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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
36/81

36 まぁもともと信用してませんでしたけど

 契約解除の日は近いのかも―――なんて思っていた割に、それでも3年もの間、当たり前のように続いていた日々だから、どこか現実感が無かったのかなぁと思ったりもする。なんだかんだとこのまま殿下とリグナスと私の三人の日々は続いていくのかなぁってね。


 そんな訳なかった。






「え、俺。好きでもねぇ女にいつの間にか振られたのかよ」


 ミルクレア様の"勘違い"について報告すると、殿下は当然のことながらあまり気分は良くないようで。


「でも、あんな状況で殿下が自ら駆けつけて救ってくれたなんて思えば、殿下に好かれてるって誤解しちゃうかもですよ。無理もないというか」

「そんなん知るかよ、腹立つなオイ。恩を仇で返されたようなもんだよなコレ」

「いやぁまあ、ははは」


 アーティボート家を辞去する時、何かもの言いたげだったミルクレア様のもじもじしたご様子が脳裏に浮かぶ。

 現在のミルクレア様のご心境は、皇太子妃になりたいという長年の打算とギーズゴオル殿下へのときめきが(せめ)ぎ合ってるんだろうなぁと察せなくもないわけで。でもそこら辺りは言うなれば私の所感に過ぎないし、下手に藪を(つつ)いた感じになっても個人的にイヤだしって事で知らんぷりしとこうかなって。


 それはそれとして。


「えーと、殿下的にはミルクレア様ってどうです?」

「ん?」

「好みのタイプだなぁとか、そうでもないなーとか」


 ミルクレア様はツーサイドアップがよくお似合いの(あで)やかな方なんだよね。垂れ目ではないけど、私よりはアイリビィ様寄りの容姿をしてらっしゃるし。


「そうだな…」


 殿下は顎に人差し指を当てて考え込む。


「確か、けっこう性格悪ィオンナだよな。前にアイリビィに突っかかってたの見た事あるぞ」

()もありなんですね」


 ミルクレア様がご自身のターゲットであるレジレンス殿下と1番親しいアイリビィ様を放置するわけないもんね。アイリビィ様に喧嘩を売るようなミルクレア様の事は、殿下的にあまりご心象は良くないだろう―――と思ったら。


「俺はああいう性格は嫌いじゃねぇけどな」


 などと仰るので、


「はあ?」


 ビックリした。


「あの女の性格の悪さ、だいぶ俺に近いぜ? 自分の立場を脅かしそうな者はとりあえず排除って思考回路、判りやすくて俺は好きだよ」


 えー。


「俺は幸い世界一の帝国の皇子サマに生まれたし、特別あくどい事しなくても周囲が勝手に遠慮してくれっからわざわざ手ぇ汚さなくて済んでるけどな。親は適度な距離感で物わかりがいいし」


 すると、何が(しゃく)(さわ)ったのか、


「へー、そーりゃあ良かったねぇ~、とってもとっても良かったデスね~」


 天井に浮いてたリグナスが口を挟んできた。

 殿下の方をチラリとも見ないまま。

 からかい口調なのに実際にはかなり怒ってる、

 そういう感じで。


 ん?―――と思ったわ。


 リグナスの雰囲気がいつもと違うような。

 殿下に対して相当にイラッとしてる感じというか。


 二人は契約関係があるけど、殿下は皇子でリグナスは悪魔で、お互いに相手を怖れ敬う立場でもない。それでもリグナスの方が殿下を立ててる雰囲気はあった。なんだかんだ言っても殿下は召喚主だし、けして弱くない神力をお持ちな上に、皇宮(ここ)はリグナスにとってアウェイもいいトコな結界内で、それでかなぁと思ってたんだけど。


 でもそういえば。


 リグナスは会うなり愛想良く「ライラちゃーん」と懐いてくるのが常なのに今朝はまだ挨拶すらしていなかったような。


「…ひょっとしてとうとう契約解除ですか?」


 今日のお喚び出しはいつも通りの幽霊狩りの件だと思ってたし、結局リグナスが殿下を説得して契約続行になったのかぁなんて思ってたんだけど。


「その事なんだがな、ライラ」


 殿下が私の顔を見る。


「はい」


「今朝方、このクソ悪魔に契約解除を申し渡したってぇのに、こいつ、なんでだか皇宮から弾き出されねぇ」


「え」


 3年前、悪魔との付き合いを(たしな)めた私に、


『俺が契約解除を宣言すればリグナスは"招かれ人"の権利を失い、皇宮から弾き出される』


 殿下はそう仰った筈。


 それなのになんで?


「いつ殿下に蹴り出されてもいいように何か対策でもしてたんですかね。やっぱり所詮は悪魔ですね、悪魔って信用なりませんね。まぁもともと信用してませんでしたけど」


 私はじろりとリグナスを睨んだ。

 天井から「ヒドッ」という声が振ってくる。


「殿下。この悪魔、例の目ン玉なんとか光線でミンチにしてから生ゴミとして皇宮外に投げとくとかどうです?」


 するとリグナスは血相を変える。


「ライラちゃん、この3年の間、僕達そこそこ仲良くやってたよね? 不履行かまそうとしてるのはギーズ君の方なんだし、少しくらい僕の肩持ってくれてもいいじゃんかぁ、想い出して? 紺碧宮から表門まで幾度となく僕が君を瞬間移動してあげたあの日々! あれ別に僕の義務じゃないのに好意でやってあげてたのにさ、人の心とかないの!?」


「いや、人の心とか対悪魔に限り不要かなって…」


「ヒドッ」


 またリグナスの声が降ってくる。

 殿下はフッと笑い、


「よく言った、ライラ。じゃあお前の同意も事実上得られたようなモンだし、」


 そう言うと殿下はメリアザンの日記を手に持った。何をなさるのかなと見守っていたら、殿下はメリアザンの日記を開くなり最初の方の頁をいきなり引き千切った。


「ええ!?」と私。

「ちょっ!?」とリグナス。


 特にリグナスの驚愕は私の比ではなく、光の早さで殿下に向けて何かを放つ。吃驚したけど、見ると殿下は一瞬で虹色の光を(まと)い、リグナスの放った"何か"を無効化する。


「てめぇ、この俺を攻撃しやがったな」


 殿下は剣呑に目を細めてリグナスを()めつけたまま、引き千切った頁を手の平に出現させた虹色の炎で燃やした。


 ちょっ、殿下、その日記の所有権、我が家ぁ…。

 いやまあ割とどうでもいいんだけど。


「悪いな、ライラ。でもお前の物は俺の物だろ?」


 やだそれ、私が殿下のモノみたぁい…


 なーんて色ボケてる場合じゃなかったし、何故だかリグナスは妙に大慌てだった。


「ギーズ君がそんな事するからじゃん! どうせ僕の攻撃なんか君には効かないんだから攻撃にカウントしないでくんない!?」


 リグナスは天井から降りてきて、殿下が小脇に抱えている日記を奪おうとする。だけど虹色の光にガードされてて奪い取る事が出来ないみたい。


「お前、なんでそんなに必死なの?」


 殿下は失笑する。


「おかしいだろ。この日記の所有者はサーレンシスだし、お前はただ俺に依頼されて朗読しているだけだ。この日記に執着する筋合いじゃねぇだろうが」


 だけどリグナスは答えず、殿下を睨む。


「てめぇとこの日記の関係はなんだ?」


 殿下が更に問う。


「関係って… なんの事かなー、アッハハァ」

「メリアザンとお前の関係は? と訊き直すか」

「……………………………………えーとぉ」


 え、どういう会話なの、これ。


 展開についていけずにひたすら呆然と見守ってると、殿下が再び日記からもう一頁引き千切る。


「ちょっと、やめ、勘弁して……」


 リグナスが口を戦慄(おのの)かせ、突き出した両腕を小刻みに震わせる。


 どういう事?


 このメリアザンの日記は我が家の隠し部屋に300年間封印されていた本のひとつで、そこにたまたま悪魔限定召喚スクロールが挟まれていて、それを皇宮に持ち帰った殿下が、たまたま近場にいた悪魔(リグナス)を召喚しちゃっただけで、全ての事柄にはなんら関係性らしきものは無い―――と思ってたけど、何? 違うわけ?


 ポカーンとしていると殿下が仰る。


「ライラ、この日記に度々出てきてたメリアザンの憧れの"王子"な」

「あ、はい」

「リグナスの事だ」

「はい。…はいィ?」


 ビックリして目を剥いてしまった。

 見るとリグナスは少し頬を赤らめ、気まずそうに(うつむ)く。


 殿下は仰る。


「ライラ、こいつが日記の"王子"への色ボケのくだりを読む時、やたら嬉しそうだったとは思わねぇか?」

「そ、それはそうですが」


 楽しそうだなとは思ってたけど。

 そうか、あれは楽しいと言うより嬉しそうだったのか。


「他にもある。"王子"とリグナスの好物の一致とかな」

「焼き芋とキュウリの塩漬け…? それ、リグナスも好物なんです?」

「奇妙な一致だとは思ったよ。怪しみつつも確信はしていなかったし、そもそもこいつがメリアザンの"王子"だろうと俺には関係ねぇし」


 殿下がそう仰ると、


「じゃあ別にいいじゃん…」


 そう言ってリグナスは拗ねたように横を向く。

 だけど、殿下の追撃は止まない。


「日記の内容を捏造して朗読してやがんのは関係ないでは済まされねぇだろ」


「え」


 どういう事?


 チラッとリグナスを見ると、全身から脂汗を垂らしてた。悪魔が分泌した脂汗、魔塔に持って行ったら高く売れそうとかしょうもない事を考えてしまう程、私は混乱する。


 え、どういう事?

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