51 2年ぶりの悪魔
「冷静に考えてみろ。たとえお前がマジで近々毒殺されたとしても、ジャンルはゴシップだ。お前んちの150年前のご先祖が関係したメネルト・ワナティカ毒殺冤罪事件みてぇにソレ系の本には載れるかもしんねぇが、帝国史年表とかには載れねぇよ?」
「そりゃあそうかもですが、好きで予知されてるわけではぁ」
「いや違う。そうじゃねぇ。そこじゃねぇんだ。ジャンル違いだって言ってんだよ。お前の件に限り、聖女がわざわざ予知する内容じゃねぇって話だ」
「はい…」
まぁ仰りたい事は理解出来るので肯いた。
「あと、お前のだけ"予知"ではなく"予知夢"って点も変だしよ」
「あ、そういえば私の事だけですね」
言われてみたらそうだわ。
「ライラ」
「はい」
「ちょっと口を開けてみろ」
「はい?」
殿下は私の両肩に両手を乗せ、
じいっと私の顔を無言で見つめてくる。
「アホ面してないで早く口を開けろ」
「え、いやでもだって」
穴が空く勢いでじっくりと見つめられ、
ちょっとドキドキして来たりして。
色ボケてる場合じゃないってのは判ってるんだけど、
それはそれというか。
ああ、至近距離に殿下の美しい顔が。
お顔に見蕩れるばかりの私の気も知らず、
チッと舌打ちした殿下は、
「おら、口開けろって言ってんだろ」
唇をむにっと引っ張られた。
一体何事と思いつつも、とりあえず開けてみる。
意識して、可愛らしーく小さめに。
だけど殿下は苛ついたように眉間に皺を寄せる。
「おーい、もっとでっかく開けろ~?」
「こうですか、あーー」
「ほーら、もっと思いっ切りガバッといけ」
「こ、こうですかぁ?」
仕方なく大きめに開けてみた。
「ちっせぇな。まぁでもギリギリか。よし、じゃあ今度は舌を出せ。ベロンと」
ええ? それはさすがにみっともない。
「嫌です」
「我が儘言うな、出せ」
「なんか恥ずかしいからヤです」
「…わかった。じゃあ出さなくていい」
そう言うなり殿下は私の口の中にご自身の指を突っ込んできた。
「はわわわ」
ビックリしたけど、だからって殿下の指を噛むわけにはいかないし、でもなんでこんな事を? と驚いていたら、口の中で神力を使われたみたいで、虹色の光がぼわっと漏れたのが見えた。
「よし、これで大丈夫だろ」
そう仰って、殿下がするりとご自身の指を引っこ抜く。
「な、なにしたんですか?」
「お前の舌に神紋刻んどいた」
「ええ?」
「神紋には解毒効果があるからな。現行で人類が入手出来る最高レベルの猛毒までならほぼほぼ無効化出来るから安心しろ」
そう殿下が仰るので、私は少しだけ安心出来たけど、
でもそれなら口開けろとか舌を出せとか言う前に説明を!
「だけど茶会で知らねぇヤツに注いでもらった茶ぁなんか呑むなよ? つか、以前みたいに出席辞退するのが一番確実なんだが…」
「それは嫌です」
私が居ない間に殿下がどこかの令嬢と仲良くなったらと思うと私の精神が保たない気がするし。伊達に"命より恋"じゃないし。
すると殿下が少し考え込むような目をした。
「どうしました?」
「なんでお前は毒を盛られるんだろう?」
「…………さぁ?」
そういえば殺害動機については考えた事がなかったわ。
だって心当たりがなさ過ぎるもの。
私が殿下の恋人だとか婚約者だとかなら、殿下狙いの令嬢が…という線が考えられるかもだけど、残念ながらただの女友達だし。
件のエリシャ・サウザート様が、婚約を断られた事に腹を立てて? いや、さすがに3年も前だし、今頃? って感じだし。
じゃあサーレンシス家に恨みを持つ家門の陰謀とか? でも我家って人に恨まれるような尖った人材は特にいないような。150年前のご先祖スティアールくらいだわ。
じゃあスティアールに粗略に扱われたせいで罪を犯した婚約者エリサラウの実家ラセンノート侯爵家とか、スティアールに好かれたせいで冤罪をかけられて刑死したメネルト様のご実家のワナティカ伯爵家とか?
でも、どちらの家門ともすでに和解済みだし、先祖の因果を子孫に報いさせるにしたってそれこそ150年は間を開けすぎよね?
うん、やっぱり心当たりなかったわ。
「……むしゃくしゃしてやった、誰でも良いから殺したかった―――的な?」
無差別的な犯行で、たまたま私が毒入りカップに当たってしまう可能性を思うくらい、全く心当たりがない。
そう言うと殿下は溜息を吐く。
「ベルザ嬢の予知が必ず当たるわけじゃねぇし。万が一にしても、神紋つけたし。殺したくても殺せねぇから安心しとけ」
元気づけるように仰るので心が温かくなった。
思えば私にはうなじと背中に殿下の"目印"入ってるわけで、今や両耳朶と舌にまで神紋が入ってるわけで、なんと殿下のマーキング的な物が五箇所! うん、えへへ。
告白―――
してみようかなぁ。
脈なさそうだしなぁって諦めていたけど、
むしろ告白する事で脈が発生するかもしれないし。
告白もしないままある日殿下に好きな女が出来て独身宣言撤回―――なんて恐ろしい日が来た時、もしも私が告白してたら何かが違ったかもってネチネチ後悔しながら殿下に殺意を抱くより、告白して一度玉砕しといた方が清々しく殺意を抱けるかもしれないよね。
うん、近々私の勇気が出た時にでも。
それからしばらくして、
いつものように皇宮からお茶会の招待状が来た。
ちょっと怖かったけど出席。
だって私の舌には殿下の神紋がある。
ベルザ様がいて、ミルクレア様がいて、
他のよくお見かけする方々もいる一方、
レジレンス殿下とアイリビィ様は揃ってご欠席。
アイリビィ様のお妃教育終了と同時に挙式って聞いたし、お二人はいよいよ本格的にご多忙になってらっしゃるみたい。
ギーズゴオル殿下はいつものように遠くにいらして、いつものように男友達複数人に囲まれていたけど、心配して下さっているのか、いつもよりも眼の合う回数が多くて嬉しかった。
「ギーズゴオル殿下とライラ様って本当にお仲が良いわよねぇ、ふふ」
隣席のベルザ様が仰る。
ちょっとからかう様な物言いだけど、嫌味な感じは無い。あくまで女友達の恋心を微笑ましく弄る範囲内で、不快感はない。襲撃に遭った直後、ベルザ様の中に芽生えそうだったときめき的な何かを全力で摘み取った努力の賜物かも知れないけど。いいえ、殿下のダッサいネーミングセンスのお陰かも?
ベルザ様はティーポットを持ち上げて、
「カップが空よ」
そう仰いながらお茶を注いでくださった。
「ありがとうございます」
お茶の注がれたカップを持ち上げ、コクリと飲む。
でもその時ふとテーブルに影が差した気がして私は何の気なしに空を見上げた。
雲一つ無い快晴―――の筈だった。
「え!?」
思わず声が出る。
私の頭上の丁度真上―――それほど高くもない辺りに豪華な金髪の男性が浮いていたんだよね。その全身は赤黒い靄に縁取られていて、ツノや蝙蝠のような羽根、尾を象っていて。―――それって、初対面の頃、リグナスが自己紹介した時の姿と同じでは?
でもリグナスよりはずっと背が高くてガッシリしてるような。
と言うか、大人の男性そのものに見える。
2年前、最後に会ったリグナスは私や殿下と同じ年頃の容姿で―――でもそういえばリグナスは4~5万年も生きているんだっけ。あの頃の容姿は私達の年齢に合わせて擬態していただけで。
金髪の男性は真下にいる私を見下ろしていて、
目が合うとニヤリと笑ったんだけど、表情はどこか懐かしくて、
やはりどう見てもリグナスで―――。
逆光なのに顔立ちがしっかり見えるのも変だけど、
そもそもなんで皇宮にいるの?
2年前、リグナスは殿下と破約して皇宮の"招かれ人"ではなくなったから、もう入り込めないんじゃなかったっけ?
呆然と考えこんでいたら、
「ライラ様、どうかなさったの? 何か見えるの?」
ベルザ様の問いかけにハッとした。
ベルザ様は私につられるように空を見上げてる。だけどベルザ様の目には青い空しか見えていないみたい。
(え? 私にしか見えてないの?)
私は慌てて殿下の方を見る。
すると殿下も空を見上げていて、驚いた顔をしていた。
殿下にも見えてるんだと思うとホッとした。
だけどそれと同時に空の上からパチンと指を弾く音がしたのよ。
懐かしいあの音。
次の瞬間、殿下は私を見た。
そして、もっと驚いた顔になった。
「ライラ!」
遠くからでも聞こえるくらいの大声で叫ばれる。
何故だかベルザ様も血相を変えている。
「ライラ様、は、鼻血が…」
鼻血?
ああ、そういえば鼻の奥から何かが垂れるような感触が。
次の瞬間、私は急に喉元が熱くなった気がして咳き込んだんだけど、ビックリした。真っ赤な血を吐いてしまったから。
ベルザ様は瞠目し、青ざめている。
殿下が走ってきて私を支えようとしたけど、私は目眩に襲われ、膝が頽れ、喉を仰け反らせ―――地面に倒れる前に視界が暗転して―――私は意識を失ったの。




