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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
37/81

37 嘘吐きな悪魔

 ギーズゴオル殿下はかく語る。


 いつだったか殿下は日記を枕元に置いて寝入ってしまった夜があったのだという。ふとなにやら違和感を感じて目覚めたら、赤紫の靄に包まれたリグナスが天井の高い位置を浮遊していたのだと。靄はリグナスに対してまるで懐いている子犬のようにまとわりついていたという。

 殿下が故意に寝返りを打ってみた所、靄は名残惜しそうにリグナスの周囲を旋回した後、殿下の枕元の日記の中に吸い込まれて消えたとの事。


 そこまで聞いて、私は日記の中には引き籠もりの女性の霊が憑いていた事を思い出す。

 あの女性の霊は赤紫の髪とアップルグリーンの瞳で、大きな鎌を持っていた―――けど、この3年、一切話題に出なかったから綺麗さっぱり忘れてたわ。


 て言うか、赤紫の靄?

 赤紫?


 殿下の目は幽霊を"白い靄"として見る筈。


 幽霊ではないという事?


 それよりも、


「ひょっとして日記の中の霊―――霊? …って実は引き籠もりじゃなかったって事です?」


 そう問うと殿下は「恐らくな」と仰る。


「たった一度見ただけだからな。単なる夢の可能性も疑ったし、赤紫の靄がメリアザンかどうかの確証はそン時はなかったよ。

 ライラ、お前も3年前に言ってたろ? "メリアザンの日記に憑いてるからって執筆者本人とは限らない"ってな。

 嬉しそうに日記の"王子"部分を読んでいる時のリグナスは見応えのある馬鹿ヅラをキメていたしよ、それはそれで観賞価値がないでもねぇなと判断し、俺は何事も無かったフリを決め込んでいたわけだが」


「この悪魔!」


 リグナスが叫ぶ。

 どう突っ込めばいいのか謎なのでスルー。


「ところがだ。半年前を最後に幽霊狩りは失敗ばかり。お陰で日記の朗読も無し。最初は苦戦続きだなぁくらいにしか思って無かったが、ある段階でこのクソ悪魔、意図的じゃねぇ? と俺は疑った」


「どんな段階だったんでしょう」

「すんでの所で成仏させ損なった幽霊が何体かいたろ」

「いましたけど、でも本当に難しい案件ばかりで…」


「薔薇園のアレや海賊公爵家憎しのダクネス・グレンダーのような後回し案件じゃなく、追撃で成仏可能だったエクスノヴァ将軍タイプの案件がいくつかあったろ」


「そういえば…」


 タイムオーバーで次回の幽霊狩りに持ち越し…と思ってたのに、リグナスが『今回はあっちの霊にしよう。成仏させやすそうだよ』と提案したせいで据え置きになってる幽霊が何体もいる上、リグナスが勧めてきた幽霊たちだって実際のところ大して簡単でもなくて、"据え置き"の霊は増えるばかりで…。


「そこに気付いた辺りから俺はリグナスの目的について考えるようになった。"真の目的"にな」

「"真"の」


「考えてもわかんねぇから契約解除を念頭に置きつつもずっと保留にしてたんだがよ。ふと冷静になって、待てよ、リグナスの真の目的とかどうでもよくねぇ? っと賢明なこの俺は気付いたわけだ。―――心残りは伯爵の正体とユンライって女の行く末だったが」


 ユンライ様の方は私も気になってたわけだけど。


「昨日の昼な。俺は瑪瑙宮の父上に喚ばれたフリをして、リグナスを部屋に放置した」


 殿下がそう仰ると、


「あ! さてはあの時!」


 リグナスが声を上げる。

 殿下は口の端だけで笑う。


「俺様の神力ファビュラス地獄耳が室内の会話を綺麗に拾ってくれたよ」


 神力ファビュラス地獄耳かー。

 とりあえず突っ込む気はない。


「……え、君、目ン玉だけじゃなくて耳も覚醒してた? いつの間に?」


 リグナスが訝しむ。


「いや、ホントは神力で気配殺しながら扉にへばりついて全力で聞き耳立ててただけだが」

「うわ殿下、ひどい絵面です」


 さすがに突っ込んでしまった。すると殿下はリグナスを()めつけたままで私の背中を軽くどつく。殿下、ちょっとDV気質? そのせいで女にもてなくなれば願ったりだなと考えてしまう私はなんかもう色々と終わってるよ。


 私の脳内とは裏腹に、殿下は依然としてリグナスを責め立てる。


「俺がいないと思って扉のすぐ傍で会話おっぱじめやがってこのアホぅども」


「"ども"?」


「リグナスとメリアザンの会話だよ。

 残念ながら俺にはリグナスの方の声しか聞こえなかったがな。

 だが、怪しさ満点の"会話"だったゼ?


『メリアザーン、日記の展開を遅らせる手、他に何か無いかなぁ』

『・・・・・・・・・・・・・・・』

『またぁ? さすがにこれ以上の水増しはきついよー』

『・・・・・・・・・・・・』

『それはそうだけどさぁ。近頃のギーズ君の僕を見る目がやたらキツくて…』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

『んー? でもハノイヴァ滅亡の原因てユンライちゃんなんだし、そこは心を鬼にしてさぁ』


 とか言ってたよな」


「えええ? ちょっと待ってください、え? え? え?」


 ハノイヴァの滅亡原因がユンライ様?

 そしてその事をリグナスは知っていたって事?

 今まで頑なに『滅亡理由は忘れてしまった』って言ってたのに?

 つまり私達、今までリグナスに嘘を()かれていたって事?


「で、でも、殿下! そういえば悪魔は召喚主に嘘は吐けないって…。あ、嘘を吐けないってこと自体が嘘って事なんですか?」

「いいや」


 殿下は否定する。


「悪魔は召喚主には嘘がつけない。悪魔側にそのくらいの縛りがないと危なっかしくて悪魔召喚しようなんて(ヒト)はいなくなるからな。悪魔にとっては不自由ではあるが、人間側の信用を得る為には必要な縛りでもある。つぅか、召喚主に嘘を吐くと、悪魔、消滅するらしいしな」


「え、そうなんだ」


 けっこうエグい縛りがあるんだぁ。

 でもそれならリグナス、とっくに消滅してる筈では?


 訝しんでいると殿下が仰る。


「つまり俺はリグナスの召喚主じゃねぇってこった」

「え」


 恐る恐るリグナスを見ると、リグナスは明後日の方向を見ながら口を結んでる。だけど沈黙に耐えられなくなったのか、少しして「ハァ…」と息を()き、覚悟を決めたように語り出した。


「僕を召喚したのはギーズ君だ。それは間違いない。ギーズ君が皇宮内で僕を召喚したから僕は皇宮内に入れたんだ。それは確かな事実だよ。ただ、ほら」


 リグナスは殿下を見る。


「ギーズ君はハノイヴァ滅亡理由が知りたかったわけじゃん? だけど僕はそれを一切口にするわけにはいかなかった。僕は"口にしない"という誓約を300年前にハノイヴァの魔神と交わしていたからね」


「魔神とは知り合いか」


「まあね。なんせ僕、当時ハノイヴァに住んでたし? 人間に擬態して、メリアザンとは小さい頃からの知り合いを()ってたくらいだし?」


 住んだこと無いって言ってたくせに。


「悪魔のルールではさ、契約にしろ誓約にしろ単なる約束にしろ、古い方が優先されるし強制力があるんだよね。だからギーズ君がハノイヴァ滅亡理由を僕に尋ねたその時点で交渉は決裂してたんだよ。決裂と同時にギーズ君の"召喚主"ってアドバンテージも無効化されてた。

 だから僕がギーズ君に何回嘘を吐いても"嘘"とはカウントされなかったってわけ、あはは」


「…ド畜生が。全部俺を騙す為の嘘だったわけか」

「……まぁ、そういう事になるのかなぁ」


 殿下は悔しそうに唇を噛む。


「ただね、悪魔のルールにばかり都合良く世の中廻るわけでもなくてさぁ。ギーズ君が召喚主の立場を失ったと同時に僕も"招かれ人"の立場を失ったわけだよ。だけど僕は何がなんでも皇宮に居坐りたかったからねぇ…」


 だからリグナスは交渉決裂した後、間髪入れずに殿下に逆交渉を持ちかけ、メリアザンの日記の朗読を餌に見事殿下の釣り上げに成功したのだという。


「ついでに言うと、僕とギーズ君が新たに交わしたのは契約ではなく"約束"に過ぎなかったよ。僕達はこの3年間、単に"口約束を交わした者同士"って関係でしかなかったけど、ギーズ君は気付いていなかった。ぷぷ、所詮はガキンチョ。まんまと騙されてくれたお陰で僕は"招かれ人"の立場を維持し続ける事が出来たし、嘘も吐き放題でした~」


 わざとらしく(おど)けて見せるけど、

 でもリグナス、目が笑ってないんだよね。

 そんなリグナスを殿下は相変わらず()めつける。


「なんでそこまでして皇宮に居坐りたかった?」

「黙秘しま~す」

「皇宮の幽霊達の成仏なんか、実のところどうでも良かったわけだ」


「そりゃあ死神の依頼ってのも嘘だからねぇ。あえて言うなら魔神の依頼かな。いや、仕事? ハノイヴァの事を覚えてる幽霊をさっさとあの世に連れて行く必要はあったから、どうでも良くはなかったよ。他の霊はどうでもいいけど。まぁでもそれだって物のついでで、ホントの目的は別にありましたぁ」


「ソレを言え。本当の"真の目的"を」

「言ったら皇宮に居坐らせてくれる?」

「内容による」

「だよねぇ…」


 悪魔らしく人間を罠にはめ、嘲笑し、翻弄したかった―――というわけではなさそうで、リグナスの表情は妙に真摯で、その上ひどく憂鬱そうだった。

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