68 後回しにしちゃ駄目な事
そして、捲し立てる。
「要するに父上は単に息子の嫁が早く見てぇだけなんだよ。ライラが嫁に来ると思ってたのが不発でガッカリしていた所にふって湧いたミルクレア嬢で嬉しかったんだよ。その上、健気で古風という触れ込みを信じるならライラの上位互換だなぁとかな。俺がミルクレア嬢に惚れた事実はねぇと万が一ゴネても、『だってアーティボート侯爵が自信満々に請け負ったから信じちゃっただけだし仕方ないよネ』で通す気なんだよ。会話のラスト付近の雑さはな、『ククク、アーティボート侯爵よ、ここはお前の思惑通り騙されてやるが、何かあった場合、全ての責任はお前におっかぶせるけどそのつもりでな』って意味で、アーティボート侯爵は『承りましたぁ』ってな。腹黒い狸同士がタッグ組んだんだよ」
「うわっ…」
知らなかったけどアラクネイティズ公爵殿下、
けっこう無責任なバカヤローだったらしい。
「まぁ、父上的にはついでに皇宮の借りを帳消しにして、手柄を上げたいってのもあったんだろうが」
そう仰った後、殿下は改めて私をじろりと見る。
「そういうお前はどうなんだ? 一応訊くが、お前、ミルクレア嬢に俺との架け橋になるとかそんなこと言ったのか? 自己中なお前が? 俺にベタ惚れなお前が?」
「言うわけないです」
すると殿下はハァと息を漏らす。
「まぁその辺は父上を騙す為のアーティボート侯爵のアドリブだろうとは思っていたが」
殿下がしみじみと仰ると、
リグナスが口を挟んでくる。
「ギーズ君、そんなおっさん、父上って呼ばなくていいよ。むしろ呼ぶな!」
わあ、リグナスが殿下に命令口調って珍しい。
だけど殿下はリグナスの発言はスルーして、
ただただとても真剣なお顔でじっと私を見る。
「納得したか?」
「…………はい」
つまり殿下は未だ独身主義で、婚約発表も殿下のご意志ではなかったと。殿下の心も身体も未だフリーなんだって思ったら、なんだかものすごく心が軽くなったし、思わず踊り出したくなったわよ。
でも殿下はいつの間にか憮然とした顔になっていた。
て言うか、やっぱり怒ってる。
そもそも殿下はこの異空間に現われた瞬間から既に怒っていたわけだけど。替え玉の話で私がすっごくしょんぼりな表情になったせいで、ちょっと、いえ、だいぶ気を遣ってくれただけで。だけど殿下は結局ずっと私に怒ってるままだったって事よね。
なんで?
夢枕の件で意地を張っても無駄だったし面倒臭いしで、
今度はズバッと訊く事にした。
「あのう、殿下。なんか怒ってますよね?」
だけど殿下はじぃっと私を見下ろすばかり。
私は思わず助けを求めるようにリグナスを見る。
するとリグナスは珍しく真顔になっていて、
しばらくして気を抜くように口を開いた。
「僕の判定ではねぇ、まぁ100%ギーズ君が悪いかな」
言われた殿下はギロッとリグナスを睨めつける。
「俺が悪いのか?」
「悪いと思う」
「どこがだよ」
なんなのこの会話。
置いてけぼりにしないでぇ。
「独身主義だとかこの世を捨てるとか、夢枕とかさ。一連のお前はとにかく判りづらい」
なんだかリグナスは私の味方をしてくれるらしい。それは嬉しいけど、今、さりげなく殿下の事"お前"呼ばわりしなかった? いやでもそういえば以前、"お前"とか"ギーズゴオル"とか呼び捨てにしたのを聞いた気はするけど。
でもあれは今となっては寝入り端の夢のような。
でも今も言ったのだし、あれはやっぱり現実だったのかしら。
「好き好きオーラをぶつけまくってくる女の子相手にこうまで曖昧じゃあライラちゃんもやる気なくすよね」
すると殿下は無言でリグナスに虹色の光玉を飛ばした。
リグナスは吹っ飛んで、異空間の壁っぽい辺りでバインバインと跳ね返ってる。
そうして殿下は改めて私を見る。
「ライラ、お前はなんなんだよ」
「はい?」
殿下はギリッと歯を鳴らす。
「お前、俺の事好きなんだよな?」
「はい」
「ベタ惚れだよな?」
「はい」
「でも婚活中なんだよな?」
「はい」
「そこまで俺に惚れててなんで婚活始めるんだ? 俺にはお前の事がわかんねぇ」
「それはだって。殿下がこの世を捨てると仰るから。ていうか殿下ったら自分が独身主義だからって私にも独身を強要する気なんですか?」
「……忘れていたよ。お前が計算高いって事を」
くらりという感じで額を抑えてる。
え? 私が悪いの? 殿下にフラレた私は殿下を思い続けて生涯独身で通すべきって事でしょうかあ? えー、そんなの嫌ですよーだ。まぁそんな事も一瞬考えなくも無かったですけど、そんなの小指の先ほど検討しただけですしい。
なんて思ってたら殿下は苦虫を噛み潰したような顔で頭を左右に振る。
「…ああいや、そんな事は後回しだ。時間が押してるって言ったよな? 昼下がりにアーティボート侯爵が皇宮に来る。それまでに作戦を」
するといつの間にか空間の壁から戻ってきていたリグナスが、
「いやいやダメでしょ。そういうの後回しにしちゃ駄目。だから話がこんがらがるんだよー」
そう言って指パッチン。
その途端、空間からビシッと張り詰めたような音がした。
「たった今、この空間の外の世界の時間を止めましたー。まぁ僕の力だと一時間が限度だけど。後々面倒な事にならないよう、君達は今からじっくりと話し合いなさい」
殿下がギロリと睨むと、リグナスはニヤリと笑う。
「ライラちゃん、ギーズ君はねぇ。好きで世を捨てるんじゃないんだよ。でもギーズ君なりに事情があってね。言いあぐねていたんだよ」
今度は殿下のフォローをし始めたわ。
その上殿下は無言だし。
てか、なんで無言なのよ。
「ふふふ。私、最早殿下への想いは諦める方向で完了しておりますし、お気になさらず」
ちょっと煽ってみる。
すると殿下に顎をやんわり鷲掴みにされた。
「お前の俺への気持ちはそんなもんなんかよ。どうりで…」
「ギーズくーん、ライラちゃんてさぁ、なんか勘違いしてるなぁって前から気になってたというか、気付いていたというか、気付きつつも面白いからスルーしてた僕も悪いんだけどねぇ」
リグナスがクスクス笑う。
「なんだ?」
殿下が視線で人の肉でも削ぐ気かってほどの眼差しをリグナスに向ける。
「ライラちゃんね。ギーズ君の"この世を捨てる"発言、誤解してる」
「なんでだよ。言葉のまんまだぞ?」
「まんまだけど。ライラちゃんはさ。世捨て人的な意味合いで捉えると思う。俗世を捨てるとかの出家的な」
「え? 違うの?」
私はポカンとした。
「マヂか」
殿下はものすごい馬鹿を見る目で私を見る。
「ライラちゃん、あのね。ギーズ君の言う"この世を捨てる"って、そういう意味じゃないんだよ」
「じゃあ一体」
「死ぬって事」
「はぁ?」
驚き呆れて言葉を失っていると、殿下も驚いた顔をしていた。
「惚れた男が二十歳前に死ぬつってんのにケロッとしてやがるからなんなんだこの女と思っていたんだが。話したのが真夜中だったし、夢でも見たと思ってんのかなとか俺なりに首を傾げていたんだが。その上、しれっと婚活始めるし。単に理解してなかったって事かよ。バーカ」
「はぁ!? わわわわっかんないですよ、そんなの」
リグナスは相変わらず笑ってる。
「ていうか死ぬって。二十歳前に死ぬ? なんでです? 殿下、ご病気なんですか? そんな…」
思わず唇が震えた。
「ライラちゃーん、本当に死ぬわけじゃないから安心して」
「死ぬって言ったじゃないの!」
「あ、そっか、ごめーん」
「もう意味がわからない」
リグナスはクスクス笑ってるけど、殿下は口を噤んでる。
「面倒臭いし、ライラちゃんにはそろそろ全部話してやったら? お嫁さんにする気はあるんだろう?」
お、
お嫁さん!?
「ななななんなの?」
見ると殿下は項垂れている。
「これはもう全部話した方が早いって」
リグナスはますますニンマリ笑う。
まるでからかい甲斐のある玩具でも見つけたみたいに。
その挙げ句―――。
「たまにはお父さんの言う事に素直に従おう? ギーズゴオル」
そう言って殿下の傍らに回り込んで額を強く突く。
殿下はといえば突かれて仰け反った頭部を秒で俯かせ、
足元を見るばかりで。
ていうか。
「今なんて?」
人は言葉の意味を理解はしても、
必ずしもその意味を正確に受け止めきれるかというと、
案外そうでもないわけで。
タマニハ
お父さん ノ
イウコト ニ
スナオ ニ
シタガオウ?
ギーズゴオル
お父さん。
お父さんかー。
お父さんって確か、お父さんだっけ?
えっとー、うーん?
なるほど、わからん。
呆然としている私を前に、
「なんなら僕が話してもいいよ? ギーズゴオル」
リグナスは殿下の額をしつこくツンツンと突く。
殿下はものすごく嫌そうな顔でリグナスを睨むけど、
何故だか否定はなさらない。
「どういう事?」
するとリグナスは可笑しくてたまらないという顔つきで曰った。
「実はさ、ギーズ君って悪魔リグナス―――すなわちこの僕の実の息子なわけだよ」




