33 もう飽きた
さらに日々が過ぎ、気がつけば第一回幽霊狩りから3年が経過。
私とギーズゴオル殿下は15歳になっていた。
殿下と私とリグナスとの幽霊狩りは相変わらず続いている。
だけどメリアザンの日記の進行はここ半年近く1頁も進んでいなかったりする。
リグナスが最後に朗読した頁はこんな内容。
<ハノイヴァ王国紀996年10月10日。
脱獄したユンライ様がまた再逮捕されてしまった。
今回ユンライ様を脱獄させたのは
唯一神を信望する組織だったから危惧はしていたのだけど。
なんとユンライ様、
「こんな組織に救われるくらいなら牢の方がましである」
そう仰って、ご自分の意志でお戻りになったのよ。
ユンライ様は故伯爵様顔負けの反唯一神派だったものね。
そうなっちゃうかなぁとは思ってたけど、案の定だった。
例の組織としては、真逆の思想を持つ伯爵の孫娘をお助けする事で
株を上げるつもりだったんでしょうね。
運良くユンライ様が組織に靡いてくれれば美しい旗印をも得られると。
オマケに反唯一神派の牙城をも崩せると期待したのだろうけれど、
あの方の反唯一神はそんな生やさしいものじゃなかったしねぇ…。
それにしたって万事休すだわ。>
<ハノイヴァ王国紀996年11月11日。
今日裁判の判決が出て、
とうとうユンライ様の処刑日と処刑法が決まってしまったわ。
来月、ユンライ様は火刑に処される事になった。
本来ならば斬首刑だった筈なのに、度重なる脱獄のせいで…。
もういっそ私がユンライ様を脱獄させようか…と思ったけど、
王子が止めるの。
「本当に脱獄させる事が出来たならいいけど、成功するとは限らない。
最悪、共倒れだよ。
ユンライ嬢がいよいよ処刑される段になった時、
"処刑人の裁量"を行使出来るのは君だけなんだよ」
そう説得されて、確かにその通りだと思ったわ。
それか、処刑の時、伯爵様から頂いた魔道具を
ユンライ様に使って頂ければあるいは。
ああでも火刑の火は逃れられても逃走ルートを確保出来るかしら。
もういっその事、神殿で悪魔召喚スクロールを買ってこようかしら。
私の魂と引き換えにすればユンライ様をお助け出来るかしら。>
この朗読を聞いた時、久々に殿下の瞳に光が宿ったのを覚えてる。
『そういや考えた事なかったが、悪魔は魂を集めて何がしてぇんだ? 喰うのか? 生のまま丸かじりか? それとも料理すんのか?』
なんてリグナスを質問攻めにしてたっけ。
『食べないよー。魂はね、悪魔にとって消耗品なんだよね』
『消耗品?』
『えーとね。なんて説明したらいいかなぁ…』
リグナスは一生懸命殿下に説明してて、私はといえば久々に見た殿下の嬉しそうなお顔を堪能しつつユンライ様とメリアザンの行く末―――もう300年前に終わった事だけど―――をそれなりに心配して。
でも、それきりその続きは読まれていない。
いくら皇宮の幽霊が多いにしても、3年もの間、成仏してもらいやすそうな幽霊を重点的にあたったせいか、未だ残ってるのは相当根深くて難しい幽霊ばかりで、ここ半年、一体も成仏させる事が出来ず、従ってリグナスに日記の続きを朗読をさせる事も出来ず―――って状況なわけ。
ちなみに薔薇園の女官やグレンダーさんとかも勿論相変わらず成仏していない。
いつものように私を紺碧宮にお喚びになったギーズゴオル殿下。
リグナスは外出しているようで、お陰で二人きりだったんだけど、殿下は朝一でお顔を見た瞬間からなにやら浮かないご様子でだんまりを決め込んでいる。
「…えーと。殿下の虹色伝令鳥、昔はスズメくらいのサイズでしたのに、最近のってカラスくらいありますよね」
「ん? ああ」
私が雑談を振っても殿下はぼんやりと肯くだけだ。
今日はあんまり話しかけない方が良いのかな…なんて考えていたら、
「なぁ、ライラ」
殿下は出し抜けに、ほとんど肩が触れあうくらいに私に身を寄せてきた。
同じテーブルの隣り合わせに座ってはいたけど、一応節度を保った距離を空けているのに、こうも身を寄せられてしまってはと、私は慌ててしまった。
殿下の近さにドキマギしてたら、耳打ちされる。
「もう飽きた」
途端、私はスンッ…となった。
言いたい事を告げると殿下は私から離れ、座り直す。
―――もう飽きた。
つまりハノイヴァ王国滅亡原因への探究心が著しく低下しているという意味だ。
まあ、わからなくはないけど。
メリアザンの日記の内容がユンライ様の脱獄と再逮捕に終始していた頃、すでに飽いてらしたと思うしね。だけど最後に読まれた頁で、落ちてたテンションをなんとか盛り返したわけで。
でも、ここ半年、成果ゼロではねぇ…。
殿下はハノイヴァ滅亡原因や伯爵の正体を知りたいという気持ちは依然としてお持ちなんだろうなとは思うけど、それを知る上で必要とする労力―――幽霊狩りとメリアザンの日記に対する情熱が間違いなく薄れていらっしゃるんだろう。
「なんかもうどうでも良くなってきた…」
殿下は心底つまらなそうに頬杖をつく。
するとそこへ、
「おっ待たせ~」
リグナスがいつもの調子で室内の天井付近の空間にパッと出現する。
「ごめんねぇ、ちょっと冥府に行ってたからさ。さぁ、今日の幽霊狩りのターゲット、どれにする?」
3年前に作った幽霊の分布表を取り出し、ニコニコ笑ってるけれど、殿下はえっらく冷たい目で見上げた後、実に胡散臭い笑顔を作る。
そして、
「リグナス、とりあえず床に着地しろ」
そう仰る。
「あれ? ギーズ君、なんか空気が不穏な感じ?」
「そんな事ねぇよ?」
「いや、絶対不穏。何? また契約解除とか考えてる感じ?」
この半年で殿下が契約解除を匂わせるの、すでに三回目なんだよね。その都度リグナスが一生懸命殿下の好奇心を鼓舞して、なんとか今日まで保たせてきたわけだけど、そろそろ本気で契約解除かもなぁ…と思ったりしなくもない。
まぁ、相変わらずの事だけど私はどっちでもいい。
殿下への殺意も例の独身宣言のお陰で鳴りを潜めてるし、この3年ですっかり殿下の"女友達"の座は確保してるから、どうしても会いたきゃ会える立場だし。
ユンライ嬢の行く末は気になるものの、このままだといつか処刑されて終わりなんだろうし、だから聞くのが怖いって気持ちもあるというか。
結局今日はリグナスによる殿下の説得に終始してしまい、ずっと二人でああでもないこうでもないと言い争うのを横目で眺める他なくて、気がついたら昼下がりになっていて、どうやら今日の幽霊狩りは中止みたい。
それで私は帰宅する事にした。
「あのう、殿下。私、今日はもう帰ります」
そう言うと、
「ん? ああ。気をつけて帰れ」
こちらをチラとも見ないでリグナスと口論を継続。
二人とも今日は私を表門まで送ってくれそうにない。
まだ物慣れない頃は宮の使用人に付き添いを申しつけてくれたりもしたのになぁ。ちょっとしょんぼり。仕方なく一人徒歩で皇宮の表門に着くと、いつものように殿下お抱えの私人魔術師カルケイビタンさんが待機してくれている。
「カルケイビタンさん」
声を掛けると、
「サーレンシスのお嬢様、殿下のお相手、お疲れ様でございました」
カルケイビタンさんはペコリと頭を下げる。
「今日はいつもとは違う意味で疲れたわ」
「そうなんですか?」
「いつもは皇宮の中を歩き回ったり、おしゃべりしたりで疲れるのに、今日は逆よ。紺碧宮から一歩も出ないで殿下が"お友だち"と言い争うのを眺めていただけなんだもの」
「それは大変でございましたねぇ」
カルケイビタンさんはあまり変化のない表情ながらも小さく微笑む。
初対面の頃はひどく無口で無愛想だったカルケイビタンさんだけど、ここ3年の間にこんな風に雑談するまでになったんだよね。
「じゃあ今日もサーレンシスの城までよろしくです」
「承知しました、お嬢様」
そうしていつものようにカルケイビタンさんの移動魔術で自宅へ戻り、数時間ほど経った頃。
城の外がなにやら騒がしくなった。
お父様が私人魔術師ミグリットさんの移動魔術でご帰宅なさったようで、なんの気なしにエントランスまで出迎えたら、お父様、私の顔を見るなり、
「ライラ、大変な事が起こったぞ!」
そんな事を仰る。
なんだか嫌な予感がした。
出迎えの為に部屋を出た時、廊下の途中でお兄様と遭遇したから、そのまま並んで兄妹で一緒にお父様を出迎えたのに、お父様が真っ先に目を向けたのは惣領であるお兄様ではなくこの私で、開口一番、私に向かって「大変な事」を告げるって事は。
それってひょっとしてギーズゴオル殿下がらみって事なのでは?
そしてその予感は当たってた。
ギーズゴオル殿下は何故だか皇宮から離れた場所で襲撃を受け、手負いの姿でお戻りになったという。




