69 悪魔の履歴書
リグナスの今の姿は私や殿下と同じ17~18歳。
身長も殿下と同じくらい。
だから外見的に殿下とリグナスが父子に見えるわけもない。
でもリグナスの実際の年齢は5万歳を超えてるってのは知ってたし、大人バージョンの姿を見た事もあるわけで。冷静に考えたらウン万年も生きてればそりゃあ妻子がいても不思議ではないわけで。現にメリアザンさんという奥さんもいるわけで。
え、じゃあ殿下のお母さんがメリアザンさん?
いやいや待って。
殿下のご両親は瑪瑙宮に住まうアラクネイティズ公爵ご夫妻の筈。
「えーと。こいつは俺は息子同然だあ的な感じ?」
理性的にそう言ってみた私を嘲笑うようにリグナスは語り出す。
「悪魔がどうやって生まれたかは以前話したよね?」
「アースタート神の分神が劣化して悪神化した後、悪魔に昇格?」
「そうそれ。でももうひとつパターンがあったよね?」
「悪魔同士の両親から生まれる?」
リグナスは肯く。
「ギーズゴオルの母親は僕と生まれが同じだよ。だけどそこにいるギーズゴオルは、僕と奥さんとで愛を育み、睦まじく過ごした上での愛の結晶なんだよね。
つまり、彼は僕の一粒種。僕が悪魔になって約千年後くらいに生まれたんだよ」
誇らしそうに語るリグナス。
「えーと」
現在5万歳だかのリグナスが千歳頃に生まれたって事は。
えっと殿下は今何歳?
確か私と同じ17歳の筈だけど。
間違っても5万17歳とかじゃない筈で。
「リグナス、あなた」
「なーに?」
「認知症なのかしら。悪魔も認知症になるのね。殿下を息子のように錯覚を…」
「ち、違うってば!」
リグナスはバッと殿下を振り返り、指で指す。
「ほら、ギーズ君が! 僕の息子だって言われて嫌っそーな顔はしてるけど否定してないでしょ? それが証拠だよ!」
なんて哀しい証拠なんだろう。
「リグナス、寝言は寝て言うものよ?」
「起きてるし!」
「でも殿下は神力持ちよ。なのになんで悪魔なのよ」
リグナスは必死な顔をする。
「ギーズ君は両親とも悪魔の間に生まれた純血の悪魔だよ。
ただ、普通の悪魔ではなかったんだ」
「どういう事?」
「純血悪魔なのに魔力じゃなくて神力持って生まれてきたんだよ。
つまる所、先祖返りだったわけ。
存在は間違いなく悪魔なのになんでか僕らがアースタートの分神だった頃の力を持って生まれてきたんだ」
なにそれ、そんな事、起こり得るの?
ああ、ふふふ、いけない、いけない。
つい信じかけちゃったわ。
しらけている私を余所に、リグナスは熱弁を振るう。
「僕はね。ギーズ君が生まれた時はそりゃあもう嬉しかったよ。
世界がキラキラ輝いてみえたさ。
悪魔なのに神力持ちという不思議悪魔っ子だったけど、そんなの関係ない。
いいお父さんになるぞーって燃えてたよ。
でも僕、一瞬でも息子の優位に立ったことないんだけどね。
ギーズ君、生後一秒で父親を顎でこき使ってたね。
這い這い歩きのガキんちょの頃から僕を半殺しに出来たもの。
まぁもともと魔力なんて神力の劣化版て言われてるくらいだし?
勝てるわけないよね、僕、お父さんなのにさぁ。
あの頃、父親の威厳てなんだろうって何度遠い目をしたことか。
生後10年くらいまではなんとか親父って呼ばれていたけど、
それ以降現在までリグナスって呼び捨てだよ。
ギーズ君の母親? ははは、
ギーズ君が三百歳を迎えた頃くらいに他に男作って出てっちゃったぁ」
つ、つまりメリアザンさんは後妻さんなのか……。
いや、信じてない、信じてないけどね。
「以来、三百歳児を男手ひとつで」
「悪魔の三百歳ってまだ子供なの?」
「いやもう立派な大人だけどさぁ。でも僕にとっては可愛い息子なわけ。でもギーズ君、親の離婚で厭世しちゃったのかな。その頃から独身主義とか言い出しちゃって。しかも父親である僕に対してそれまで以上に一線引くようになっちゃってね。
その頃からなんとなく傍目に上司と部下っぽくも見えるようになっちゃってさぁ。ギーズ君の配下は数多いるけど、若い奴らなんかは僕がギーズ君の父親って知らない件」
上司。
リグナスの上司って確か。
ハノイヴァの魔じ…。
いやでも殿下はハノイヴァの魔神について知りたがってたじゃん。なんで本人が自分について知りたがるのよ。やっぱりリグナスの寝言かあ。
ちょっと安心。
だって殿下がリグナスの息子って正直ドン引きだもの。
「そんでさぁ」
え。まだ与太話、続くの?
「それから数万年が経過した1300年ほど前。ハノイヴァ王国が出来たわけだけど」
あ、ハノイヴァの話題来ちゃったわ。
あらやだどうしましょう。
「前にも言ったけど、建国者と縁があってギーズ君がハノイヴァの魔神として崇められる事になって千年経過。ハノイヴァ人達は自分達が崇めている魔神が魔力ゼロの神力持ちという不思議悪魔だって事、最後まで知らずに終わったなぁ」
「えーと。リグナスの妄想的に言うと、ハノイヴァの魔神と言うのは」
あ、言っちゃった。
"ハノイヴァ"ってうっかりズバリと口に出して言っちゃった。
だけど耳朶からはコーデリア様の駄物語は流れてこない。
なんでよ。
思わず殿下の方を見る。
すると殿下はこちらに背を向けて立ち尽くしたまま、
背中ごしに仰る。
「ライラ。コーデリアの駄物語朗読の件は冗談だ」
「冗談…」
私は膝から頽れる。
うっかり口にしないよう緊張し続けていた私の努力を一体なんだと。
動揺している私の横で、リグナスは真剣な顔で言う。
「ライラちゃん、妄想じゃないってば。―――そう、ハノイヴァの魔神とはそこにいるギーズ君の事だよ」
「…一昨日、あなたの上司は殿下より強いって」
「うん。だって今のギーズ君、力が全開放されてないからね」
「へー、そうなんだ」
「納得した?」
するわけないわよ。
バッカじゃないの。
まあでも殿下が大人しくリグナスに語らせてるのが気になるし?
一応は最後までは聞いてあげなくもないわ。
「ギーズ君は17年前… いや、かれこれもう18年前か。"ある目的"から人間に転生することにしたんだよ」
「転生…? 擬態じゃなくて転生?」
悪魔は人間に擬態して、人間のコミュニティに溶け込んだり出来るって以前に言ってた気がするんだけど。
「皇宮に結界が敷かれてなきゃ擬態で間に合ったんだけどねぇ」
「ああ、そういう…」
「18年前の時点、世界でハノイヴァについての痕跡を残していたのは皇宮の幽霊の脳内記憶とサーレンシスの隠し部屋の2箇所だけになってたんだよね」
皇宮と―――何故だか我家。
なんだか規模が違いすぎるんだけど。
でもまぁ、理屈は判る。
300年前、ハノイヴァについて記憶している神力持ちはうちのご先祖グランディルに限らなかった筈で。それなのにうちの隠し部屋だけが無事だったのはメリアザンさんの日記を所蔵していたからで。もしも無かったら、グランディルが部屋を封印する前に、リグナスは躊躇う事なくハノイヴァの痕跡をまるごと消していたんだろう。
嫌だわ、辻褄合ってるじゃないの。
「でさぁ。ギーズ君、残るは2箇所のみって事で一気に畳みかけようってなったものの、ギーズ君といえども皇宮の結界をぶち破るのは些か難易度が高かったんだ。
そうしたらたまたま実家に里下がり中のアラクネイティズ公爵の奥方が夢の中で『早く妊娠しますように』って祈りを捧げていてね」
リグナスの説明に補足するように、
殿下が背中ごしに仰る。
「母上は妊娠出来ない体質だった」
アラクネイティズ公爵夫人の祈りは、召喚主と悪魔との正式契約ではなく、悪魔ギーズゴオルとの利害の一致という形で叶う事になったという。
しかも公爵夫人にとってはそれはあくまで夢の中の出来事で。
当時を思い出してか、リグナスは珍しく表情を曇らせる。
「悪魔といえども転生期間中は転生体に引き摺られて上書きされ、本分を見失う可能性がある。だから予防策として自身の魂に悪魔ギーズゴオルの全データを書き込んでおく必要があった。そうしたら容姿も名前も記憶も能力も全部持ち込めるからね。
でもそれ、かなりの荒療治でさぁ。
やってる途中で力尽きて消滅しちゃう悪魔もいるから僕は反対したよ。
だけど18年前のある日、置き手紙が置いてあるじゃん。『魂への書き込み完了、行ってくる』ってね」
リグナスは慌てて殿下を探したけれど、
すでに計画は始動していた。
「人間の母体に悪魔の胎児は危険過ぎるから、持ってる力も事前に封印しとかなくちゃいけない。だからギーズ君も力を封印した上で転生したよ。
その後は十歳くらいから徐々に封印を解除していき、悪魔召喚で僕を皇宮に引き入れて、父子2人で目的を遂げる予定だった。
賽は投げられちゃってるし、僕もそのつもりで待機して、ギーズ君からの定期連絡を心持ちにしていたんだけどさ。
―――予定を狂わすアクシデントが起きちゃったんだよねぇ」




