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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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04 サーレンシス城の隠し部屋

 そうしてまた無言で歩き続け、遠目に門らしきものが見えてきた頃、しばらくぶりに殿下が話しかけてくれた。


「あのな」

「なんでしょう?」

「今度またお前んちの城に遊びに行っていいか?」


 思いがけない事を言われて吃驚する。


 嫌ですが?

 乙女心的にはOKだけど、

 私の将来的に駄目かな。


 でもそんな事、正直に言ってしまうには身分の差ってものがあるわけで。それに、なんで? って思うわけで。


「我が家に殿下が興味を引くような物、ありましたっけ?」


 割と真剣に思いを馳せてみたけど、さして心当たりはない。うちは築500年の古城だからそれなりに見所はあるんだろうけど、部分的な建替えや大規模補修は何度もされてるし。それは皇宮も同じだろうけど、皇宮の方がもっとずっと古いわけだし。

 

「サーレンシス城には"隠し部屋"があるんだろ?」


 そういえばそれがあったか―――と、合点がいった。


 古い城には大概曰くがあるもので、うちの城もご多分に漏れず隠し部屋の噂がある。うちの城は地下二階まであるんだけど、地下のどこかに窓も扉も無い部屋があるって噂が何百年か前から囁かれているのよね。


「でも何代か前のご先祖が好奇心にかられて大々的に城内探索したものの、結局見つからなかったんですよ? そもそも年季の入った城だからそれくらいあるんじゃないかって程度の噂が元らしくって根拠ゼロっぽいですし」


「探し方が足りなかったんじゃねえ?」

「それはわかりませんけど」


「俺、そういうのにすごく好奇心を擽られるんだよな。だから今度遊びに行った時、探検させろよ」


 殿下が笑う。

 割と健全めのにっこり笑い。


 今まで意味ありげなニヤリ顔しか見たことなかっただけに新鮮で。


「…お父様に話しておきます」

「ああ、頼んだぞ」


 お茶会への参加は今日を限りに以降は辞退の予定だけど、我が家にお招きするなら問題ないよね? 悪夢の中のあの現場は皇宮の庭園なんだから、あそこに行かない限りは問題ない筈―――よね?


 私は自分にそう言い聞かせた。


 しばらくして皇族専用門をくぐると殿下が周囲を見回す。

 すると、


「殿下ぁ」


 ねずみ色のコートを着た男性が近寄ってきた。

目深に被っていたフードを脱ぐと無愛想な顔が現われる。灰色の髪を短く刈り込み、灰色の瞳はひどくほの暗い。一瞬中年男性かと思ったけれど、よく見るとけっこう若いかも。


 殿下は私の方を振り向く。


「ライラ。俺が個人的に召し抱えている魔術師がこいつだ。私人魔術師だからってバカにすんなよ? 移動魔術だけなら公人魔術師にも劣らねぇつーか、それ以上だからな」


 殿下の私人魔術師さんは「グリオン・カルケイビタンと申します」と挨拶をして、ペコリと頭を下げた。


 結論から言って、カルケイビタンさんの移動魔術は素晴らしかった。

 皇宮へ送って下さった公人魔術師さんと本当に全く遜色ないというか、魔術スクロールも小道具も使わずにごく短い詠唱だけで魔方陣を展開させての移動だった辺り、確かに公人魔術師以上だったわ。


 帰宅してすぐ、殿下の来訪についてお父様に相談。

 すると城内探検の際にイライゼルお兄様を同行させる事を約束してくださるならとの事。

 それで私はその旨を手紙にしたためてギーズゴオル殿下宛てに送ったところ、翌日には例の殿下の虹色に光る鳥が来訪日時を打診してきた。






 そうしてお茶会から一ヶ月も経った頃。

 城内の指定の庭先で一家揃って待ち構えていると、空間が揺らぎ、次の瞬間にはカルケイビタンさんと一緒にギーズゴオル殿下が現われる。

 殿下は出迎えの中にいる私の姿を見ると、眼を細めて笑った。


「ライラ。サーレンシス侯爵の許可の取り付け、ご苦労だったな」


 次にはお父様に謝意を示し、お兄様にも「イライゼルだったな? 今日は頼むぞ」とか仰ってる。

 心の底からうきうきわくわくしているご様子で、


(ちょっと可愛いかも)


 なんてね。

 私は相変わらず色ボケしかかってるんだけど、でもね。


 初めてお茶会に参加した日から今日までの間に例の悪夢、2度も見た件。年に3~4回の筈の悪夢をたった一ヶ月で2回も見るってどうなのよ。


 しかも、しかもよ?


 悪夢の中ではア○○○ィとしか聞えなかった筈の名前がしっかりと"アイリビィ"って聞えるようになっちゃってた。


 あの悪夢はやっぱりきっと私自身の近い未来。ギーズゴオル殿下は将来、私に処刑宣告するかもしれない人物なんだし、気を許さないようにしなくちゃってやっぱり思う。


 殿下は私と少しだけ話した後、お兄様を伴って城内探索に出掛けた。

 出掛ける直前、殿下は


「ライラも来るか?」


 そう誘って下さったけど私は遠慮。極力当たり障り無く接して、けして親しくならないようにって思うから。うっかり親しくなってお茶会への誘いを断れなくなったら困るものね。


 だから私はお兄様と殿下が城内地下探検に出掛ける背中を愛想笑いで見送った。

 その後は普通に自室へ向かおうとしたら、


「ライラ、書庫へ行って本を探してきて欲しいのだけど」


 そうお母様に頼まれてしまった。


 本の捜し物なんて使用人に頼めば済む事なのに、お母様も私もその時は何故だかなんの疑問にも思わなかったのよね。書庫へ行き、書庫の整然と並ぶ沢山の本棚を前に「さぁお母様のご依頼の本を探さなくては」って思った瞬間、


「あら?」


 私は首を傾げた。

 お母様に頼まれた本の題名を忘れてしまってる。


(いいえ、忘れたというか―――そもそも題名を聞いてない気がするんだけど)


 そんな馬鹿な話ってある?


 訝しんだけど記憶にないものは仕方がない。

 お母様に訊きに行こうと書庫の扉へ向かいかけ、ふと気になるタイトルの背表紙の本が目立つ位置に無造作に置かれている事に気付く。


―――レーダーゼノン帝国毒殺事件全史


 えらく物騒なタイトルの本。

 ほとんど無意識みたいに手に取り、開く。


 スピンの挟まれた頁をなんの気なしに開いたら、薔薇園に佇む女官の挿絵が目に入った。たちまち脳裏に皇宮の薔薇園で見た女官の幽霊の姿が浮かぶ。


 文字を追うと、


 ■299代皇帝時代・女官メネルト・ワナティカ毒殺冤罪事件■


 そんな見出し記事が目に入った。


「299代皇帝というと… 今の皇帝陛下が308代だから九代前の皇帝陛下よね」


 年代を見ると150年くらい昔の事件のようだ。


「えーと。皇宮に仕えし女官メネルト・ワナティカ伯爵令嬢がサーレンシス侯爵家の…… え!? サーレンシス?」


 ギョッとしたけど、ふと思い出す。

 そういえば四年くらい前にお兄様が言ってた"ご先祖のやらかし"って、ひょっとしてコレ?


 興味津々で本文を読もうとしたら―――いきなり書庫の扉が開いた。

 開けたのはお兄様で、向こうも吃驚顔。


「ライラ? 珍しいところに」

「えっと、お母様のお使いで本を取りに来てたんだけど。お兄様は? 地下の探検は終わりました?」

「いや、地下の壁に古い時代の文字が彫られていたので辞書を」


 言いかけて、お兄様は突然顔色を変えた。


「お前、何を読んでるんだ」


 お兄様はツカツカ早足で近寄ってきて、私の持っていた本を乱暴を取り上げる。


「子供のくせになんて本を読んでるんだ」

「えっと、ご先祖の"やらかし"が載ってるみたいで…。そもそもその件を最初に話して下さったのはお兄様でしたよね」

「……覚えてたのか。当時の僕は配慮が足らなかった。こういう本は大人になってから読みなさい」


 お兄様が気まずそうに目を逸らす。


「イライゼル、どうした?」


 開け放たれた扉の向こうの廊下側にギーズゴオル殿下がいた。

 お兄様は慌ててにこやかな顔を作り、


「殿下、失礼しました。どうぞ中へ」


 促された殿下は書庫に入って周囲を見回す。

 その時だった。




 カチッ




 部屋の何処かでそんな音が聞こえたので、書庫内にいる三人―――私とお兄様と殿下は顔を見合わせる。


「今、妙な音がしたよな?」


 殿下の問いに、私とお兄様はこくりと肯く。


 その後も何やらカチッカチッと音が鳴り続け、音の出所はどこだろうかと周囲を見回していると、出し抜けに本棚が縦横上下にスライドしつつ動き出した。


「ええ!?」


 ガッタンゴットンと音を立て、右上にあった棚が下の空間へ降り、右下にあった棚が左の空間へ移動し、左下にあった棚が上に―――そうしたら。


 本棚の向こうに扉が出てきた。


 ずいぶん年を経たような扉で、装飾の浮き彫りの溝に埃がびっしり詰まっている。そして扉の真ん中辺りには不思議な紋様が描かれていた。


「我が家の書庫にこんな細工があったとは…。て言うか、もしかしてあれは」


 お兄様が呆然と呟く。


「なんですか?」


 問うと、お兄様は興奮気味に叫んだ。


「神紋だ! この扉、神紋で封印されていたんだ!」

「神紋?」


「うちの城の隠し部屋とはまさにこれの事なのではないか? 地下ではなくまさか書庫にあるとは。でも、なんでいきなり封印が解けたんだ?」


 本当にその通りだ。お兄様はご勉強の為にもともと頻繁にこの書庫へ来ていたし、私はそう頻繁ではないものの、年数回くらいは来ていたし、お兄様と私の二人で来た事も何度かはある。だけどこんな現象は起らなかった。それを思うと今回のイレギュラーは。


 兄妹で思わずギーズゴオル殿下を見つめてしまった。

 殿下は一瞬キョトンとした後、


「ひょっとして俺が神力持ちだからか?」


 小首を傾げた。

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