38 話せる事だけ話してあげよう
リグナスは所詮は悪魔だし、
私としては一応は一線を引いてたつもりだけど、
それでも全く情がないわけじゃない。
伊達に3年も過ごしてきたわけじゃないからね。
ミンチにして生ゴミってのはどうせ死なないの判ってるからだし。
信用なんかぜんぜんしてないけど、
昨日今日知り合った別の悪魔とリグナスなら、
さすがにリグナスを信用しちゃうだろうくらいの
小指の先ほどの情くらいはあるわけで。
だから私はリグナスが自分から何かを言うのを待ってたんだけど、一方の殿下はそんな悠長な性格ではなかった。
「あー、面倒くせぇ」
言うなり殿下は手に持ったままだった日記を今度はまとめて5頁分くらい一気に引き千切った。
「あ、ああ!」
リグナスが血相を変える。
殿下は手の平に灯した虹色の火に問答無用でその5頁分をくべた。
「やめろ、やめろったら、ギーズ、ふっざけんな!」
「真の目的を言え。言わない限りはこうしてやるよ」
そう言って殿下はまた5頁分くらいを引き千切る。
リグナスはますます青くなった。
「判った、言う! その代りライラちゃんを紺碧宮から遠ざけてくれ」
「ああん? なんでだよ。ライラがいると話せないような"目的"か?」
「そんな事もないけどさ、あーあ、なんて言ったらいいんだろーな!」
リグナスなりの曰く言い難い何やらがあるっぽい。
けど、殿下はそんな事を考慮する気はないようで、
「生意気にも条件つけようとは片腹痛ぇな。よしライラ、そこを動くな」
そう言って失笑してみせる。
するとリグナスは豪華な金髪を掻き毟る。
「なんだかなぁ。こっちにだって都合ってもんがあるんだよ! 言うに言えない都合ってもんがあるんだよ!」
「知ったことかよ」
「悪いようにはしないから! 3年間仲良くやってたじゃん! 僕を信じて!」
「悪魔なんか信用するか、アホゥ。てめぇはこの3年でどんだけ俺を騙したよ。最早てめぇに与えてやれる慈悲は"真の目的"を吐くか、今すぐ皇宮から立ち去るかの二択だ、ボケ」
「だから! 都合が!」
「マジで面倒くせぇな」
そう言うと殿下は頁を引き千切るのを止めた―――と思ったら、今度は日記本体に虹色の火を点火。
リグナスは目を剥く。
「なんて事すんだ! メリアザン、今すぐ日記から出て!」
殿下は嘲笑する。
「はぁ? お前悪魔だろ? たかが人間の霊、たかが300年前の顔見知りなんだろう? 日記に恋心の吐露書かれて絆されたのかよ、ウケるわ」
「いやもうホント、どっちが悪魔かなぁ!」
日記本体が虹色の火に包まれ、ブスブスという音を醸し出す段になり、
キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
叫び声と一緒にくるくる巻き毛の赤紫の髪の女性がにゅるんとこぼれ落ちてきた。
メリアザンさんだ。
殿下はメリアザンさんの丁度首根っこの辺りを的確に掴み取る。殿下には霊は靄にしか見えない筈なのによく掴めたな、と吃驚。白い靄と赤紫の靄ではなんらかの違いがあるんだろうか。
なんて考えていたら今度は私がリグナスに首根っこを掴まれてしまった件。
それを見て今度は殿下が目を見開く。
リグナスは眉を八の字にして私を見る。
「ごめんね、ライラちゃん。君のことは嫌いじゃないけどさ、メリアザンには替えられないんだ」
「おい、リグナス。ライラを放せ」
殿下の声にほんの少しだけど動揺が走る。
だけどリグナスは殿下の声を無視して指パッチン。
その途端、私の視界は真っ黒になる。
意識はあるのに何も見えない。
「ギーズ君、ライラちゃんの身柄はメリアザンと交換だから!」
この言葉が聞こえたのを最後に私の意識までもが暗転した。
耳元で聞き慣れたパッチンという音がして、ふと目を覚ます。
ぼんやりと視界に入るのは―――漆喰が破れて煉瓦が剥き出しになってる部屋。
私は壁を背に座らされていたみたいで、
ほんやりと室内を見回した。
家具も何もない簡素な部屋。
いえ、部屋というよりもただの空間?
空間の広さは自分の部屋より少し狭いくらいだろうか。
扉や窓らしきものはどこにも無い。
なのに何故か部屋全体が明るい。
「ライラちゃん、目ぇ覚めた?」
リグナスが私の隣に座ってた。
「覚めたけど…」
私はリグナスの人質にされたんだっけ。
いいえ、どちらかというと捕虜?
でも私、殿下にとって人質や捕虜の価値あるのかな? いやいや、さすがに殿下の愛馬よりは上よね? きっと助けてくれるよね? 殿下、馬の為に動くんだから私の為にも動いてくれる筈! いやでもどうかなぁ、 今日で幽霊狩り終了なら私の存在価値、著しく低下する? いやいやそんな事ない、殿下、あれでけっこう優しいとこあるし…
そんな風にめまぐるしく変化する思考が表情に表れてたみたいで、
「大丈夫だよ」
リグナスが笑いかけてきた。
「ライラちゃんにもしっかりギーズ君の目印が付いてるし」
「え」
目印?
殿下がお気に入りつけてるあの目印が私にも?
かぁっと頬が熱くなり、
思わず頬を両手で被ってしまう。
「可愛いねぇ、うんうん」
「ど、どこに付いてるの?」
「一つはうなじ。けっこう前につけてたよ。あと、さっき二つ目つけて二重掛けしてた」
「え、さっき?」
「ほら、ギーズ君が神力ファビュラス地獄耳がどうのってクソダサなこと言ってた時、ライラちゃんの背中どついてたでしょ。あの時」
あ、あの時か。
普通にどつかれただけだと思ってたけど、
ホントは目印つけてくれてたのか。
しかも二つ目だったとは。
そうかぁ、私は殿下のお気に入りなんだぁ…。
感動して、しばらくぽかぽかした気分に浸ってたけど、時間と共にぽかぽか気分が少しづつ引いていくと、頭も冷静になってくる。
そうして改めて室内を見回す。
不自然に明るいのはリグナスの魔力のお陰なんだろうな。
「……で、ここどこ?」
そうっとリグナスを見ると、
「君んちの地下」
「はあ!?」
吃驚した。
うちの城の地下にこんな場所あったっけ?
「お城の建築時の設計ミスで出来ちゃった空きスペースだよ。どこの城にもこういう場所はあるんだよ。ちなみに僕がココを発見したのは300年くらい前でねぇ。グランディル・サーレンシス―――君の神力持ちのご先祖の隙を窺う為に、ここに潜伏してた時期があったの」
「ご先祖様の隙を?」
「うん。グランディル所有のハノイヴァ関連物を滅却しなくちゃいけなかったからね」
「リグナスはハノイヴァの滅亡理由、知ってたのよね」
「うん」
「世界中のハノイヴァの痕跡を消してたのもリグナス?」
「僕一人でやってたわけじゃないよ。そもそもは上司―――魔神からの指示だし」
「上司? 上司なんだ?」
「そう」
「そっかぁ」
殿下、怒ってもいいわ、これ。
「もしも殿下が日記を焼却しちゃってたら私を殺す?」
「いやいや、ギーズ君の目印がついてる時点で怖くて出来ないよ。それに僕はライラちゃんを殺したいわけじゃないし。僕はメリアザンが無事ならそれでいいんだよ。日記はまぁ惜しいけどさ…」
「メリアザンさんってリグナスの恋人なの?」
問うとリグナスは悪魔のくせに優しく笑う。
「さっきも言ったけど、300年前、僕はハノイヴァに住んでたんだよ。なんせ僕の上司、ハノイヴァの魔神じゃん? メリアザンと知り合ったのは偶然だけど、あの娘が小さい頃にほんの気まぐれで助けたらすごく懐いてくれてさ。彼女は魔神にこき使われてた僕の心の癒やしだったんだよねぇ」
「へー」
今までに朗読してもらったメリアザンの色ボケた恋心の吐露が脳裏に浮かぶ。ほんと素直に王子王子と慕っていたもんね。
あ。
リグナスが処刑についてやたら詳しかったのってそういう事か。
「……メリアザンさんってなんで自分の日記に取り憑いてたの? てっきり引き籠もり状態だと思ってたけど、実際は違ったみたいだし」
何の気なしに思ったままを訊いてしまったけど、
直後に思い出す事があった。
「さっき殿下に私を"紺碧宮から遠ざけろ"って要求してたよね。私に聞かれたらマズイ話があるって事なのよね?」
「うーん、あの時はそうだったけど、今はもうそうでもないかなぁ」
「意味わかんない」
「わかんなくていいよ」
リグナスは苦笑する。
「……ギーズ君は僕と交わしたのが"契約"ではなく"約束"だったと知ってしまったから、捕虜交換が終わったら今度こそギーズ君の"招かれ人"の立場を失って僕は皇宮から弾き出されるだろうね。となるとライラちゃんとはそこでお別れ。―――だからね」
悪魔らしくなく眉尻を下げ、
「捕虜にしちゃったお詫びと暇つぶしを兼ねて、話せる事だけ話してあげようか」
そうしてリグナスは語り出した。




