54 なんなんだ、ド畜生
リグナスは"メリット"については頑として口を割らなかったけど、他のことは割とすんなり教えてくれた。
現世では私は今、昏睡状態になってるんだって。
血を吐いて倒れて意識を失った私の身体は、ギーズゴオル殿下が陣頭指揮を執って皇宮の貴賓室に運び込み、出来うる限りの治療が施されている真っ最中なんだとか。
神殿や魔塔に依頼して回復術をかけさせたり、ポーションぶっかけたり、医師に解毒剤の調合を急がせたり。
サーレンシスの家族にも連絡が行き、すでに皇宮に駆けつけてるとの事。
「ベルザ様は? 私はベルザ様がポットから注いでくれたお茶を飲んだのよ。まさか疑われて入牢なんて事は…」
幼い頃から見続けた例の悪夢が脳裏に浮かぶ。あの悪夢の中の私の役どころがまんま現実のベルザ様の役どころになってしまったわけで。殿下、悪夢の中で私にしたように、ベルザ様を手荒に取り押さえたりしたんじゃあ…とちょっと危惧した。
するとリグナスは言う。
「あ、それは大丈夫。あの時ギーズ君も僕が居る事に気付いていたでしょ? ベルザって子よりも僕の方を疑ってるから。いや、疑いじゃなくて確信か。実際その通りなんだけど」
「なら良かったわ」
ホッとした。
「メネルトちゃんの依頼があくまで殺しなら交渉成立はさすがに無理だったよ。僕側にメリットがあるにしたって、僕はライラちゃんを殺したくなかったからねぇ」
殺したくなかった―――そう言われてしまうとさすがに嬉しくなる。
「…それは、その。ありがとう」
ついお礼を言ってしまった。
「けど今回メネルトちゃんはようやく折れてくれたんだよね。殺しの依頼を撤回して半殺し―――昏睡状態で手を打ってくれたから、それでようやく交渉成立したってわけ。ちなみにメネルトちゃんが譲歩したのには理由があるんだ」
「理由?」
「なんたって未だ人類が知らない猛毒が身体中にまわっちゃったんだから回復した所で体力衰えてるし、体調ぐちゃぐちゃだし、枕が上がるまで1~2ヶ月かかるんじゃないかなぁ。それなりに、いやかなーり苦しむね! それで勘弁してやってよ~って僕が説得したんだからね!」
えらくドヤ顔で言われた。
「ありがと…う?」
お礼を言うべき場面なんだろうか。
すっごい腑に落ちないんだけど。
「勿論メネルトちゃんは嫌がったよ。絶対絶対サーレンシスのバカ様の子孫を殺してやるんだーーってね」
「バカ様?」
「君のご先祖のスティアール・サーレンシスの事だよ。当時、彼はまだサーレンシスの当主じゃなかったから親しい人にはサーレンシスの若様って呼ばれてたらしいね。メネルトちゃん、刑死した後、『何が若様よ、あんなのバカよ、バカ様よ』って呪い続けていたんだって」
バカ様。
バカサマ?
なんか聞き覚えが。
あ。
初めて薔薇園でメネルト様を見た時、メネルト様がずっと呟いていた言葉って、確か。カサマバなんだかマバカサなんだか、当時はぜんぜん意味が判らなかったけどひょっとして―――バカサマ? バカ様?
私は思わず膝から崩れ落ちそうになった。
周辺を禍々しい気配に塗り替えていた皇宮一の恐怖の幽霊が連呼していた言葉がまさかソレだったなんて……。
「でね。最終的にメネルトちゃんが譲歩を承諾する気になってくれた理由がさ」
リグナスは目の前にある檻、その中に収監されているエリサラウを指す。
「この檻の中のエリサラウ。エリサラウの得票が99%になったお陰」
「どういう事?」
そもそもこの得票ってのはなんなのか。
「人は成仏して冥府に来ると自然と自分に縁のある檻に吸い寄せられる。ライラちゃんがこのエリサラウの檻に吸い寄せられたようにね。まぁでもライラちゃんには投票権はないんだよ。あくまで自身に縁のある人物の末路を確認出来るだけ。投票権を持つのは、檻の中の囚人の罪状を完全に公平な立場から判定出来る者に限る。あと、大前提として"死者"だけ」
私の場合はまだ死んでない為、基本的に投票権は無いらしい。
「ああ、それで…」
見てきた立て札の全てに私には投票権がないと書かれていた。
その事への合点がいった。
「僕は頑ななメネルトちゃんにこう言ったんだ。
メネルトちゃん! 君のにっくき敵であるエリサラウ・ラセンノートの得票がとうとう99%を越えましタ! もうじき100%になって地獄落ち確定! 今冥府へ逝けばエリサラウが地獄落ちする無様な最期が見られマス! 逝くんなら今でショ!?
―――ってね」
するとメネルト様は大変に動揺したのだと言う。
目に見えて動揺し、ぶるぶる震え、
その全身でもって動揺したのだと。
落とすなら今しかない―――そう確信したリグナスは頑張って説得を重ね、ようやく結実したのが一ヶ月ほど前で、私に毒を盛るタイミングを窺う為にサーレンシスの城を度々巡回していた時に、ギーズゴオル殿下が私の舌に神紋を刻んでいるのを見てしまったという事だった。
リグナスがメネルト様をこの檻の前まで連れてきたのは得票100%が間近に迫っているからで、メネルト様はその記念すべき瞬間を目撃する為にここで楽しく待つのだという。
リグナスに説明を受けたメネルト様は、近くに落ちていた長い木の枝を拾ってしゃがみ込むと、檻の中に枝を突っ込んでエリサラウを強く突く。無表情なんだけどその姿はとても無邪気だ。エリサラウはされるがままで、言葉も発さずに木の枝の攻撃を受け続けている。
その様子を見て、リグナスはしみじみと呟く。
「メネルトちゃん、少し人間性が戻って来たかな。三歳か四歳のやんちゃ盛りの女児だねぇ」
「う~ん。男児ならわかるけど…」
「えー、何いってるの。女の子だって大してかわんないってぇ」
「そうかなぁ」
なんて話し合ってたら、
「メネルト嬢!」
突然男性が現われた。
白銀髪に紫の瞳の青年。
なかなかの美青年。
…なんだけど、なんだかとても見覚えのある顔立ちのような。
ぼんやりと見守っていたら、
「ライラ。あなたに似てるわ」
メリアザンさんがボソッと呟いてきた。
言われて、そういえばと思った。
薄暗いから判らなかったけど、陽の光の下で見たら確かに髪も目の色も私と同じかもしれない。
え?
じゃあひょっとして?
しゃがんで檻の中に棒を突っ込み続けていたメネルト様は、自身の傍らに立った青年を見上げる。
「サーレンシス様?」
メネルト様が初めて言葉を発する。
これはひょっとしてアレですか。
150年前にやらかしたご先祖本人ですか。
スティアール・サーレンシスですか。
チラリとリグナスを見るとコクンと肯く。
スティアールは外野になど目もくれず、しゃがみこんでいるメネルト様に手を差し出し、立ち上がらせる。
立ち上がった瞬間、無表情だったメネルト様の顔に表情らしき色が生まれていた。
「あ、完全に戻った。早っ。一瞬だったねぇ」
リグナスがボソリ。
スティアールはメネルト様のお顔を両手で挟み込み、
「君を待ってた」
うっとりと呟く。
その時、檻の中のエリサラウが初めて顔を上げた。
派手な顔立ちの美少女だった。
だけどスティアールはメネルト様以外は見えてないようで。
「メネルト嬢。申し訳なかった。本当に本当に申し訳なかった。僕が君を愛したせいで、あんな悲劇を招いてしまった。君は婚約者を大事にしてくれと言ってたのに、僕が固執したせいで…」
「サーレンシス様」
「スティアールと呼んでくれ」
「ス、スティアール様」
そう言ってメネルト様は頬を染める。
え?
結局両想いだった感じなの?
不倫はしてなかったけど実は両想いだったの?
エリサラウにちょっとだけ、
ほーんのちょっとだけ同情……
いえいえ、無いわ。
どれだけ悔しくても
冤罪かけるのは駄目よね、うん。
メネルト様は蕩けるような目をご先祖に向ける。
「スティアール様。ずっとずっとあなたが好きでした。私の事はその… メネルトと呼んでくださいまし…」
「メネルト…」
二人はひしっと抱き合う。
「ごめんなさい、スティアール様。私、あなたの子孫に毒を盛ったの。あなたにとても似ていたの。だけどあなたと他の女との間に生まれた子孫だと思ったらどうにも許せなくて……」
スティアールはそんなメネルト様を更に強く抱きしめる。
「悪いのは僕だ。あの頃のサーレンシスには僕以外に跡継ぎがいなくて、仕方なく結婚した。愛のない結婚だったけど、君を不幸にした報いだと思って受け入れたんだ」
うわ、私のひいひいひい…わかんないけど、遠いお祖母様、"報い"扱い? お気の毒なんだけど!?
「犠牲になったのが君との間の子孫なら辛かったろうけど、まぁそういうカンジの子孫だし、子や孫ならアレだけどかなり後の子孫だし、顔も知らないし、うん、キニシナイ!」
ちょっと待って、え、なにコイツ。
思わず白目になる。
「私の事、許してくださるの?」
「君の気持ちがそれで晴れるなら」
ステイアールは相変わらず周囲を見もしないでメネルト様を抱きしめ続ける。
なんなんだ、ド畜生。
あら私ったらお下品。
いやでもこの場合、これ以外の単語が思い浮かばないってば。




