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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
52/81

52 死後の世界へようこそ

 チリーーーン

 チリーーーン


 どこか遠くから聞こえる綺麗な音。


(なんの音……?)


 私は黒闇の中で目を覚まし、周囲を見回す。


 薄暗くていまいち判りづらいけど、私は洞窟のようなゴツゴツとした地面の上に無造作に転がされていたみたい。


 サラサラサラ。


 どこか遠くで水の流れる音もする。

 次第に暗闇に目が慣れきて、私はむくりと起き上がろうとした。


 だけどひどく身体がだるい。

 私はぺしゃりとうつ伏せて、床に突っ伏す。


 すると、


「ライラちゃん」


 すぐ傍からずいぶん久しぶりの声で話しかけられる。

 頑張って見上げると、先ほど空の上にいた男性がいる。


「久しぶりだねぇ」

「リグナス?」

「うん」


 リグナスは指先に白い火を灯す。

 私はまた頑張って上体を反らした。

 周囲が少しだけ明るくなったものの、それでも暗い。

 だけど火の近くにあるリグナスの顔は幾分かハッキリと見えた。

 

 どう見ても大人の男性。

 だけどリグナスにそっくりな豪華な金髪とスカイブルーの瞳で。


「リグナス?」

「そうだってば」

「だって大人の人みたいだもの」


 そう言うとリグナスは目を丸くして、


「ああ、そうか」


 そう言って指パッチンをする。


 するとドロンとばかりに煙が立ち、その煙が霧散すると、そこには2年前まで見ていた姿とさほど変わらない、同年代くらいのリグナスが立っていた。


「あ、ホントにリグナスだわ」

「外見年齢、君に合わせるの忘れてたねぇ」


 そう笑う。


 2年前、皇宮から弾き出された後はメリアザンさんに合わせて先ほどのような外見年齢にしているらしい。


「メリアザンは使い魔になってからは20代半ばくらいの容姿で定着したからね。だから僕も普段はそのくらいの年齢にしてるんだよ」


「メリアザンさんは今はどこに?」

「ちょっと席外してる」

「そう…」


 その辺りで気力が尽きて、

 私はまた地面にへたばってしまった。


 なんというか、酷く眠いのよ。ものすごく眠いから寝ようとして、でも寝られなくて。だけど実はとっくに寝ていて"眠りたいのに寝られない"という夢を見ている最中みたいな。とにかく身体がダルかった。

 ひょっとして私は実は夢を見ているのかなぁとふと思う。


 だけど―――。


「ねぇ、ここは何処?」

「冥府」


 あっさり言われてしまう。


「そうなんだ…」


 ぼんやりと呟くと、


「ライラちゃん、ごめんね?」


 リグナスが申し訳なさそうに声を落とす。


「謝るという事は…」


 私はごくりと喉を鳴らす。


「リグナスが私を殺したの?」


 恐る恐る訊いてみた。


 ぐにゃぐにゃにへたりこんでた身体を鼓舞してもう一度顔を上げ、リグナスを見る。

 リグナスは眉を下げ、また言った。


「ごめんね?」


 謝られてもねぇ…。


 私はリグナスを軽く睨む。

 睨みつつも思うのは、ベルザ様の予知夢だった。


 皇宮のお茶会で私はふいに毒殺され、犯人は捕まらず迷宮入り―――なんだっけ。


 悪魔が殺したのならそりゃあ迷宮入りになるわけで。

 つまり予知夢は当たったって事よね。


 やっぱりベルザ様、聖女なんじゃあ…? ベルザ様の予知夢の中では私の意中の方がプラチナブロンドに水色の瞳だったって点だけがハズレなだけで、他は全部当たってるんじゃない。


 つい先ほどの皇宮のお茶会での様子が脳裏に浮かぶ。


 ビックリしてたベルザ様、

 ビックリしてたギーズゴオル殿下。


 きっと他の方々もビックリしていたんだろう。

 今頃私の死体はどんな事になってるんだろう。


 ぼんやりとしている私にリグナスは色々な事を説明してくれた。


 2年前、ギーズゴオル殿下から"招かれ人"の立場を剥奪され、皇宮から弾き出されたリグナスだけど、将来的にそうなると見越して、けっこう早い段階から"保険"を掛けていたという。


「僕さぁ、君達には内緒で独自に交渉していた霊達が何体かいたんだよね。成仏を承諾する代わりに願い事を叶えて欲しいって言ってくる霊ってけっこう居てさ。そんでその中にさぁ。ライラちゃん殺しを依頼してきてた霊がいたんだよねぇ」


「え。私、幽霊の依頼で殺されたの?」

「そ。でも僕、一応断ってはいたんだよ?」


「どうして?」

「ライラちゃんには個人的に情を感じていたし。…まぁでも実際の所は"そもそも霊の依頼を引き受ける気はなかった"が正解かなぁ」

「どういう事?」

「幽霊って魂を失ってる状態じゃん? "殺し"の願い事は魂必須だからね、報酬獲れないし。でも僕の方は願い事を"耳で聞くだけ"なら出来るし、交渉中という体は装える。しかも交渉中は交渉相手を依り代に"招かれ人"にもなれる。つまりギーズ君に追い出されようが僕は皇宮には出入りし放題だったってわけ」


「……つまりまた殿下をコケにしたってことね」


「確かにその通りだけど。でも僕、君らにはそんなに悪い事してなくない?」

「いやいや、私のこと殺しておいて何言っちゃうかなぁ」


「あ、そうか、ゴメンゴメン。あはは」


 軽っ。


「で?」

「でって?」


「ずっと断っていた私殺しの依頼をどうしてこのタイミングで叶えてあげる気になったのかって。報酬も獲れないのに何故?」

「ああ、うん。メリットが大きいと判断したからだよ」


 リグナスはなんでもない事のように即答した。


 メリット。

 メリットがあれば知人でも殺すわけね。

 やっぱり悪魔ね、ちっくしょう。


「ちなみに私の死因は?」

「ベタでゴメンだけど毒殺」

「殿下の神紋、効かなかったのか」


 殿下、気に病んでないといいけど。


 なんて考えていたら、


「現行の人類が知ってる毒じゃ殺せそうになかったから、まだ知られてない猛毒にしといたぁ、あはは」


 などと言われて目を見開いた。


「え」


 なんで知ってるの?


 そう目で問うと、リグナスはニヤニヤ。

 あの時、どこかから見ていたって事か、

 ああ、ハラタツ。


「で、どなたなの?」

「ん?」

「私を殺す依頼をした幽霊はどなた?」

「……判ってるんじゃない?」

「……メネルト・ワナティカ様?」


 そう言うとリグナスはニッコリと笑った。


「せいっか~い」

「はぁ… やっぱりそうなんだ…」


 2年前メネルト様は、


―――どこへ行った?

―――どうして消えた?


 そう呟き続けていた。

 あの時は理由がわからなかったけど、今思うとあれはリグナスが皇宮から消えた直後の事だったもの。"願い"の交渉中だったリグナスの気配が消えた事でメネルト様は動揺なさっていたんだろう。


「リグナス、5年前はメネルト様のこと、怖いってぶるぶる震えていた癖に」


 私がじろりと睨むとリグナスは苦笑する。


「わぁ、ライラちゃんの目つき怖いなぁ~ …て感じでメネルトちゃんも怖かったデス」


 つまり、その程度の"怖い"だったのか。

 私はハァと溜息を()く。


「少なからぬ縁がある私を殺せるんだもの、さすが悪魔よね」


 嫌味たらしく言ってやるとリグナスはうーむと考えるような顔をする。


「こと"情"という意味では悪魔も人間も根本は割と同じなんだけどねぇ。親しい人にはそれなりに情が湧くしさぁ。可哀想な人を見ると可哀想だと思うし、嬉しそうな人を見れば良かったねって思うし。実際、情に厚いからこそ、依頼主やターゲットに感情移入しないよう、さっさと仕事を終えたがる悪魔もいるしね。

 僕だってライラちゃんに情はあった。幸せになって欲しい気持ちもあった。それは本当。ただし、ライラちゃんを殺す事にメリットがあるなら迷わない。それだけ」


「へー、そうなんだぁ、うっけるぅ~」


 ものすごくおざなりに言い捨ててやった。

 リグナスはどう私の機嫌を取ろうかと考えあぐねているようだったけど、ふと何かの気配に気づいたのか、そちらを向く。


「王子」


 ハスキーボイスな女性の声がリグナスを呼んだ。


 赤紫のくるくる巻き毛を腰まで垂らした女性―――メリアザンさんだ。

 大鎌を持って立つ姿は威風堂々としてる。


 リグナスは少しメリアザンさんと会話をして、

 すぐに戻って来て言う。


「ライラちゃん、僕、少し席を外すね。あ、散歩してもいいよ? きっと面白いモンが見られるよ」


 そう言ってどこかへ行ってしまった。


 え、冥府で一人ぼっちは淋しいし心細いし怖いんだけど。それにもうずっとずっと眠くて眠くて仕方が無いんだけど。この眠さでどうやって散歩に出ろですって?


 でも何故か瞼を閉じてもぜんぜん寝られない不思議。

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