31 14歳の独身宣言 1/2
14歳になったギーズゴオル殿下は背がずいぶん伸びた。
細身なのは変わらないけどヒョロガリって感じではなく、無駄の無い筋肉がしっかりついた上での痩身。首や手足が長いせいもあってか、とてもしなやかで優雅な姿。お顔は少しだけ大人びて、そのせいか美貌が増してるような。
そういえば髪型も変わった。
以前はひっつめ髪のポニーテールにしていたけど、最近は結ばずに背中に流してて、それが更にしなやかな印象を醸し出していて眩しい。
以前『どうしてポニーテール止めたんです?』って訊いたら、『あんまりひっつめて頭皮を酷使すると将来ハゲるらしいぞ…?』と青ざめながら仰って、思わず笑っちゃったけど、
それはともかく。
殿下と私の日々自体は12歳の頃からあまり変っていない。
幽霊狩りは相変わらず続いていたし、
幽霊を一体成仏させる度、リグナスが日記を1頁読む。
ハノイヴァ王国の故伯爵の孫娘ユンライ様は王国紀996年4月4日に処刑宣告を受けたけど、その後結局どうなったかというと、なんとユンライ様、脱獄なさったのよね。
けどすぐに再逮捕され、また脱獄し、また逮捕され、そしてまた―――を繰り返す事十数回。
ユンライ様は自力で脱獄する事もあったけど、脱獄させようと働きかける者もいて、それは組織だったり個人だったりとめまぐるしい。
その結果、冗談みたいな脱獄と逮捕のラリーになったみたい。
個人の場合の脱獄幇助犯は大抵牢番。
ユンライ嬢に惚れた牢番Aが連れ出そうとしたり、
ユンライ嬢に惚れた牢番Bが連れ出そうとしたり、
ユンライ嬢に惚れた牢番Cが連れ出そうとしたり、
ユンライ嬢に惚れた牢番Dが連れ出そうと(ry
と、続くこと計十人。
その牢番達はそれぞれユンライ様よりも先にメリアザンの手で絞首刑になっている。
ちなみに殿下はこの展開を楽しんでいない。
ユンライ様が早く処刑されろって事ではなくて、ここ最近のリグナスの朗読内容がユンライ様の脱獄と逮捕の繰り返しで、あまりにも代わり映えがしなくてつまらないって意味。
初めのうちは目をキラキラさせて朗読に聞き入っていたんだけどねぇ…。
そんなある日、殿下がリグナスに問うた。
「お前、人間に擬態して暮らした事はあんのか?」
「まあ、ない事もないけど」
リグナスはキョトンとしつつ答える。
「その擬態は一時的なものか? 例えば何十年にも渡って人間のふりをして、村なり町なり、ひとつのコミュニティに溶け込み、住み続けるみてぇな事は可能なのか?」
「可能だね」
「悪魔がそんな事をする理由はなんだ?」
「えーと、そうだなぁ、大半は暇つぶしかな」
「周囲の人間には怪しまれねぇのか?」
「年齢追尾と認識阻害でだいたいなんとかなるよ」
「…詳しく説明してくれ」
「年齢追尾ってのはさ、周辺の誰かに適当に紐付けして、そいつに合わせて外見年齢が自然に変化していくように仕掛けておく。今の僕が君らにやってるのもソレ。成長していく君らに合わせて僕も成長しているでしょう? まあ今は人間には特に擬態してないけど。
認識阻害は周囲の人達が僕を勝手に都合良く辻褄合わせて"見る"感じ」
「なるほどな…」
殿下は考え込むように眉間に皺を寄せる。
「なんで急に?」
「例の伯爵の事なんだが」
「ああ、またそれ?」
リグナスは呆れたように両手を開いてみせる。
最近の殿下はリグナスが任意で割愛した日記の部分に興味をお持ちになっているんだよね。
特にユンライ様の祖父である伯爵に興味津々。
人間でありながら悪魔レベルの魔力持ちだった伯爵こそが魔神本人か、あるいはそれに準じた"何か"ではないかと推理しているようで、ここ最近、リグナスに定期的に質問しているの。
「魔神はハノイヴァの国民のふりをして過ごしていたんじゃねぇか? 伯爵の死は代替わりを装う為の擬態なんじゃねぇかな。人間に擬態していた頃に可愛がっていた孫娘が隠れ神力持ち疑惑をかけられて苛まれた事に腹を立て、国を呪ったとか…」
そう仰ると、リグナスはうんざりしたように言う。
「だっからぁ。知らないってば。聞かれても答えられないっての。前っから言ってるけど僕はハノイヴァの滅亡理由と魔神のことは覚えていないんだってば」
殿下としても最早この件でリグナスに問うて答えが得られるとは期待していない。ただ、思いついた事を口にしているだけなわけで。
そこで私が挙手をする。
「殿下、私は思うんですが」
「なんだ?」
「魔神がユンライ嬢への情でハノイヴァを滅ぼすのは有りかなーって思いますが、国家の存在を世界規模で記憶ごと徹底的に消す理由としては少し弱い気がします」
「うーむ、そうか。そうかもな…」
この頃は幽霊狩りそっちのけで殿下の"推理"発表会で終わる事も増えてきてたりする。でも幽霊狩りをする為に皇宮滞在に執着している筈のリグナスは何故だか急く様子はないし、私は私で殿下に会えるだけで幸せなので、まぁどうでもいいかぁって感じ。
そうこうする内、私に婚約の話が持ち上がった。
お相手はギーズゴオル殿下かって?
だったら良かったんだけどねー……。
私はすでに皇宮のお茶会に復帰していたけど、特にレジレンス殿下にアピールする風でもないせいか、お茶会の男性メンバーにチラ見される存在になってたみたいでけっこうモテてたんだけど、そんな中、サウザート公爵家から内々に婚約のお申し込みがあったわけ。
お相手はエリシャ・サウザート様って方。
異性というとギーズゴオル殿下しか視界に入ってない私としては「どんな方だっけ?」という感じ。恐らくお茶会でお会いした事がある筈で、一生懸命思い出そうとするんだけど、うすらぼやけた記憶すらない。
お父様が言うにはサウザート家は公爵という高い地位にはあるものの、然程時流に乗っている家門でもないとの事で、特別良くも無いけど悪くも無いお相手だと仰る。
「お前次第だ」
そう言われ、私は考え込んだわ。
婚約するかどうかを考え込んだわけでは勿論無い。婚約するかもって言えばギーズゴオル殿下がどんな反応するかなぁって辺りですよ、そりゃあ。
1・「婚約? へー。ところで次の幽霊狩りについてだが…」
2・「婚約? 幽霊狩りに支障が出るから止めろ。これは命令だ」
3・「婚約? ふざけるな、ライラ。お前は俺の物だろ? ベイベ」
(3がいいけど絶対無いし。多分1か2よね…)
幾日か考え込んでたら殿下からいつも通りの―――虹色の伝令鳥でのお喚び出し。だから私は相談するフリをして殿下のご真意を炙り出そうとしたのよ。
だってさ。
私は殿下の事が好きだけど、殿下が私に気が無いのならそれまでじゃない? いつか殿下に選ばれるかも…なんて期待してずるずる想い続けて婚期を逃すのは嫌だもの。ずるずるした分、そして婚期を逃した分、殿下に濃い目の殺意が湧くこと請け合いじゃん。
以前なら『殺意は湧くけど殺人を実行するわけじゃない』と言い切れたけど、殿下への想いは増すばかりだし、あまり呑気な事も言ってられないかなぁとちょっと最近危機感を覚えなくも無いわけで。だから私は事前に対策する必要があるわけで。
なーんて事を紺碧宮の殿下の部屋、殿下の真ん前で考えていたら、
「…なんか計算高いこと考えてるツラだな」
見透かした風な事を言われてしまった。
計算ですって? 殿下ったら失敬な。自分の将来の安寧の為に試行錯誤してるだけですってば。
どうあれ殿下の真意次第。
脈があるなら頑張るし、そうでないなら頃合いを見てとっとと身を引く心構えを整えるだけ。
「リグナスは遅いですね」
もう何回目になるのか数えるのも忘れた今日の幽霊狩りは、実はすでに成功裏に終わっている。無事一体の幽霊を冥府へ送る事が出来て、今はリグナスが戻るのを待ってる最中で。
だから殿下と二人きりで雑談していたんだけど、特に話題も無くなった事だし―――。
それで私はとうとう殿下に婚約の件を打ち明けたのよ。