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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
55/81

55 最後の一票を投じたのは

 リグナスが言う。


「君のご先祖のスティアールってさぁ、周囲の目とかぜんぜん気にしないで我が道を行くというか、自己中というか。でもイケメン無罪で許されてた的な。

 メネルトちゃんに対してもそうで、一目惚れした直後からメネルトちゃんしか眼中ナシ状態で、エリサウラの目の前で平気でメネルトちゃんをちやほやしたり、優先したり。

 わざとやってるんじゃなく素で目的物しか視界に入ってないという、ある意味一番(たち)が悪いというか、罪深いというか。

 悪気ナシだからもうね、仕方ないねって感じだったらしいよ」


 仕方があってたまるかぁ。


 なんて思っていたら、


「スティアール様、あんまりです…」


 檻の中からか細い声が聞こえた。

 その声を聞き、スティアールとメネルト様は檻の中へ目を向ける。

 檻の中の女性―――エリサラウは涙声で呟きだす。


「あんまりです、スティアール様。この150年の間、スティアール様が何度もこの檻の前まで来て下さった事、私を哀れんで下さっているとばかり思っていましたのに」


 するとスティアールは言った。


「君を哀れむにはどうしたら良いのか? 憎む事は出来るが哀れむなど無理な話だ」


 エリサラウはガシャンと檻の鉄柵を両手で握りしめる。


「スティアール様は寿命を終えてこの冥府へ来て以来、度々この檻を尋ねていらした。だけど私に対して悪態もつかず、石を投げつける事も、枝で突くなんて事もせずにおられたではないですか。

 お言葉はいただけませんでしたが、私の生前の所業を許して下さっているのだとばかり。あなたを愛するがゆえの行いだったとご理解下さっているとばかり。

 それなのに今は生前と同様にメネルト様とのお仲を見せつけるように私の前で…」


 スティアールは眉を下げる。


「誤解をさせたのならその点は悪かった。僕はメネルトを陥れた君を憎んでいるが、原因は自分にもあった事をも自覚している。だから君を僕自身が個人的に罵ったり(さいな)んだりする資格などないと思っていたのだ」


 ご先祖、一応少しは悪いと思ってるんだ。

 良かった、多少は人の心があったのか。


「エリサラウ、僕が君の檻を度々訪れたのは、ただ…」

「ただ?」


 エリサラウは両手で掴んだ檻の鉄柵に体重をかけ、

 期待の眼差しでスティアールを見上げる。

 (すが)るように。


 だけどスティアールは―――。


「君の立て札の得票率を確認したかっただけなんだ」


 あっけらかんと答えた。


「え…?」


 エリサラウはポカンとする。


「そろそろ100%いってないかなぁとか、いやでもメネルトが来る前に100%に達して君が地獄行きになってしまったら、それはそれで困るなぁとか」


 君の地獄行きの様子をメネルトに見せないなんて、そんな勿体ない事態になってたまるかぁ―――と力説する。


「だからね、エリサラウ。僕が君の檻を度々訪ねたのは君の事を哀れんでいたからじゃないんだ」


 キリッ。


 無かった。

 ご先祖、人の心、無かった。


 愕然としているエリサラウ。


 さすがにちょっと可哀想に―――いやでも、

 それでもやっぱり冤罪かけるのは駄目だしな。


 エリサラウ。

 エリサラウさん。


 あなたは間違えてしまったのね。


 殺す相手を。


 あなたが殺すべきだったのは、この残念な自己中顔だけ男の方だったのに。

 生前、スティアールに恋をしながらも立場を弁えて拒絶し、身を引こうとしていたメネルト様ではなく。


 子孫の私がものすっごい白い目で見てる事なんかぜんぜん気付いてないスティアールはメネルト様と見つめ合う。

 スティアールはキリッとしたキメ顔を維持したまま、


「さぁ、メネルト。エリサラウの得票が100%になるのを共に見届けようじゃないか」


 そう言ってメネルト様の肩を抱く。

 メネルト様は目をキラキラさせ、


「はい、スティアール様」


 遠慮なくスティアールの腰に抱きつき、全身でしな垂れかかる。


 檻の中のエリサラウは伏せてしくしく泣き始める。

 そして呟く。

 まだ納得がいかないらしい。


「でも、でも、スティアール様」

「まだ何かあるのかい?」


「スティアール様はメネルト様のご遺体を引き取らなかったではないですか。ご遺族にすら見捨てられたメネルト様のご遺体を…。その程度の想いだったくせに、どうして…」


 するとスティアールは少し照れた風にエリサラウを見た。


「嫌だな、エリサラウ。メネルトの遺体を引き取らなかったのはメネルトの為だよ」

「どういう事ですの?」


 エリサラウは不思議そうにスティアールを見つめる。

 一方のメネルト様は哀しそうにスティアールを見上げる。


 私もわかんないので是非お聞かせ頂きたいなって思ったら、


「だって僕がメネルトの遺体を引き取りなんかしたら… ○姦してしまったかもしれない。メネルトの遺体を汚したくなかったんだ…」


 スティアールはフッと笑い、ドヤ顔をする。

 なんでここでドヤるのかもう全く意味が判らない。

 聞くんじゃなかったと私は思った。

 だってコイツ、直径の先祖なんだよ? 

 こんな先祖、嫌だよ。

 てか、これはメネルト様もドン引きなのでは……と思っていたら、


「スティアール様ったら… 死○だなんて…」


 メネルト様は感動したような面持ちで目を潤ませ、頬を染め、照れている。どこに感動する要素があったのかはさっぱり謎だったけど、ひょっとしてこの二人、お似合いだった? 運命の恋人同士だった?


そしてエリサラウは―――。


「うわっ… キンモッ…」


 眉を顰めていた。


 さっきまで悲壮感たっぷりだったのに憑物が落ちたみたいな表情になっていた。


 うん。


 なんか、初めてエリサラウに完全に共感したかも。


 だけど外野の評価など気にした様子もなく、

 スティアールとメネルト様はひたすらイチャイチャしている。


 呆れ果てて眺めていたら、


「あ、見て見て、ライラちゃん。100%になったよ」


 リグナスが呑気な調子で言った。


「え?」


 エルサラウの檻の前の立て札を見ると、ついさっきまで得票99%だったのが100%になっていた。


「え? 誰が投票したの?」


 見たところここには私とリグナス、メリアザンさん、メネルト様とキモいご先祖のバカップル、後は他の檻の中の囚人の皆さんしかいない。


「あ、バカップルが?」

「いやいや、まさか。この2人はエリサラウに対して全く公平な立場ではないからねぇ、投票権はないよ」


 じゃあ他にも人がいたかな? と周囲を見回すけど誰も居ない。


「ライラちゃん、最後の一票を入れたのは本人だよ」

「え?」

「エリサラウ本人。実は本人にも投票権あるんだよねぇ」


 突然エリサラウの檻が動き出す。

 檻はギチギチギチと耳障りな鈍い音を立て、

 左右に小刻みに揺れ始め、

 少しづつ上に上昇していく。

 やがて檻の連なりからシュポンと一抜けすると、

 ギュウンッと空間の高みへ飛び上がった。

 見上げるくらい上昇したところで一旦停止し、

 次の瞬間、いきなり横っ飛びにどこかへカッ飛んでいった。


 ちょっと壮観だった。


 呆然と眺めていると、


「さぁメネルト、行こう」


 そう言ってスティアールはメネルト様の手を取る。


「ええ、スティアール様」


 メネルト様はにっこり笑い、二人はまた抱き合う。

 そして、同時にフッと消えた。


 私はポカン。

 するとリグナスが教えてくれた。


「エリサラウが無事地獄落ちしたからあの二人は見物に行ったんだよ。地獄見物」

「見物出来るんだ。て言うか、実際のとこ、地獄ってどんな感じなの?」

「うーんとねぇ。刃物が沢山飛んでる竜巻の中に永久に巻き込まれ続ける感じ?」

「えぇ…」

「地獄に落ちた人々はみんな一緒にくんずほぐれつぐっちゃぐちゃなミンチになり続けるんだよねぇ」

「えぇ………」


 想像して思わず背筋がゾワッとなった。

 リグナスは言う。


「まぁでもエリサラウには救いがあるよ」

「本当?」

「自分で自分に一票を入れたからね。これは一種の自浄だし。他の罪人達よりも少しは早く真っ新になって、自然の(ことわり)に戻れるだろう」


 そうこうする内、エリサラウの檻ひとつ分空いていた空間は左右の檻がギチギチギチと音を立てて近付いて連結し、何事もなかったようにピッタリと隙間を埋めた。

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