65 ファンタスティック傀儡パワー
猫仮面の人物の特徴は―――男か女か判らない。
背丈が高いのか低いのかも判らない。
大柄なのか小柄なのか、
太っているのか痩せているのかも判らない。
何故だろう。嵩張るマントやコートを羽織っているわけでもなく、ただ仮面をつけているだけなのに、姿もくっきり見えているのに、何故だか認識がブレるというか。
その猫仮面とカルケイビタンさんが何か話している。
『アーてィボーと家 ノ ミるクれア を 攫え お前 ノ 移動魔術 なラば たやスい ハズ だ』
『それは最近、ギーズゴオル殿下の婚約者になられた方ですよね? その方をどうするおつもりですか?』
『殺ス か 売り飛ばすカ マダ 決めてイナい ガ カルけいびタン、お前 ハ 気にせズ 仕事 ヲ コナせ』
『承知しました… 言われた通りの事をすれば妹を返してくれるんですね』
リグナスが指パッチンをすると映像が消えた。
カルケイビタンさん、つまり妹さんを人質に取られたって事!?
「ライラちゃんは猫仮面をどう思った?」
「わからないわ。なんだか存在感がブレブレで」
「あれさぁ、かなり高度な魔道具だねぇ」
「魔道具…」
「魔道具といってもピンキリだし、精度にランクがあるけどさ。あの仮面はかなり凄いね。あれを被るとものすごく強力な認識阻害効果が発生して、性別も名前も年齢も何もかもわからなくなっちゃうよ。台詞もなんだかカタコトに変換されて聞こえたでしょ? その上、あの仮面を外した後でも何時間かは認識阻害効果が継続し続けるという、まさに完全犯罪用と言っていい、むちゃくちゃな仮面だよ」
「悪魔なのに正体が判らないの?」
「悪魔の僕にも、ギーズ君にもわからない」
「ええ…」
「そもそもあれほどの効果の魔道具はものすごい高燃費でね。自前の魔力なり神力なりをチャージしながら使うにしても、人間レベルじゃ限度がある。悪魔の僕でも長時間使いこなすのは骨が折れるかな。
にも関わらず、あの仮面の人物はけっこう長時間使い続けている。
そして、あの仮面にチャージされてる魔力は、メリアザンが贈られた魔道具と似た気配―――ハノイヴァの例の伯爵の魔力と同じ匂いがする」
「ええ!?」
高純度過ぎて百年は魔道具に追加チャージ不要と言われたあの魔力!?
「今思うとだけど、あの伯爵。気軽に魔道具をメリアザンに与えたくらいだし、沢山持ってたんだろうな。そしてハノイヴァ滅亡後、伯爵の―――魔力フルチャージ済みのコレクションが世間に散らばったのかも知れないね。そしてあの仮面はその内のひとつだった可能性あるよ」
そんなとんでもない魔道具を持つ人物がミルクレア様を狙ってるなんて。
「猫仮面との会話の後、カルケイビタン君はなにくわぬ顔で自宅に戻り、翌日もしれっと出勤してきたよ。ギーズ君が自分に目印をつけていた事も、猫仮面との会話をまるっと聴かれていた事も知らずにね」
「カルケイビタンさん…」
カルケイビタンさんは妹さんの為に働いていたわけで。殿下と妹さんを天秤にかけたら、そりゃあ妹さんの為に殿下を裏切るのも仕方が無いような気もするわけで。
でも裏切られた殿下がカルケイビタンさんを許すとは思えないし。
ああ、どうしたら。
私がパニックになっていると、
「なんつって」
リグナスがぷぷぷーと吹き出す。
「実はカルケイビタン君、裏切ってないんだけどねー」
「はぁ!?」
クスクス笑いながら指パッチンする。
「さっきのは部分を切り取った映像でしたー。ノーカット版はこちらになりまーす」
リグナスは再び指を弾いて映像を映す。
今度はカルケイビタンさんの自宅が黒づくめの男達に襲撃を受ける場面から始まった。男達はなにやら組織だったフォーメーションでカルケイビタンさんの自宅を包囲し、潜入する。
え、何これ、闇の秘密組織?
憧れの闇の秘密組織じゃない?
実在したんだ、闇の秘密組織!
私の興奮を余所に映像は続く。
カルケイビタンさんは妹さんらしき女性を伴って異動魔術で逃げようとするけど、先んじて妹さんを人質にとられてしまう光景。
そのままカルケイビタンさんは郊外の廃屋に運び込まれ、大勢の男達に囲まれる光景。
そして男達を掻き分けて猫仮面が現われ、会話が始まった。
『アーてィボーと家 ノ ミるクれア を 攫え お前 ノ 移動魔術 なラば たやスい ハズ だ』
『それは最近、ギーズゴオル殿下の婚約者になられた方ですよね? その方をどうするおつもりですか?』
『殺ス か 売り飛ばすカ マダ 決めてイナい ガ カルけいびタン、お前 ハ 気にせズ 仕事 ヲ コナせ』
ここまでは最初にリグナスが見せてくれた映像のままだった。
だけど。
『そんな事は出来ません。そのような事、俺には出来ません』
『お前 ノ 妹 ガ ドうなッテ モ 良い ノカ』
『良くはありません。ですが殿下あっての俺達です。加担など出来ません』
『言ウ 事 ヲ 聞かなイなラ お前 ノ 妹 ヲ 外国 ニ 売り飛ばス』
カルケイビタンさんは目を見開き、
悔しそうに歯ぎしりをしている。
だけど次には笑った。―――泣きながら。
『ギーズゴオル殿下は並のお方ではない。妹のことはきっと殿下がなんとかしてくださる。だから俺はここで』
そう言うと、カルケイビタンさんは大きく舌を突き出して―――。
「きゃあ」
思わず目を瞑るけど、「ライラちゃん、安心して」そう言われ、私は再び目を開ける。恐る恐る映像を見ると、カルケイビタンさんが舌を噛み切る直前、廃屋の中が虹色の光で満たされた。
そして気がつくと会話が巻き戻っていた。
『アーてィボーと家 ノ ミるクれア を 攫え お前 ノ 移動魔術 なラば たやスい ハズ だ』
『それは最近、ギーズゴオル殿下の婚約者になられた方ですよね? その方をどうするおつもりですか?』
『殺ス か 売り飛ばすカ マダ 決めてイナい ガ カルけいびタン、お前 ハ 気にせズ 仕事 ヲ コナせ』
『承知しました… 言われた通りの事をすれば妹を返してくれるんですね』
私は首を傾げる。
「え、これってどういう事?」
「ギーズ君が時間操作して途中のカルケイビタン君の忠誠心熱い台詞をカット。そのままカルケイビタン君の意識を乗っ取ってギーズ君が代りに発言したの。ファンタスティック傀儡パワーとかクソダサな事を言いながら」
「殿下、そんな事まで出来るんだ…」
最早ネーミングセンスに突っ込む気はない。
「時間操作と台詞カットの方は… 名前忘れたけど、勿論ダサかった」
最早ネーミングセンスに突っ込む気はないので報告要らない。
「怪人にゃんこ仮面… あ、これもギーズ君の命名ね。つまりギーズ君が怪人にゃんこ仮面を騙したわけ。カルケイビタン君が彼らの手に落ちたと思わせる為にね」
そうしてリグナスは指パッチンする。
映像は消え、「はい、説明終了」と言う。
話が終わったのなら元の空間に戻してくれるのかと思ったら。
異空間の中にぼわっと虹色の光が生じ、
次の瞬間にはギーズゴオル殿下が現われた。
生い茂る背の高い草を掻き分けるような無造作な所作で空間を開く。
「ええ?」
思わず声を上げちゃった。
皇宮の貴賓室からサーレンシス城に戻って以来だから、かれこれ2週間ぶりくらいだろうか。相変わらずの眩しい程の美貌が私の視神経やら五体やらを貫いてくる。しかも今日は眼帯無しだし。でもこの方、もうミルクレア様の物なんだよねー、あはははは。
くっそ、殺したい。
だけど、立ち上る私の殺意をものともせず、殿下は私をじろりと見下ろす。ただ見下ろすだけじゃなく、少し睨まれた気すらした。
え?
なんで私が睨まれるの?
殿下に見事に騙された哀れな悲劇のヒロインたる私がなんでよ、くっそう。私だって睨み返してやる気満々で―――いたんだけどね。殿下の表情はいつもより冷たい気がして怖じ気づいちゃった。もともと怜悧な顔立ちの人が意識して冷たい表情をするのって、ほとんど凶器だなと思ったわ。
殿下は私の気も知らずにふいっと目を逸らす。
「遅えよ、リグナス」
「ごめーん、説明に時間かかって。アハハ」
時間がかかったのってリグナスのせいよねぇ?
て言うか、この二人、なんだかんだと元鞘に戻ってる?
なんだか昔の3年間を思い出すなぁ。
なーんて思っていたら、ようやく殿下は私に話しかけてきた。
「ライラ」
「はい」
「ミルクレア嬢の件についての詳しい事情は一昨日の夜、お前の夢枕に立って説明したから二度は必要ないな?」
殿下が突然よくわかんない事をおほざきになった。




