63 夢もうつつも寝ても覚めても
「つまんない。使えない。役たたず」
私はリグナスを罵るけれど、リグナスはへらへら笑うだけ。
「ごめんてば。とりあえず交渉は決裂って事で」
私は唇を噛む。
「…じゃあ他の悪魔を紹介して」
「うわ、諦めないねぇ」
リグナスは本気で呆れたように眉根を寄せる。
「だってぇ…」
なんかもう来世なんか要らない気がするのよね。
殿下が私の物にならない事より、
あの殿下が私以外の誰かの物になり得るというこの世が厭。
生きてるのが虚しい。
「そうだ、リグナスの関係者はどうなの?」
「関係者?」
「昔、しょうもない理由で滅んだしょうもない国に崇められてたあなたの関係者」
「ああ、僕の上司の事か。何? 上司でもハノイヴァの魔神でも好きに呼べばいいじゃん。なんでそんな婉曲な表現するの?」
「どこぞの嘘つき皇子殿下と変な誓約交わしちゃったから、あの件は一切口にしちゃ駄目なのよ」
私がさりげなく耳朶を弄ると、
「ん? んん? ああ、そういう事」
リグナスは合点がいったようだ。
「その方なら殿下よりもお強いんでしょ?」
「強いけど。でもなぁ…」
「何よ」
「う、う~ん…」
言い合ってたら、ふいにリグナスがベランダの方に視線を送る。
どうしたのかと釣られてそちらを見ようとしたら、
次の瞬間、
「ライラちゃん、ゴメンネー、また近い内に!」
リグナスは出し抜けに指パッチンして消えた。
いきなり消えてしまった。
何しに来たのよ、あんにゃろう。
そう思ったのとほぼ同時にバルコニー側が不自然に光る。
虹色だったら殿下かと思うところだけど、光の色は金色。
ほんの一瞬だったから気のせいだったのかもしれないけどね。
その後、結局また私はフテ寝してしまったんだけど。
けっこうおかしな夢を見たわ。
夢の中にギーズゴオル殿下が出てくるんだけど、ミルクレア嬢の事は誤解だと必死に弁明してくるの。でも説明を聞いても何がどう誤解なのか言葉の意味が全く判らないのよ。
だってさ。
『つまりだな。俺とミルクレア嬢の婚約は人参が三本落ちていたせいだ。そしたらそこへミルクレア嬢の父親が芋を三個持参して現われた。それを父上が勘違いして、キャベツを千切りにしちまったせいなんだ』
コレよ、コレ。
なにがなんだか意味不明。
でも夢の中の私は何故か納得してるのよ。
『そうなんですか。そうだったんですね。いやだ、私ったら。でも安心しましたぁ』
こーんな風に私は何故だか心の底から喜んでいて、殿下を殺して遺骸を永久保存して愛でようなんて考えはすっかり失せて、嬉し泣きしながら目覚めたの。
起きてしばらくの間は脳味噌がいまいち動いてなくて、私ったら「そうかあ、ミルクレア様との婚約は間違いだったんだぁ」なんて喜んでいたのよね。
でもだんだん正気になってきてさ。
殿下の弁明なんかただの夢の中の事だったと気がついた時には、「目覚めるんじゃなかったなあ」って思ったわ。ずっと夢の中に棲んでいたかった。
「てか、人参と芋とキャベツがなんだってのよ…」
夢。
夢って意味わかんない。
幼い頃からの悪夢とか、
ベルザ様の予知夢とか、
今見た野菜の謎夢とか。
私って生涯"夢"に翻弄され続けるのかしら。
もう勘弁して欲しい。
悪魔すら「強すぎて殺せない」と断言するギーズゴオル殿下を私如きが殺せる筈もないわけで、だから無力な私はいたずらに殺意を滾らせる他なくて、だから日々は平和に過ぎてゆく。
その翌日、ベルザ様が会いに来て下さった。
「ベルザ様、度々申し訳ありません」
「ご心労なのでしょう? 皇宮の発表を聞いた時は私もとても驚きましたし、無理ないわよ。ライラ様、独身主義だからとギーズゴオル殿下を諦めたのに、こんな事になるなんて」
心底気遣って下さってる。
「それで、その」
「はい?」
ベルザ様はとても言いにくそう。
どうしたのかなと首を傾げていると、
意を決したように仰る。
「ライラ様はその、心情的に今それどころじゃないのかもって思うのだけど」
「はい?」
「ご縁談はやっぱりこのままエリシャ・サウザート様と?」
「ああ…」
エリシャ・サウザート様。
ここしばらく存在ごと忘れていたわ。
「…そうですね。とりあえずお顔は良いので一応候補に」
独身を通そうかなぁとほんのちょっと検討しかかったけど、殿下が騙し討ちのようにご結婚なさるのに、この私が独身のままってすっごい馬鹿みたいだしね。
まぁ実際の所どうなるかなんて判らないけど。
ぼんやりそんな事を考えていると、
ベルザ様が眉を顰めている事に気付く。
「ベルザ様?」
お顔は良いので一応候補に―――はなかったかな。もう少し取り繕った候補理由を挙げるべきなのに容姿重視みたいでさすがに顰蹙物かしら―――なんて思っていたら。
「……エリシャ様は止めた方が良いと思うの」
とても思い詰めたお顔で言われてしまった。
「え」
「他の男性にした方が良いと思うの」
「え」
ひょっとしてベルザ様、エリシャ様の事が好きだった?
いやでも先日のお茶会では特にそんなご様子はなかったような。
「エリシャ様って何か悪い評判が?」
「いいえ。容姿は派手だけど性格は地味って噂くらいしか知りません」
「ではどうして?」
「反対理由はあの方のご容姿です」
容姿。
「エリシャ様は髪色はレジレンス殿下より濃い目だけど、瞳はそっくりな水色だと聞きました」
そう仰いつつ、
ベルザ様は渋面をつくる。
「私の…」
続きを話そうとして、だけど躊躇うように口を噤む。
しばらく渋面のままだったけど、でも意を決したように。
「私の―――例の夢」
「は、はい」
また夢ぇ。
ちょっとうんざりしたけどグッと耐える。
「あの夢の中に出てくるプラチナブロンドと水色の瞳の男性が―――エリシャ様の可能性もあるのかもって」
「え」
私は動揺した。
「で、でもエリシャ様、どちらかというと金髪ですよ。プラチナという程では……」
「色の名前なんて主観で変わるわ。たとえば黒髪だって純黒と濃い目の褐色では暗がりではそんなに違って見えません。
もしもエリシャ様が私の夢の中に出てきたプラチナブロンドに水色の瞳のご当人なら―――それなら私のあの夢は終わっていないのかもって」
「ああ…」
私はベルザ様の言わんとすることをようやくにして理解した。
理解したけど。
「ライラ様はエリシャ様を今後お好きになるのかもしれない。毒殺事件はこれから起るのかもしれない。そうしたらライラ様は今度こそ本当に死んでしまうのかもしれない」
ベルザ様は眉間を歪める。
「ごめんなさいね。当たるかどうかもわからない予知夢でさんざん振り回しておいて。それなのにまだ振り回そうなんて…」
「ベルザ様……」
夢の話は正直お腹いっぱいではある。
だけどものすごく心配してくださってるのは感じるわけで。実際、私だって3歳から見ていた悪夢を真に受けて右往左往していたわけだし、方やベルザ様はいくつかの予知を当てた実績のある方なんだし、むしろお気持ち、有難くさえある。
あるけど。
何でだろうか、妙な違和感を覚えるんだけど。
ベルザ様の想いを疑うわけじゃなくて。
そこじゃなくて。
プラチナブロンドと水色の瞳。
水色の瞳はこの際、横に置くとして、
問題はプラチナブロンドよね。
レジレンス殿下の髪色はプラチナブロンドとしか言い様がないけれど、エリシャ様の髪色はどちらとも言い難く、割と微妙で。
でも重要なのはそこじゃない気がする。
なんだろう。
私は何か大きな見落としをしている気がするんだけど。
私の困り顔をどう思ったのか、
ベルザ様は自嘲する。
「こんな理由で結婚のお相手を選別しろだなんて、さすがに頭が可笑しすぎるわよね?」
そう呟いてご帰宅された。
それでしばらく考え込んでしまって、その間はギーズゴオル殿下の事は忘れていられたわ。
でもやがて私は当たり前のようにまた殿下への殺意を滾らせ始めたの。
夢、夢、夢。
現実で殿下を殺せないなら、せめて夢の中だけでもって―――そう頼めばリグナスはさすがに叶えてくれるかしら。




