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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
35/81

35 乙女心は複雑怪奇

 つまり殿下はご自身のピンチの間際に無意識に神眼を覚醒させたという事らしい。


「目玉から光線出すなんて初めての事でコントロールが効かなくてな。その後も強盗を無作為に5~6人ミンチにしちまった」


 "危ない殿下"の出現に動揺した強盗達を、期に乗じて護衛兵達が捕縛。馬車に乗ったまま人質にされていたミルクレア様は窓から外を覗き込み、沢山の人肉ミンチを目にして卒倒し、そのままアーティボート家の持ち城に送られた―――と言う事だった。


「目ン玉の件、神殿に問い合わせに行ったら、危なすぎるから自力コントロール出来るようになるまで神殿仕様の眼帯はめてろって言われたんだよ。攻撃特化の神眼は珍しいってめちゃくちゃ遠巻きにされたわ」


 そう仰いながら眼帯ごしに右目を撫でる。

 天井にいるリグナスは渋面で、


「ギーズ君の神力レベルが上がるとさぁ、ますます僕、逆らえなくなるんだよねぇ」


 そう(こぼ)す。

 さっき脂汗()らしてたのってそういう理由かぁ、

 ざまぁ。


 それは置いといて、変だなぁと私は首を傾げた。


「皇宮発表では襲撃を受けたのは殿下のみって事になってましたよ? ミルクレア様が関わってたなんて1リミリも…」


「そりゃあな。皇宮側のヘマをそう大々的に喧伝するわけにはいかねぇだろ。令嬢担当の公人魔術師は体調不良、他も出払ってて、馬車に乗せて帰らせたら護衛兵達が役立たずで令嬢は人質になった―――なーんてザマを公式に認めるわけにいくか」


「ああ、なるほど…」


 納得しかけたら、


「―――皇宮はアーティボート家に借りを作った」


 殿下がそう仰って、私は思わず目を見開いた。


 ―――借り。


 確かにそうだ。


 ミルクレア様をお救いしたのはギーズゴオル殿下だけど、そもそも皇宮の過失でミルクレア様を危険な目に遭わせてしまったのは覆らない訳で、アーティボート家がなんらかの政治的な配慮を要求してくる可能性があるって事か…。


 殿下は仰る。


「アーティボート家が娘とレジレンスを婚約させろと打診してくるかも知れなくね?」


 私は目をぱちくりさせる。


 もしそうなったら―――うっかりミルクレア様がレジレンス殿下と結ばれたらアイリビィ様はフリーになるわけで、そうなった方がギーズゴオル殿下的にはヒャッホー? 独身宣言撤回?


 それは嫌だな。

 すごくすごく嫌だなぁ。


「まあ、実際にそんな要求をすれば帝国内に於けるアーティボート侯爵家の株が失墜するからどうなるかはわかんねぇけどよ」


 そう仰るので少しだけ安堵した。


 今日は殿下のご無事な様子を見れたわけだし、それで良しとしておこうと思い、帰宅する事にした。


 帰る前に一応訊いてみる。


「えーと、殿下。次の幽霊狩りのご予定は?」


 しかし殿下はチラッと私を見た後、難しい顔をして黙り込む。

 私は今度は天井にいるリグナスを見上げた。


「契約は続行になったの? それとも解除?」


 リグナスも憮然と黙り込む。


「……まだ決まってないんですね」


 て言うか、これはもう解除の流れ? このお互いの仏頂面。さすがにそろそろ終わりなのかもね。






 そうして帰宅して幾日かが過ぎる。

 朝から本を読んでいたら、使用人が手紙を持ってきた。


「ベルザ様かしら」


 ベルザ様とはお茶会でも仲良くして頂いているし、今もご自宅に定期的にお誘い頂いてるんだよね―――なんて事を思いつつ差出人の署名を見ると、アーティボート家のミルクレア様だった。


「え、なんで」


 思わず口を突いて出たわ。


 ミルクレア様とは皇宮のお茶会でしかお会いした事はない上に、実は会話もろくにした事ないんだよね。ミルクレア様は私より歳が二つ年上ってのもあって話しかけづらいというのもある。勿論ご挨拶はするけど挨拶だけ。

 レジレンス殿下の婚約者候補は身分順ではベルザ様が一位、親しさの順で言えばアイリビィ様が一位というわけで、そのお二人と交流のある私はミルクレア様からしたらライバル陣営の敵でしかなくて、それで一方的に無視されていた感じ。


 そんなミルクレア様がどうして私をお招きに?






 アーティボート侯爵家へお窺いする日が決まり、当日、身構えて出掛けたんだけど。


「いらっしゃい、サーレンシスのライラ様。招待状を送ったものの、断られたらどうしようかって少し不安でしたわ。こうして差し向かいでお話するのは初めてね」


 ミルクレア様は普段のイメージとは違う雰囲気で私を出迎えて下さった。

 そして妙にもじもじとなさっていた。


「あの、ライラ様」

「はい」


「………えっと、その。………どうぞお茶とお菓子を召し上がれ」

「ありがとうございます」


「あの、ライラ様」

「はい」


「………えっと、その。………今日は良いお天気ですわよね」

「そうですね。良い天気だと思いますわ」


 何か言いたい事があるんだろうなぁと思う。

 でも言い出せなくて困ってるって感じ。

 赤面してみたり、俯いてみたりと挙動不審。


 彼女のイメージって、気が強くて気位が高くて態度も大きくて、めっちゃ感じ悪くて、でもレジレンス殿下を前にすると猫なで声のぶりっ子に豹変…て感じだったのよね。

 しかもそのぶりっ子ぶりがわざとらしすぎて演じきれていないの。本気でレジレンス殿下に恋してるなら可愛いモンだけど、どう見ても打算臭がしてたんだけど。


 それなのに今のご様子は―――。


「あのー、ミルクレア様」

「な、なあに、ライラ様」


「ギーズゴオル殿下について訊きたい事がお有り…なのですよね?」


 ズバッと言うと、ミルクレア様は両目を大きく開き、次には両手で顔を被ってしまわれた。しかも指の向こうに見えるお顔は明らかに赤くなってる件。


 そして私はというと半目になった。


「そ、そそそそそういうわけではないの、だけど」

「あ、違うんですか。そうですか」


「い、いえ、その。ち、違うけど、でもその、えっとね」

「はい」


 ネタは上がってるんでとっとと話して下さらないかなぁ。


「そ、その、ライラ様ってギーズゴオル殿下とお仲がよろしいわよね」

「そうですね。割と仲良くして頂いてますね」


「だったら、その……。ご存知よね? 先日、ギーズゴオル殿下が襲撃された事件、ありましたでしょ」

「ありましたね」


「実はあの時、私も襲撃現場にいましたの…」


 何故だか少し誇らしげに仰る件。


 これは、アレだ。

 絶対アレだ。


 私の目はますます半目になった。


 こちらの気も知らずミルクレア様は堰を切ったように話し始める。レジレンス殿下とのさしのお茶会の辺りから皇宮の不手際まで長々。人質になった際、馬車の窓からギーズゴオル殿下が虹色の光を纏って颯爽と降り立ち、賊を蹴散らしている様子を見たと情熱的に語る。


「私、強盗の人質にされて生きた心地もなかったのですわ。護衛兵達はてんで役立たずで、本当に怖くて。そうしたら殿下が―――ギーズゴオル殿下が駆けつけて下さったの。

 殿下は神力持ちだとは聞いた事がありましたが、普段、お力の程をお見せになる事もない奥ゆかしさでいらしたのに、私の危険を察知して瞬間移動で現場まで…。ギーズゴオル殿下は私の為に…」


 いや、あなたの為ではなく、お気に入りの馬の為ですが…。

 まぁそれは伏せとくとして。


 あーあ。

 ミルクレア様、すっかりギーズゴオル殿下に恋しちゃってるじゃん…。


 と思ったら、


「勿論私は! レジレンス殿下を長年お慕いしておりましたし、これからも変わりません!」


 きっぱり言い切る。


 レジレンス殿下への打算がギーズゴオル殿下への乙女心に負けちゃうのかも? と危惧してたけど取り越し苦労かぁ。ミルクレア様の打算に乾杯。


「そ、それに私、ギーズゴオル殿下よりも二つも年上ですし。だ、だから、その。私、ギーズゴオル殿下の想いには応えられなくて、心苦しくて」


「……あはは」


 色々誤解があるけど訂正するのもなんだしな。


「おほほ。それでは殿下はミルクレア様に失恋…という事なのかしら」


 適当に話を合わせてみたら、


「し、失恋…」


 ミルクレア様は愕然と顔を青ざめさせる。

 そして、なんとも表現しづらい複雑な表情をして俯いてしまわれた。


 どういう意味の表情なのかなぁ、これ。


 普段性格悪めの筈のミルクレア様のしょんぼりとしたご様子。ちょっと可愛いなって思ってしまって、私の乙女心も複雑だった。






 数日後、ギーズゴオル殿下にいつものように皇宮へ喚ばれる。最近、喚ばれる間隔がやけに短いなぁと訝りながらも私はいそいそと皇宮へ出向く。そうして紺碧宮で殿下の眼帯姿を眺めつつ、見慣れるとこれはこれで有りだよなーとか色ボケて。


 だから―――。


 今日がリグナスとの関係を清算する日になるなんて思ってもいなかったのよ。

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