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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
62/81

62 使えない悪魔

 私はベッドに寝たまま、ずっと天井を見上げていた。見上げていたけど天井なんか視界に入っちゃいなかったんだけど。天井に思い浮かべるのはギーズゴオル殿下の美しくも憎ったらしい顔だけ。


 私の気絶で家族は全てを理解した。


 読みが当たってたのはお母様ではなく、お父様とお兄様の方で、私がギーズゴオル殿下の事を大好きだった事、失恋したから婚活を始めたって事。


 まぁでもお母様の読みが外れたのは仕方が無かったのかなとも思う。


 お母様は私の世話をする為に皇宮に居残ってくれていたわけで、すでに告白と玉砕の儀式を済ませていたとも知らず、すっかり憑物が落ちたような私の様子をその目でご覧になっていたせいだものね。


 ギーズゴオル殿下。


 殿下ぁ、独身宣言どこいきました?

 俗世を捨てるとか言ってたの、あれは何だったんでしょう?


 騙したの?


 人に告白させといて?


 告白。


 そーよ、そーだよ。


 私は少なくともあの場では殿下に告白しようなんて頭になかったわよ。いずれ機会があればとは思っていたし、別にいいかと思ったけどさ。わっざわざ『お前、俺に惚れてるだろう?』とか言ってまで自分から促しといて。


 ていうか実はあの時、まさかお断りされるなんて思って無かったからね?


 わざわざ殿下の方から告白促したんだし、当然OKもらえるのかなーってちょっとだけ期待していたしさ。


 でもより強固な独身宣言の上書きだったから、まぁいいかって思ったわけで。私、ちゃんと潔くフラレたのに、殿下は私を騙したって事よね。


 両目から涙が溢れて枕を濡らす。


 ぐずっとか、ぐしゅっとか、こ汚い音が出る。


 鼻水まで出る。


 ものすごくシリアスに泣いていたいのに鼻水が全てを台無しにする。くっそう殿下め、どうしてくれよう。多分だけど今、私の身体中から殿下への殺意が(ほとばし)ってると思う。


 私が神力持ちか魔力持ちだったら。


 いいえ、悪魔だったら。


 私の殺意は今頃殿下の全身を覆い尽くしていると思う。


「殿下のバカ。地獄に……」


 堕ちろ―――とは言いきれない悲しさ。

 なまじ実物の地獄を見てきただけに。


 くそ、甘い。

 甘すぎるわよ、私。


「殿下のバカ。バーカ」


 これなら言えた。


 殿下、リグナスに騙されてさんざん怒っていたくせに、

 殿下だって私を騙したじゃないの、バカ。バカバーカ。


(あーあ。時間、戻らないかなぁ)


 リグナスと殿下と私が共有したあの3年間が懐かしい。


「おーい、リグナス」


 呼んでみる。


 もしも今ここにリグナスを喚べたら、私、魂をかけてしまうかもしれない。だって私の心はどんどん真っ黒に染まってゆくんだもの。


 どうか殿下を。

 ギーズゴオル殿下の亡骸を私に下さい。


 ああでもつくづくと確信した事があった。


 私はやっぱり恋敵には殺意は向かわないみたいよ。


 殿下の婚約者になったあの方―――アーティボート家のミルクレア様。ものすごく嬉しそうなミルクレア様のドヤ顔は想像が付く。きっと今頃大はしゃぎよね。


 でもお気持ちはわかる。

 私だってそうなるもの。

 ああ、羨ましい。

 でもミルクレア様は悪くない。

 殿下に恋しただけなんだから。


 悪いのはただ一人、ギーズゴオル殿下よね。


「殿下のバーカ」


 もう何回天井に向かって呟いたかわからない。

 あまりにも呟きすぎた為、さすがに飽きてきて、


「おーい、リグナス」


 また呼んでみる。


 リグナスが呼びかけに応えてくれた事はないし、期待もしてない。でも、私を殺しかけた事を思えば、贖罪代わりに一度くらい来てくれてもいいじゃないのって思ったりする。


 瞼を伏せる。


 つつーとこめかみを伝っていく涙を感じる。

 枕がかなり濡れていて気持ち悪いし、

 ずっと泣いてるから多分私の顔は今ぱんぱんに腫れている筈。


「冷静に考えたらこんな顔の時にリグナスが来たらマズイわ…」


 悪魔を喚べるような力を持ってなくて良かった―――なんて思ってたら、


「ライラちゃん」


 聞き覚えのある声が聞こえた。


 幻聴かな。

 それか夢?

 いつの間にか寝ちゃったのかな。


 だけど、


「ライラちゃーん」


 やっぱりリグナスの声がする。

 ゆっくりと目を開けると、天井付近にリグナスが浮いていて、私の顔を覗き込んでいる。


「リグナス?」

「うん」

「夢?」

「現実でース」


 嘘でしょう?


「……うわあ、目がぱんぱんに腫れてるねぇ」


 私は慌ててシーツを被る。


「なあに? また誰かに依頼されて私を殺しに来たの?」

「傷心のライラちゃんが切なげに僕の名前を連呼するから気になって」

「…それはごめんなさい」


 でも連呼まではしてないでしょうに。


 それにしても、来て欲しかったくせにいざ実際に来られても案外「待ってました」って気持ちにはならないものなのね。


 そのまま時間が過ぎる。

 どのくらい時間が経っただろう。

 リグナスはもう帰ったのかな?

 とりあえず気配は感じない。


 そういえば来た時、お決まりの指を弾く音がしなかったし、やっぱりリグナスが来てくれた夢でも見てた?

 それでも万が一を考えてそうっとシーツから両目を出すと―――。


「あ、起きる気になった?」


 リグナスは相変わらず天井付近をぷかぷかしてた。

 紺碧宮と違ってそこまで天井は高くないから距離が近い。


「本当に現実?」

「なんでそんなに疑ってんの?」


 前に何度か呼んだ時は来てくれなかった―――とは言いづらい。


「……えーと、指を弾く音がしなかったから現実感無くて」

「ああ、なるほど」


 リグナスは改めてパッチンと指を弾く。


「これ、魔力行使的にはあんまり意味はないというか。気合い? さぁやるぞー的なかけ声? なんだろう。人間のお年寄りのどっこいしょとか、よっこらせとか、そういうかけ声的なアレなんだよねぇ」


「ふーん」


 さすが5万歳のお爺ちゃん。


「ねぇ、リグナス」

「なーに?」


「魂をかけるから殿下を―――ギーズゴオル殿下を殺してって頼んだら叶えてくれるの?」


「あははは」


「殺すだけじゃ満足出来ないからご遺体を永久保存して、誰にもバレないよう死ぬまで観賞してたいなぁって思うんだけど」

「ふふっ。ライラちゃんはスティアール・サーレンシス似だよね」

「顔?」

「顔も似てるけど性質も似てるよー」


 最近、自覚はしてきてたけど。


「でも、死○はしないわよ?」

「愛する女性を○姦しないよう遺体を引き取らなかったスティアールと、死○はしないけど遺体は愛でたいライラちゃんとじゃ一体どっちが罪深いんだろうね。これはなかなか興味深いよ」


 そんな事を言われても私は(ひる)まない。


「殿下が美しすぎるのが悪い」

「ライラちゃんってホント邪悪だよねぇ」

「邪悪? 私が?」

「あ、これ褒め言葉」


 悪魔の価値観で褒められるのってかなりマズイ気がしなくもない。

 でも知らない。

 割と心底どうでもいい。


「で、どうなのよ。出来るの? 出来ないの?」

「出来るわけないじゃん。お断りだよー」


「なんなのよ、何しに来たのよ役立たず」

「ライラちゃんが喚んだからでしょーが」


「叶えてくれないなら用は無いわよ、帰れ~ バーカ」


 私はもう完全にやさぐれている。


 リグナスは傷ましい者を見るような目で私を見下ろしていて、人差し指を少し回転させる。すると何やら暖かい空気が目元を被う。腫れていたはずの目元がすうっと癒やされていくのを感じる。


「ライラちゃんの願いを叶えてあげられない理由は二つあるよ」

「何?」


「理由ひとつ目。僕はライラちゃんが可愛い。だから魂なんかかけて欲しくない。前に言ったよね。悪魔にとっての魂ってさ、消耗品なんだよ」

「どういう用途の消耗品なの?」


「うーんとね。ほら、悪魔は召喚主に嘘つけないってルールがあるじゃない? 嘘を吐くと悪魔は消滅しちゃうわけで」

「うん」


「でもね。実は抜け道があるんだよ」

「どういう事?」


「所有する魂が代わりに消滅してくれるんだ」

「え、ズルい」


「魂未所持の悪魔は嘘ひとつ言わずに正味で頑張るしか無い一方、魂を沢山持ってる悪魔は召喚主に嘘吐き放題ってわけ」

「えー、何それ。やっぱり悪魔って信用ならなーい」


「あはは。まぁとにかくそういうわけで、悪魔にとっては収穫した魂ってのはそういう感じの消耗品なんだよね。僕は悪魔だけどさ、ライラちゃんを消耗品にするのはさすがに後味悪いなぁ。だからライラちゃんの願い事は聞きたくないってわけ」


 その気持ちはちょっと嬉しいかもって思った。


「…じゃあ理由ふたつ目はなんなのよ?」

「ごく単純に。僕よりギーズ君の方が強いから殺せませーん。無理デス」


 思わずズコーと寝台から落ちそうになったわよ。

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