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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
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03 薔薇園の女官が明らかにバグってる件

 レジレンス殿下は挨拶を終えるとすぐに他の方達の所へ行ってしまった。殿下が居なくなったのを良い事に、


「ねえ、お茶注いでよ」


 アイリビィ様が再度要求してくる。


(これ。悪夢の中?)


 ちょっと頬をつねってみたけど夢から覚める様子はない。


(やっぱりあの夢って未来の私の姿なんだわ)


 なんだかもう色々と暗示的過ぎて嫌すぎる。


 ギーズゴオル殿下、

 アイリビィ様、

 レジレンス殿下と、


 悪夢の中の登場人物が三人も実在してて、

 悪夢の中で私に毒殺された当人が、

 現実の中で私にお茶を注げと要求してくるなんてさあ。


(私、今後一生、誰かのティーカップにお茶を注いだりしないから。絶対に!)


 私は決意を新たにしたけど、アイリビィ様は相変わらず私に対してお茶を注げとばかりに指でテーブルの表面を連打する。


 さすがに無礼が過ぎないかなあ。


 いっそ一言言ってやろうか―――と考えあぐねている間にアイリビィ様は諦めたように連打を止め、気まずさMAX。

 そんな最中にギーズゴオル殿下が来た。

 殿下は私をチラッと見てニヤリと笑い、


「三ヶ月ぶりか?」


 なんて言いながら軽く視線をくれたけど、すぐにアイリビィ様の隣の椅子に腰掛け、身体も完全にアイリビィ様に向けてしまった。


「ギーズぅ、久しぶり!」


 アイリビィ様はギーズゴオル殿下に猫撫で声。

 殿下はアイリビィ様に向けてふわっと柔らかい笑顔を浮かべてる。


「お前、声が大きいぞ。遠くまで丸聞こえだ」

「え、ホント? 私の声ってよく通るのよね」

「褒めてねぇし」


 三ヶ月前、殿下が楽しそうにアイリビィ様の話をしていた姿を思い出す。て言うか。よく見るとアイリビィ様って少し垂れ目がちなのね。ギーズゴオル殿下、初対面の時に『垂れ目が好み』とか言ってたような…。


 ふーん、はっは~ん、なっるほどぉ…。


 気がつくと二人は私には判らない雑談を始めてしまい、私は完全に蚊帳の外になった。その内アイリビィ様はギーズゴオル殿下に何か耳打ちをして、今度はギーズゴオル殿下が耳打ちを返す……という応酬をし始める。


(なんだか感じ悪いなぁ…)


 程なくレジレンス殿下が戻って来て、今度はギーズゴオル殿下とアイリビィ様の両方の頭を叩く。


「お前たち、二人で盛り上がってないでライラ嬢も仲間に入れてあげなさい」


 するとアイリビィ様がフンとそっぽを向く。


「だってえ、ライラちゃん、他人行儀だしぃ」


 ライラ"ちゃん"と来ちゃったよ。

 つか他人行儀ってなんなん?

 初対面じゃん。


 するとレジレンス殿下は眉を顰める。


「お前は逆に馴れ馴れしすぎるだろう。そんな不躾で失礼な態度ではエルカント伯が恥をかくって事が判らないのか」


 アイリビィ様は頬を膨らませ「そういう問題じゃないしぃ」なんて、レジレンス殿下と私を交互にチラ見してから、何やら不満そうに頬を膨らませる。

 

 え? 何?

 私、別に失礼な事してないよね?

 された気はしてるけど。


 それからお茶濁し程度に暇を潰した後、私はさっさと帰る事にした。

 席を立ち、テーブルのメンツに軽く挨拶をして、このお茶会の場で1番身分が高いであろうレジレンス殿下への挨拶も終え、さぁ辞去しようと思ったら、


「ライラ」


 思いがけずギーズゴオル殿下に声を掛けられた。


「皇宮の表門まで送ってやる」


 そう言われて吃驚。お茶会の間中、ギーズゴオル殿下は私にはほとんど目もくれずにアイリビィ様とばかり話していたし、私より前に辞去した令嬢は何人かいるけど、誰にも「送る」なんて言わなかったのに何故私にだけ? って。


 断るのもなんだからそのまま一緒に歩き出す。

 特に何か話題があるわけでもないからずっと無言。


 そうして数分ほど歩いてからふと気付く。


「殿下、来る時に通った道と違ってる気がするんですが」

「え、マジか?」


 ギーズゴオル殿下は足を止め、周囲を見回す。


「あ、悪ィ。この通路、皇族専用門行きだった」

「ええ? 私の担当の公人魔術師さんは一般貴族用の表門に待機してくれてる筈なんですけど…」

「心配すんな。俺が個人的に召し抱えている私人魔術師に送らせるからよ」

「私人魔術師、ですか…」


 どうしても我家の移動魔術下手な私人魔術師ミグリットさんが脳裏に浮かんでしまうなぁ…。


 …なんて思ってたら殿下がご自身の指先に虹色の光を灯した。それと同時にバチッと感電するような音が鳴る。虹色の光は鳥のような姿を象り、二羽に分裂し、舞い上がる。鳥は殿下の周囲を旋回した後、それぞれ違う方向へカッ飛んでいく。


 私はポカン。


「伝令鳥だ。俺の私人魔術師とお前担当の公人魔術師にメッセージ送っといた」

「今のなんですか? 魔術? 殿下は魔力をお持ちなんですか」


 だけど殿下は否定する。


「皇宮内は結界のせいで魔術使えねぇって知ってるだろ? 俺は魔力持ちじゃねぇ。神力持ちだ」

「し、神力? 凄いですね!」


 思わず声が裏返った。


「ああ。格好いいだろ?」


 なんて言ってニヤッと笑う。


「格好いいです!」


 思わず力一杯肯定してしまった。


 帝国民の内、魔力を持って生まれるのは千人に一人と言われているけど、神力持ちは更に稀少で10万人に一人と言われているんだよね。神力持ちと言ってもピンキリだし、殿下の神力がどれほどのレベルかは知らないけど、たとえ底辺レベルだとしても充分に特別感がある。


(魔力持ちですら珍しいのに神力持ちかー。なんてこった、殿下が―――あの悪夢の中の黒髪男が急にキラキラ輝いてみえてきた)


「殿下が神力持ちなんて知りませんでした」

「隠しちゃいねぇが公表もしてねぇからな。生まれつきなら誕生直後に神殿で判定を受けさせられ、そのまま公表の流れになっただろうが、俺の場合、後天性だからまぁいいかってな」

「後天性?」

「6歳ン時に事故で頭をガツンと打ち付けて、それ以来、少しづつ芽生えてった的な」

「後天的に授かる事もあるんですねぇ…」


 隣を歩きながら、なんだかドキドキしてしまう。


 殿下の容姿はもともと好みのタイプではあったわけで、でも例の悪夢のせいもあって、心情的に容姿なんか二の次感あったんだけど、どうしよう。殿下が神力持ちって知った途端、すごくすごーくステキに見えてきたんですけど。我ながらなんというチョロさ。


(でも駄目!)


 私はぶんぶんと頭を振った。今後のお茶会はお断りするつもりなんだし、親睦深める気なんてないんだから、殿下ステキィなんて思ってる場合じゃないよ。

 あの悪夢を思い出すべき。

 未来の殿下は私を乱暴に押さえつけて、私の言い分も聞かずに牢獄送りにして、そうしてノー裁判で処刑宣告するんだよ。


 そう自分を戒めたお陰と、そのあと特に話題も無かったお陰でお互いだんまり。ひたすら通路を歩く。話題が途絶えたからって殿下も特に気にした様子もないし、このままでいい。


 そう思いつつ角を曲がると遠くに薔薇園が見えた。

 それと同時に背筋に悪寒が走り、総毛立つ。



 なんだか。



 薔薇園のど真ん中に幽霊が居るような―――。



 女の人。

 多分、皇宮の―――女官?



 でもお茶会会場に行く時に道案内してくれた女官とはお仕着せの筈の衣装のデザインが微妙に違う。なんというか、三昔か四昔か、ヘタしたらそれよりももっと昔くらいの古風なドレスを着ている。きっとかなり古い時代の女官の霊だ。


(古さで言えば英雄門の首無しお爺さんの幽霊の方がずっと昔の人っぽいけど。でも、なんと言うか…)



 この女官の霊、すごく怖い。



 女官の霊は薔薇園のど真ん中でまるで細い樹木のように佇んでいて、目を大きく見開いて、ひたすらじっと虚空を見上げてる感じなんだけど、ただ、その大きく開かれた眼窩には眼球らしきものは無く、真っ黒だ。


 そして、明らかに背景からバグってた。


 立体的な背景の中、その女官だけ妙にのっぺりと平面的で。写実的な絵画の中に突然平面的な絵が混ざり込んでるような違和感がある。

 見知らぬ幽霊と遭遇するとそれなりに悪寒が走るし、鳥肌だって立つけれど、でもそれは至近距離まで近付いた時だけなのに。ここから女官までけっこう距離が離れているのに、こんなに"感じる"なんて滅多にない。


 耳を澄ますと何かをゆっくりと呟いているのが判った。



(カ…… サ…… マ…… バ…… カ…… サ……?)


 なんだろうか。

 聞き取りづらいし、

 音も拾いづらい。


 カサマバ? マバカサ?


 何かの呪文か人の名前か、

 はたまた暗号の類いなのか。

 それよりも何よりも、


(なんだろうか、この禍々しさ…)


 目を逸らしたいのに出来なくて、魅入られたように見つめてしまう。

 身体がピクリとも動かない。


 あれ?

 これ、不味くない?

 金縛り?


 すると―――。


「ライラ、どうかしたか?」


 いつの間にか少し先を歩いていた殿下が足を止めて振り返り、ついてこない私を訝しむ。その途端、憑物が落ちたみたいに身体が動き、ようやく女官の霊から目を逸らす事が出来た。


「も、申し訳ございません」


 私は小走りで殿下に追いつく。

 追いついてまたしばらく歩き続けながらも、私の背筋の寒さはなかなか引かなかった。

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