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悪魔と皇子と殺意と私  作者: 夜府花使
32/81

32 14歳の独身宣言 2/2

 殿下の反応が怖い反面、少しくらいは脈が育ってないかなぁという多少の期待もあって、殿下の怜悧なお顔を見つめる。

 殿下は少し瞳を巡らして、


「エリシャ・サウザート? サウザート公爵家の? ……ああ、」


 小さく呟いた後、


「あの地味な男か」


 などと仰った。


「地味なんですか?」

「性格と性質と能力がな」


 エリシャ・サウザート様は地味な方らしい。


「ご容姿は?」

「派手だ」


 容姿は派手なのに性格と性質と能力が地味?

 なんだか馴染みのある印象のような……あ、我家か。

 全てに於いて上の下のサーレンシス家か。

 容姿は良いのに妙に地味な我が父と我が兄が脳裏に浮かぶ。


 殿下曰く、エリシャ様は高身長で金髪碧眼、容姿だけなら令嬢達の憧れの存在になりそうな程に整っているらしい。だけど無口で大人しくて人見知り。特別聡明というわけでなく、武道が得意というわけでもなし。あえて(あげつら)うような欠点はないもののこれといった長所もなく、至って凡人なのだという。ご年齢はレジレンス殿下よりひとつ上という事で、となると私とは五つ違いか。


 考え込んでる私をどう思ったのか、


「いや、見映えはすこぶる良いし、無難といえば無難な男ではあるぞ?」


 フォローを始めた…だと?

 いやここは「たいした男じゃねえし止めとけ」とか言ってもらいたいんですがあ?


 殿下は一通りエリシャ様について語ると、「で?」と私に問うてきた。


「で、とは」

「婚約するのか?」


「今の殿下のお話を聞いてまるっきりその気がなくなりました」


 もともと無かったけどね。

 おほほほほと貼り付いた笑顔で答えておく。


 すると意外にも、


「そうかそうか」


 妙に嬉しそうなご様子になった。


 あれ?


 ひょっとして私が婚約するのが嫌とか?

 少しは脈がある感じ?


 ちょっと期待しつつ、でも幽霊狩りに支障が出るのが嫌とかそういうオチなのかもなーと思ったり。


 だってさ。


 幽霊狩りを開始した12歳の頃ですでにギリギリだったけど、今の私と殿下って14歳なわけで、14歳の男女がこうもしょっちゅう会っていたら、周囲から噂されてもおかしくないというか。

 なのになんでだかそういう噂、一欠片も立たないのよ。

 もしも噂が立ったら殿下は責任をとって私と婚約する可能性も生じるわけで、私としてはそういう展開来ないかなーとちょっとだいぶ期待しなくもなかったんだけど。


 ―――でも噂、立たないわけ。


 不自然な程にぜんぜん立たない。


 それってつまりアラクネイティズ公爵夫妻と殿下が予め噂が立つのを抑えているからなのかなって少し勘ぐってる。つまり当然のことながら殿下は私と婚約する気なんかゼロで、私の存在は相変わらず単なる"使える臣下"ってだけで。


 そうとはっきり言って下さればって思う。


 思うけど、私だって真意を知るのが怖くてズバリとは問いただすことが出来ていない。


(自分の臆病さを殿下に責任転嫁するのは卑怯かな…)


 ふいにそう思い、私は殿下を見た。

 殿下は相変わらず怜悧な美貌で私をじいっと見下ろしている。


 意を決してしまおうか。


「殿下、私が婚約したらお困りになります?」

「困るとは?」

「婚約したらこれまでのようには幽霊狩りにお付き合い出来なくなると思いますし」


「ま、そうだろうな」


 何このどうでもよさげな解答ぉぉ。


 やだわ、

 いつの間にか"使える臣下"の地位からも失墜してない?

 最近の日記がつまんなくて興味が薄れてるせい?


 もういっその事エリシャ様と婚約しちゃおうかなぁとちょっと思った。私、明らかに面食いだから、お相手のお顔さえ良ければ中身がよほど酷くない限りなんとかなる気がするし、ここはもうスパッと殿下を諦めて―――。


 すると殿下がぼそりと呟く。


「困るといえば困るが、それよりも」


 それよりも?


「淋しくなるな」


 けっこう真顔でそんな事を仰る。

 作ったようなわざとらしい真顔じゃなくて、かなり本気っぽい真顔。


 ちょっ…。

 殿下ぁ、それ、反則うぅぅ。


 殿下はよほど私に殺されたいらしい。


 なんだろう。恋愛対象とは見なしていないけど友達としては大事に想ってくれてる的な感じなのかな。それはちょっと心温まる―――けど、こっちはバリバリに殿下に恋しているので、それはそれで私としてはいろいろな意味で困るわけで。


「……殿下の方は、その。こ、婚約を考えてる令嬢、とか。いたり、するんでしょうか?」


 そう問うと殿下は少し悩ましげな表情をする。

 もしも殿下の脳裏に思い浮かぶのがアイリビィ様だとしたら―――多分無理。

 殿下の想いは叶わない。


 以前、ベルザ様がレジレンス殿下とアイリビィ様は想い合っていると仰っていたけど、お茶会に復帰してからお二人の様子を注意深く窺ってみた限り、確かにそれっぽいなと思ったのよね。未だ婚約していないのが不思議な程にお仲が良い。そもそもお二人のご婚約がなかなか定まらないのは、アイリビィ様のご身分が伯爵令嬢だからで、方々への根回しが大変ってだけの事らしい。

 そんなお仲を見せつけられながらも未だ時期皇太子妃の座を諦めていない令嬢方ってへこたれないなと感心するけど、冷静に考えるとアイリビィ様を諦めていないという意味ではギーズゴオル殿下もへこたれてないお仲間同士なんだよな。


 でもね。


 最早よほどの番狂わせでもない限りギーズゴオル殿下は失恋確定だと思うんだよなぁ。


 殿下の失恋は気の毒だとは思う。私が殿下に恋してなければ小指でも立てて「お気の毒に…ヨヨヨ」なんて泣ける…かどうかはともかく、多少は可哀想って思うだろうけど、私は聖女じゃないので、やっぱりヒャッハーとしか思わない。ごめんね、殿下。


 ―――などと自己中な事を考えていたら、ふいに殿下は大真面目な顔で仰った。


「俺はな。―――生涯独身を貫くつもりだ」


 キリッ。


 この言葉に私は衝撃を受けた。

 色々な意味で。


 それってさ。




 アイリビィ様が手に入らないなら独身で通すって事でスかー?




 私は思わず内心で失笑する。


 14歳の独身宣言なんて後の黒歴史というか、痛々しい寝言のようなモンよね。しかも初恋破れてその挙げ句―――と来たら。

 まぁでも私としてはそれはそれで願ったりかなとも思ったわ。

 正気に返るまでの今しばらくは、殿下は誰かの物になったりしないんだと思ったら、ちょっとだけホッとしちゃったわけで。


「ふふぷげらふふ」


 私の失笑と安堵がない混ぜになった謎の笑い声をどう読んだのか、殿下は拗ねたように私を睨む。


「…言っとくが昨日今日の思いつきじゃねぇんだぞ?」

「はいはい」

「……あれは俺が6歳、コーデリアが18歳の時の事だった」

「はい?」


 何故ここでコーデリア様の名前が?


「その頃あいつ、婚約寸前までいってた隣国の王子との縁談が破談になってな。以来あいつ、独身主義を自称し始めたんだけどよ。

『俺も独身主義だが、もらい手のねぇ行けず後家のお前と一緒にするなよ?』

 と言ったらぶっ叩かれて、大理石の柱に頭をガツンと―――」

「え、ひょっとして」


 殿下は肯く。


「前に言ったよな? 6歳頃に頭をガツンと打ち付けたって」

「殿下の神力が後天的に目覚めた切っ掛け……でしたよね?」


 え、コーデリア様、いわば殿下の神力の生みの親?

 そ、そそ、そうだったのか。


「頭ガツンはともかく。つまり俺は6歳の時、すでに独身主義だったんだよ」

「幼児にして独身主義ですか。格好いいですね!」


 キリッ。


 私は真顔になった。

 ならざるを得なかった。


 だって真顔になってないと吹き出しちゃう。


「いつの間にこんなに生意気になったんだ、この女は…」


 殿下は憮然とした表情で私を見下ろすけど、でも殿下は案外寛容なのもう判ってるし、私はすっとぼけて内心で舌を出す。


 それからしばらくしてようやくリグナスが冥府から戻って来た。


 指パッチンの音と共にパッと天井付近に現われたリグナス。殿下は「ああ戻ったのか」という感じで無感動に見上げる。以前の殿下だったら幾分か嬉しそうに迎えたものだけど、ここ最近はさっぱりで、椅子に座って足を組んだまま。


 一方のリグナスは真逆のテンションで、楽しそうにメリアザンの日記を開き、"王子への恋心の吐露(ラブレター)"を少しだけ読み、その後、ユンライ様の続報に入る。

 私と殿下はいつものように聞き耳を立てる。

 ここしばらくの習いのようにユンライ様の再脱獄と再逮捕に終始した内容で終わる。


「今日はここまで」


 リグナスはパタンと日記を閉じる。


 チラリと殿下の様子を覗うと、殿下の表情はやっぱりとってもつまらなそうだった。

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