮感たっぷりに仰る。


「父上、俺は5歳の時、この呪言の短冊のことを相談したが、覚えているか?」

「何、なんだって? そんな事があったか?」


「やはり覚えちゃいねぇか…?」


 殿下は淋しそうに瞼を伏せて見せる。


「では俺が独身を宣言した時、父上も母上もまともに受け止めず嗤った事は覚えているか?」

「そ、それは…まぁ、なんとなく…」

「俺の独身宣言はこれが理由だ」


 殿下は机上に置いた13枚の短冊を鷲掴みにする。

 アーティボート侯爵様はごくりと喉を鳴らした。


「殿下、詳しくお聞かせ願いましょうか」


 殿下はコクリと肯く。


 部屋はゆっくりゆっくり少しづつ虹色の煙に浸されてゆく。


「始めてこの短冊が届いた時、俺は将来の花嫁の事を慮り、独身を宣言した。残念ながら父上も母上も本気には受け取らなかったが、責めるつもりはねぇよ。俺自身にしてからが悪戯(いたずら)の可能性を疑ったし、半信半疑だったからな。

 だが6歳の誕生日にも届いた。

 しかし前年に父上達に嗤われたからな。俺は使用人に箝口令を敷き、一人で枕を濡らしたよ。

 そして7歳の誕生日にも届いた。

 その頃の俺はすでに後天的に神力を目覚めさせていたから、神力を駆使して敵を追った。まぁ結局は敵の尻尾も掴めなかったわけだが」


 先ず、5歳児が花嫁を慮って独身宣言とか無理がある。

 6歳児が箝口令敷いたところで、普通はご両親の元へ報告される。

 7歳頃の殿下の神力はまだ児戯にも等しかった筈。


 とまぁ、ちょっと色々と無理がありすぎる穴だらけの殿下の説明を、だけど公爵殿下と侯爵様はただただ神妙な顔で全く疑問にも思わず聞き耳を立ててる。


 もう"始まっている"のよ、悪魔の幻惑が。


 香炉から漏れ出る虹色の煙は今や部屋中に充満し、お二人は殿下の説得力のない話に何故か説得力を見出し、少しづつ少しつづ搦め取られてゆく。


「確かに俺はミルクレア嬢を愛している。だがこの呪言の短冊が気がかりで婚約などとても申し込めなかった。幸いというのも変な話だが、かつてのミルクレア嬢は俺の事など眼中に無かったしな。

 だが馬車事件の折りはつい想いが先走り、救助に出向いちまった―――。まさかあの件でミルクレア嬢の心を得られるとは思ってもいなかったが」


 殿下はフッと笑う。


「侯爵。お前からミルクレア嬢との婚約の打診を受けてもとても承諾など出来なかったのはそうした理由だ。ミルクレア嬢を想うが故にだ」


「な、なんと、殿下。そんなご事情がお有りだったとは…」


「婚約の打診を断っていた事が幸いしてか、この呪言の送り主はミルクレア嬢をターゲットにしようとはしなかった。だがその代りに―――」


 殿下は眉間を歪める。


「―――ライラを毒殺しかけやがった」


 すると公爵殿下と侯爵様は顔色を変える。


 胡散臭い呪言の短冊が直近の毒殺未遂事件と紐付けられた事で、一挙に現実性を帯びる事になる。


「ライラは親友だ。だから呪言の短冊の件も、俺のミルクレア嬢への想いも打ち明けていたよ。そのせいで俺がライラを頼る事も多くてな。―――それで誤解されたんだろうが…」


 殿下が呟くと、侯爵様は先ほど以上に青ざめる。


「な、なんと。あの事件はそういう事だったのか? ではライラ嬢はミルクレアの身代わりで毒殺されかかったというのか?」


 まあ、嘘なんですけどね。


「ところがだ。今回の婚約発表で敵は真に狙うべき相手を見出しちまった。―――今度はミルクレア嬢が狙われる事になっちまったんだよ。すでに敵の動きは始動している」


「そ、それは一体どういう事ですか!?」


 侯爵様は血相を変える。


「俺が雇用している私人魔術師が昨日の晩に襲撃されてな。謎の怪人にゃんこ仮面にミルクレア嬢を誘拐するよう指示されたそうだ」


「怪人にゃん…… な、なんですと、誘拐!?」


 あ、侯爵様、突っ込もうとしたけど空気読んだ。

 幻惑されてる最中なのに一瞬突っ込もうとした辺り、

 伊達に宰相とかやってないなと感心しちゃったわ。


「私人魔術師は妹を質に取られた為、承諾するふりをして敵を煙に巻いて無事帰還した。そして俺に全てを打ち明けたってわけだ。―――この魔道具を見てくれ」


 そう言うと殿下はミラクル通信ウィスパーで促してきた。


[ライラ、今度は水晶玉掲げろ]


 私はリグナスから預かっていた水晶玉型の魔道具を左手で翳す。


 すると、先ほど異空間で私が見せられたのと同じ映像―――シャム猫(かお)の仮面を被った人物にミルクレア嬢を攫うよう指示され、肯いているカルケイビタンさんとの会話―――のカット版が空間に投影される。


 殿下は更に熱弁を振るう。


「そんな訳で俺とミルクレア嬢の婚約は実を結ばない。

 だが俺の側からミルクレア嬢との婚約を破棄など出来るものか。

 侯爵、どうかそちらから婚約を断って欲しい。

 俺はミルクレア嬢を想いつつ、生涯独身を貫くとしよう…」


 まぁ、殿下の生涯は二十歳までなんですけどね。


 熱弁に聞き入っている狸親父達はいつの間にかぼうっとした顔つきになり、眼はどんどんうつろになり、殿下の身振り手振りに魅入られていく。きっと今頃殿下の熱弁は妙なる音楽のように聞こえているんだろう。


 だって、


 ―――その怪人にゃんこ仮面を捕まえれば婚約破棄なんかしなくても万事解決では?


 って、誰も突っ込まないんだものね。


 やがて室外の廊下を突如バタバタと走ってくる音がする。

 足音は扉の前で止まり、ノックされる。


(ああ、来たのね)


 私はホッとしたわ。だって右手に香炉、左手に水晶玉で、さすがに手が疲れちゃってたし、たとえ嘘でも殿下がミルクレア様への愛を連呼するのは精神に来るってば。


 お待ちかねの使者は告げる。


「公爵殿下、アーティボート侯爵閣下はこちらにおいででしょうか? 侯爵家から大至急の使いが参っておりますが…」


 それまでぼうっとしていた侯爵様が少しだけ正気に返ったように眉間を歪める。

 きっと嫌な予感がしたのでしょうね。



 ミルクれア嬢 ノ 身柄 は アズかッタ

 娘 ノ 命が惜しケレば

 ギーズゴオル と ノ 婚約 を アキラめロ



 アーティボート侯爵家からの使いは上記のメッセージカードを持参して現われた。


「ミルクレアが攫われたのか!?」


 侯爵様の顔に緊張が走る。

 事が事なだけに公爵殿下も気遣うけれど、

 更に使者は言い募る。


「ですが!」


「なんだ!?」

「お嬢様は何事もなくアーティボートの城においでなのです!」

「……どういう事だ?」


「実は先ほどまでお嬢様のお友だちが来ておりまして。―――その方がまだご帰宅になっていないと―――。恐らくミルクレアお嬢様に間違われて攫われたのではないかと…」


 侯爵様は狼狽える。


「どちらの令嬢だ!?」

「サーレンシスの―――」

「ライラ嬢か!?」


 侯爵様は足元をふらつかせる。


「な、なんという事だ。うちのミルクレアと間違われてライラ嬢が!? 毒殺未遂の件すら申し訳が立たぬというのに。サーレンシス侯爵になんと申し上げれば良いのか…」


 侯爵様は真っ青になったし公爵殿下も負けてなかった。


 ライラ・サーレンシスは基本的にはただの一貴族令嬢。

 だけど皇族の遠縁ではある。

 その令嬢がアーティボート侯爵家が原因で2度も被害を被ったとなれば?


 皇宮のアーティボート侯爵家への借りは霧散する。


 勿論これも殿下の計略の内。実際の所、この誘拐騒動ではアーティボート家だってただの被害者でしかないんだけど。責任の有り処を吟味する以前に全てを曖昧にしてしまえばよい―――そう殿下は目論んだわけ。


 まぁでも本物の(ライラ)はここに居るし、ミルクレア様とお茶してたのは私に擬態したリグナスだし、脅迫状もリグナスが書いた小道具なわけで。

 目の前で真っ青になっている方々を見てると、さすがに罪悪感沸いて、心の中で謝っちゃった。

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