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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
66/81

66 誰かの為に誰かが身代わりになる的なアレ

 ミルクレア様の件がなんですって?

 て言うか夢枕?


「えーと」


 夢枕。

 ひょっとして野菜の夢の事?

 つか夢枕って。


「あれ、ただの夢じゃなかったんですか。殿下、夢枕に立てるようになったんですか?」

「最近な。ドリーム神託アタックと名付けた」


「ダッサ」


 はっ!? 私ったら思い切り素直に言ってしまった。今の殿下はなんだか普段より怖い感じだから思っても言うつもりは無かったのに、つい口を突いて転がり出ちゃった。


 ま、まぁいいか。

 殿下がじろりと私を睨んだけどキニシナイ。


 それにしても夢枕。

 夢枕か。


 ただの夢だと思って深掘りしなかったせいか、今となっては野菜の夢だったなーという印象しか残っていない件。


 登場人物は確か殿下お一人で。


 その殿下が何か色々話していたのよね。

 ミルクレア様との婚約がどうのこうの。

 あと他に―――お父上がどうのこうのと言ってたような。


 殿下のお父上と言うとアラクネイティズ公爵殿下よね。


(で?)


 人参と? 芋と? キャベツ?

 殿下、野菜がどうかしたんですか?


 そう訊こうかと思ったけど。


「状況説明の共有が済んだんならここから本題だ」


 殿下が宣言をする。


「えーと」

「何だ?」

「いえ別に」


 なんか訊けるタイミングを逃した気がする。

 でもこれ私、悪くないよね?


『夢枕が使えるようになった』


 キリッ


 とか言って、ぜんぜん伝わってないの、殿下の実力不足であって、私のせいじゃないよね? どっちにしろ私を騙した事への言い訳を伝えてきただけなんだろうし、どうでもいいし。殿下のバーカバーカ。


 なーんて内心で悪態をついてたら、


「とりあえず、ライラ。お前にはミルクレア嬢の替え玉になってもらう」


 殿下が仰る。


「替え玉?」


 替え玉というとなんかこう、

 誰かの為に誰かが身代わりになる的なアレ?


 謎の怪人にゃんこ仮面が愛しの婚約者を攫おうとしているから、お前、身代わりに攫われてこいって事?


 わぁ、ビックリ。


 いや、本当に吃驚して固まっちゃった。だって冥府にまで迎えに来てくれたくせに、今度は婚約者の為に身代わりになれってどういう事? 意味不明なんだけど。


 チラッとリグナスが見ると苦笑してる。


 そして私はある事実に気付いた。

 気付いてしまったのよ。



 私がとんでもなく、

 それはもうとんでもなく思い上がっていた事に。



 殿下が冥府まで迎えに来てくれた事で、いつの間にか私は殿下にとって大切な存在なんだと。恋愛対象じゃないだけで、とってもとっても破格に大事な存在なんだと思い込んでた。


 でも、なんの事はない。

 本当の所、

 ただの責任感からだったのね。


 殿下は私の舌に神紋を刻んで「大丈夫だ」とまで仰った。だけど結果、ああなったわけで。だから殿下はご自身の発言の責任を取る為に私を冥府まで迎えに来て下さっただけの事だったのよ。私の事が大事というよりも、自身の発言の責任を果たす事の方が殿下的には意味合いが強かったって事よね。


 今更ながら思う。


 私、長い付き合いと殿下の見かけによらない寛容さにいつの間にか胡座をかいてたみたい。ただの臣下の分際で、裏切られただの、騙されただの。たぁかぁがぁ臣下のくせにほんと何思い上がっていたんだか。

 殿下が許容して下さってるからって図に乗って被害者ヅラしてツンケンしちゃって。殿下なんか今この場で私を無礼討ちしても誰も罪に問えないようなお立場で。それなのにこんな私ごときを殺す為に殿下がリグナスに魂をかけたんじゃないかなんてすら一瞬でも思ったくらいのマヌケで。


 私の心の内で殿下に対する怒りが憑物が落ちたみたいに沈静化した。


「仰せのままに、殿下」


 私は礼をする。


 穴があったら入りたいくらい恥ずかしい筈なんだけど、自分でも吃驚するくらい気持ちが鎮まってて、そのせいでなんとも言いがたい微妙な表情でも浮かべていたのかな、私。


 私のしょんぼりした顔を見た殿下は少し眉根を寄せて、


「…お前には護衛をつけるから安心してろ?」


 怒り顔のまま気遣って下さった。


 ついさっきまでの私なら「殿下の安心しろはいまいち信用なりませんけど~」なんて憎まれ口を叩きかねなかったなぁ。ふふふ、私のバーカ。


「護衛ですか。一体どんな」


 アレかな、使えない護衛兵かな。

 残念な護衛兵かな。

 しょうもない護衛兵かな。


 たかが私ごときの為につけて頂けるんなら、アリンコの兵隊でも伏して拝ませて頂きますよ、ふふふ…。


 などと腐していたら、


「俺」


 殿下が仰る。


「え」


 どういう事?


 横で眺めていたリグナスがぷぷぷと笑う。


「良かったねーライラちゃーん。愛しの皇子サマがライラちゃんの護衛だー」


 リグナスが楽しそうに手を叩く。

 殿下は「俺がライラを危険に晒すわけないだろうが」そう頬を柔く突く。


 嬉しいけど。

 嬉しいけどさぁ。


 ちょっと涙出そうになったけどさぁ。


 殿下、さっきまでの冷たい眼差しはどこへやら。


 くっそう、絆されてなるものかあ。どんなに優しくしてくれたってあなたはミルクレア様の物になるんじゃないの。身の程を弁えるのと私の殺意は別物ですからね。






「ではこれよりは作戦会議なわけだが」

「作戦会議?」

「……ドリーム神託アタックで伝えておいただろ?」

「は、い…………?」


 なんだろうか。


 ヤヴァいな、これ。

 マッズイな、これ。


 当惑している私を置いてけぼりにして殿下は話を続ける。


「喚び出しておいたアーティボート侯爵が昼下がりには皇宮に来る。あと5時間ほどだ。それまでに段取りを詰めとくぞ」


 段取りって。


 何の話です?


 本格的に意味不明だな、この状況。とっとと「あのー、夢枕ってなんの事でしたかー?」とか訊いた方がいいよね、これ。


 そうは思うんだけど、なんというか、

 私もちょっと意地になってるというか、

 訊いたら負けっていうか。


 殿下が何を言わんとしてるのか―――わかったフリして肯いてりゃだんだんと全体像が見えてくるかもなーとか、そういう感じで誤魔化しきれたらいいなぁとか。


「なるべく円滑に婚約解消にもっていくのが目標だ」

「ん? あれ? 婚約解消? 誰と誰がです?」


「俺とミルクレア嬢だが―――。他に誰がいんだよ」


「え、いや。でも。え?」


「…なるだけスムーズかつ穏やかにアーティボート家とミルクレア嬢にこの俺を諦めさせる。ついでに以前に皇宮が作ったアーティボート家への借りを無効化すると。一昨日、ドリーム神託アタックで説明したよな?」


 駄目だ、全く意味わかんない。

 正直に事実を述べるしか無いわ、これ。


「殿下、一昨日、夢枕でなにやらご事情を話して下さった―――との事ですが」

「ああ」

「えーと。私には野菜についてのお話だったなぁと」


「野菜」


 殿下はその怜悧な目を四白眼にして呆然とした。


「ちょっと話が見えねぇんだが」

「私もです。殿下が"作戦会議"と仰って以降のお話の流れがぜんぜん理解出来ていません」


 見るとリグナスがこちらを指さして声もなく笑っている。

 だけどそんな様子などものともせず、

 殿下は私を真っ直ぐに見下ろしてくる。


「お前、一昨日の夢の内容覚えてるんだよな?」


「ほんのちょっとは覚えてますよ。なんか、人参だの芋だのキャベツだの。でも全体的に意味不明でした」


「伝わってねぇじゃねぇか…」


 殿下は一昨日、私の夢枕に立って私にミルクレア様との婚約の経緯について説明した上、今日、婚約破棄に向けての作戦会議をすると私に告げていたという。


「ええ?」


 殿下はびっくりしている私の顔を呆れたように見下し、はぁーと疲れ切ったように息を吐く。


「わかってねぇならなんでさっさと言わなかった?」


 そう言ってまた私の頬を摘まんでやんわりと捻り上げる。


「くっそ、素直に口で説明すれば良かったぜ…」

「ギーズ君、夢の操作とか不得意だもんねぇ、あーっはっはっ」

「俺のせいなのか?」


「だって僕、こうなると思ってた。だってギーズ君がライラちゃんにドリーム神託アタックかけた時の光、金色止まりだったし」


 金色の光? なんだか覚えがあるような。

 そういえば一昨日、リグナスが消えた後、

 バルコニーが金色に光ったし、

 野菜の夢を見たのはその後で―――ちょっと待って。


「あの時ひょっとして殿下、あそこに居たわけ?」


 殺しの依頼とか、遺体保存して鑑賞したいとか言ってたの、

 全部本人にまるっと聴かれていたって事?


 私は思わず顔真っ赤にしてしゃがみこんだわよ。

 するとリグナスは呆れたように、


「普通、青ざめるべき場面だよね」


 そう言って更に爆笑する。


「金だと? 畜生、失敗してたのかよ。リグナス、てめぇ、なんで報告しなかった!?」

「そんなの面白いからに決まってる~」


 リグナスは異空間の中を大笑いしながらジグザグに飛ぶ。

 殿下は両手の平で虹色の光玉を捏ねてリグナスの背中に連打した。






 しばらくして一通り落ち着いた頃合い、「俺とミルクレア嬢との婚約は狸親父どもの陰謀に()る」―――殿下はそう仰った。

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