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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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45 ミルクレア様の牽制

 3ヶ月ほど前、レジレンス殿下は正式に皇太子となり、つい先月には次期皇太子妃としてエルカント伯爵令嬢アイリビィ様の名前が発表された。


 レジレンス殿下は21歳、

 アイリビィ様は20歳。


 ちょっと遅かったけど、なんとか無事ご婚約。


 世間の人達はレジレンス殿下のお相手候補として序盤に有力視されていたベルザ様とミルクレア様の反応に大注目していたけど、盛大な肩すかしを食らってる。


 ベルザ様は涼しいお顔で「あら、おめでとうございます」だし、

 ミルクレア様はといえば。


「私、ギーズゴオル殿下を射止めて見せますわ!」


 と宣言なさった。


 ミルクレア様、レジレンス殿下が駄目だったからって今度はギーズゴオル殿下かぁ…なーんて風には世間では案外見られてない。

 ミルクレア様が2年前に強盗の人質になった時にギーズゴオル殿下がお救いになった件は、なんだかんだと人の口の端から漏れて、水面下では普通に知られていたものだから、ミルクレア様がギーズゴオル殿下に好意を持つのもやむなしってみんな思ってたのと。


 あと、なによりミルクレア様の態度がねぇ…。


 ミルクレア様は打算丸出しの方だけど、レジレンス殿下をまだ諦めていなかった時点でも、ギーズゴオル殿下に恋しているのが丸出しだったというか。

 判りやす過ぎてかえって反感を買わず、今更ながらようやく素直に本音を出せて、生き生きしてて、良かったデスネ感があるというか。


 良くも悪くもミルクレア様って、徳はないのに得な質だなとちょっと思ったわ。


 父親であるアーティボート侯爵も、


『ミルクレアはもともと本心ではギーズゴオル殿下に好意を持っていたのですよ。だけど私の期待を(おもんぱか)り、言い出せずにいたようで』


 なーんて堂々と援護してたりする。


 肝心のギーズゴオル殿下はというと、まるで相手にしていない。


 だけどミルクレア様は、

 最近アーティボート家が開いた女子のみのお茶会で、


『ギーズゴオル殿下は以前、私の事をお好きでいてくださったの』


 なんて事をおほざきに… いえ、仰ったの。


『あの強盗事件の折り、私だって本当はギーズゴオル殿下に好意を抱きましたの。だけど当時の私は17歳、ギーズゴオル殿下は15歳でしょう? 私の方が年上で、気が引けてしまったの。それで私とした事が殿下につれない態度をとってしまいましたのよ。殿下はきっと傷ついたでしょうね。そのせいで独身主義にまでなってしまわれて…。

 今はまだ私に対して不信感がお有りなのでしょうけど、でも!』


 ミルクレア様は頬を紅潮させて、


『いつか私の想いを受け止めてくださるよう、私、頑張りますわ!』


 なんて事までおほざきに… いえ、仰ったの。


 この時のミルクレア様の意図は、間違いなく他のギーズゴオル殿下狙いの令嬢達への牽制だったんだろうなと思う。




 そして今日は皇宮のお茶会の日。




「ギーズゴオル殿下はますますステキにおなりよね。特にあのお洒落眼帯がミステリアスでうっとりしてしまいますわ。と、歳の差なんて私は気にしませんわ、ほほほ」


 ミルクレア様は少し離れた場所にいるギーズゴオル殿下をチラ見しながら、明らかに聞こえるように話してみたりと自己アピールに忙しいご様子。


 殿下は多分聞こえてるんだけど、全力で聞こえてないふりをしてる。


 ちなみに私も殿下をチラチラと盗み見てる。

 だって美しいんだもの。


 殿下は2年前よりもさらに背が伸びて、そのお姿は更にしなやかで気品に満ちている。もともと長かった黒髪は今は腰の辺りまであって、とてもよくお似合いで、まるで芸術品のようで。


 つまり私は相変わらず全力で色ボケてた。


 私のいる席の隣にはついさっきまでアイリビィ様がいらしたんだけど、お妃教育で忙しいとかですぐに退出されたので、今は空席。

 殿下が気がついてこちらに座りに来てくれないかなぁなんて期待が少しだけ頭を(もた)げる。


 まぁでも無いって事は判ってた。

 ほんの少し前なら期待出来たんだけどね。


 殿下、ミルクレア様の敵意が私に向くのを警戒して、ここ最近は(おおやけ)の場では私に近寄ってこなくなっちゃったのよ。


 実は先月、殿下に直接そう言われたの。


 あれはレジレンス殿下とアイリビィ様の婚約が発表された直後の事。私はいよいよ失恋確定の殿下の心情が気になって、お慰めしようかなって思い立って手紙をご送付差し上げたわけ。


 確か文面は、


―――片想いの辛さは私も覚えがあります。

―――殿下が早くお元気になられますように。


 だったかな。


 失恋の決めつけはちょっと失礼かなぁとは思ったものの、殿下も私には気付かれてる事わかってるだろうと過信したのよ。


 そうしたら殿下が即行で私の部屋に瞬間移動してきたの。

 しかもめちゃくちゃ怒ってた。

 思ってのと違う理由でのお怒りだったわ。


 やたらと私の頬をぷにぷに捻りあげながら、


『え。なに? お前、俺がアイリビィを好きだと思ってたんかよ!? ふざけんな、バーカ』


 ものすごく吃驚した顔をしていて、こちらこそ吃驚。


『なんでそう思った!?』


 そう詰め寄られて、そういえばなんでそう思ったんだっけな~て、しばし悩んでさ。なんか、出会ってすぐの頃にそう思って、そのままずっとそう思い続けてたなぁと我ながら小首を傾げつつ思い出したのが"垂れ目"なわけで。むしろ"垂れ目"以外で思い当たる要素がなかったわけで。


『だってアイリビィ様、垂れ目じゃないですか』

『そうだな、垂れ目だな。だからなんだよ』


『殿下、初対面の時に垂れ目が好みって仰ってたし。そのすぐ後にお茶会でお会いしたアイリビィ様が垂れ目で、殿下が仲良さそうにしてらしたのでそれではっは~ん、なっるほどぉって思った感じですネ』


『はっは~ん、なっるほどぉじゃねぇよ。ですネじゃねぇよ。垂れ目は好きだが垂れ目ってだけで惚れてたまるか。つぅか、俺は年上は対象外だ』


 そーかー、殿下、別にアイリビィ様に恋してなんかなかったのかーって。拍子抜けというよりも長年の自分の思い込みに呆れ果てたけど、殿下が大変ふて腐れておいでだったので私はさんざん(なだ)めすかしてご機嫌を取ったというわけ。


 その後は色々と世間話や近況を話したんだけど、ふいに思いついたように殿下がミルクレア様の事を口にしたのよ。


 レジレンス殿下とアイリビィ様のご婚約発表から間を置かず、殿下のご両親であるアラクネイティズ公爵殿下の所にアーティボート家からギーズゴオル殿下とミルクレア様の婚約打診があったんだって。


『で、ででで殿下って以前、ミルクレア様の事、嫌いじゃないって仰ってましたよね?』


 焦る私に、


『人間のタイプとして共感出来る部分があるという意味であって、異性として好意を持つというわけじゃねぇ』


 ―――そう力説した後、


『ああいう女は恋敵に何やらかすかわかったもんじゃねぇ』


 真面目な顔でそう仰った。


『お前は俺の"女友達"としてけっこう有名になってるし、変な勘違いされないよう、(おおやけ)の場ではなるべく近寄らねぇ方がいい―――てのをお前に伝えようと考えてた矢先だったからな。丁度いいから今言っとく』


 そう仰った後、いつものようにバルコニーからお帰りになった。



(ああいう女は恋敵相手に何やらかすかわかったもんじゃない―――か)



 そういう私はといえば、恋する相手に何をするかわかんない件。


 あの美しい殿下がいつの日にか独身宣言を撤回して、

 私以外のどこかの女性の腰を愛しげに抱き、愛を囁いたりしたら。


 ぶわりと立ち上る殺意。

 私は脳内で殿下を殺す。


 なるべく苦しまないように殺したいなぁとか、

 なるべくご遺体は美しいままで保ちたいなぁとか。


 私はもう殿下の事が好きで好きでたまんなくて、昔は恋より命と断言出来たけど、今だと命より恋になってる自覚ある。


 万が一殿下を殺したりして、

 その罪が露見したら私は間違いなく死刑で。

 皇族なんか殺したら絞首刑じゃ済まないわよね。

 御馳葬の憂き目に遭うのは間違いないし、

 きっとお父様もお母様もお兄様も名目丸潰れになるから、

 そうはならないよう上手く立ち回らないと駄目で。


 なんてね。


 勿論現実にそんな事が出来る筈もないんだけど。


 だから私は妄想を愉しむ。

 そして罪悪感に胸を痛める。


 我ながら重傷だなぁなんて浸っていたら、


「ここの椅子、空いてらっしゃる?」


 問われ、見上げる。

 海賊令嬢―――エナゴーテイク公爵家のベルザ様だった。


「ご機嫌よう、ライラ様」


 ベルザ様はニコッと笑う。


「お久しぶりですね、ベルザ様」


 私も微笑みを返した。

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